【日々のみことば】6月7日

神の国は力にある

思い上がり、自分が王となり、
キリストなしで満ち足りる。

低く、弱くなるように召された私たち。
けれどそれとは正反対に歩もうとしている。
主のみこころに生きると告白しながら
自分の願い、思いを優先している。
ことばだけが一人歩きし、
自分の思い・行いと遊離している。
そんな私にパウロは
「神の国は、ことばではなく力にあるのです」
と語る。
ことばと行いがひとつとなるとき、
主の力に満たされる。
それがキリストに倣う、パウロに倣う生き方。

父よ、私は高慢な者です。
 自分が王となっています。
どうか私のことばと行いが一つとなり、
 あなたの前に低く低くさせてください。

 神の国は、ことばではなく力にあるのです
           Ⅰコリント4:20

【日々のみことば】6月6日

キリストのしもべ

私たちは神の宮、神の御霊が住んでおられる。
すなわち私たちは聖とされている。
このような私たちに求められているのは、
忠実であるかどうか。

それにしても、うわべではなく、
心を見られる主の前に
忠実、真実であることに難しさを感じる。

では主の前に忠実、真実であるとはどういうことか。
それは自分を誇らず、主を誇りとすること。
自分の知恵に頼らず、主に委ねること。
その時、私たちは主の前に忠実であることを
喜びとする。

父よ、今 私たちのうちに御霊が
 住んでくださることを覚え、感謝します。
どうか自らを誇らず、あなただけを誇りとし、
 忠実な者とならせてください。

 人は私たちをキリストのしもべ、
  神の奥義の管理者と考えるべきです。
 その場合、管理者に要求されることは、
  忠実だと認められることです。
           Ⅰコリント4:1-2

【日々のみことば】6月5日

キリストを土台とする

キリストを土台とする私たちを
父なる神様は成長させてくださる。

一方で、どのように成長するか、
どのような働きをして実を結ぶかは
私たちに委ねられている。
そして終わりの日にすべてが
明らかにされる。

一つ確かなことは
キリストを土台とする私たちは
どんな建物であろうと助かること。
だからといって安心して
適当に生きれば良いというわけではない。

この世において良い実を結び、
主の前に真実の歩みをするなら、
私たちは主の恵みと喜びで満たされる。
主がともにいてくださると日々、
実感しながら歩むことができる。
これが私たちに与えられた特権。

そして終わりの日に次のように告白できたらと願う。
「私たちは取るに足りないしもべです。
     なすべきことをしただけです」

父よ、あなたはキリストを土台としている
 私たちを成長させて下さるお方です。
その成長を拒むことなく、
 あなたにあって良い実を結ばせて下さい。

 だれかの建てた建物が焼ければ、
  その人は損害を受けますが、
 その人自身は火の中をくぐるようにして
  助かります。
           Ⅰコリント3:15

【日々のみことば】6月4日

御霊に属する

父なる神様は愛するひとり子イエス様を
十字架につけられることで、
私たちの救いを完成してくださった。

これを知り、信じることができるのは、
父なる神様が御霊によって
啓示してくださったから。
そして御霊によって私たちは
キリストの心を持つ者とされた。

キリストの心、キリストの思いが
私の思いと一つになる。
これは自分でどんなに頑張っても難しい。
自我が強いから。

けれど御霊が私たちの自我を
砕いてくださり、キリストの心を
心とする者へと一歩一歩
導いてくださる。

父よ、あなたの恵みによって
 御霊に属する者としてくださり、
  ありがとうございます。
主よ、私たちの自我を砕いてくださり、
 御霊によってキリストの心を
  心とする者として日々導いてください。

 それを、神は私たちに御霊によって
  啓示してくださいました。
 御霊はすべてのことを、神の深みさえも
  探られるからです。
           Ⅰコリント2:10

【日々のみことば】6月3日

誇る者は主を誇れ

神様の御前で誇ることなどあるのか。
思い巡らす中で、ルカの福音書18章の
イエス様のたとえ話に登場する
パリサイ人の祈りが示された。

「神よ。私がほかの人たちのように、
 奪い取る者、不正な者、
 姦淫する者でないこと、あるいは
 この取税人のようではないことを
 感謝します。
 私は週に二度断食し、
 自分が得ているすべてのものから、
 十分の一を献げております。」

彼は神様の前に自分がいかに立派で、
信仰深いかを自慢する、誇る。

こんな分かりやすく自分を誇らないまでも
同じようなことは考えている。
誇るべきは主、喜ぶべきは主。

自分のしたことを一つ一つ数えるのではなく、
主の恵みを一つ一つ数えて感謝する者でありたい。

父よ、誇る者は主を誇れと、今日、
 私たちの高慢さを明らかにしてくださり、
ありがとうございます。
 主よ、どうか私たちがキリストにあって
自らを低くして歩むことができるように
 導いてください。

 肉なる者がだれも神の御前で
  誇ることがないようにするためです。
           Ⅰコリント1:29

6月のおやこdeえほんの予定

明日からの給食が楽しみで仕方がない長男、「給食を食べた後も授業があるんだよ〜」と夫婦で顔を見合わせています(笑)

明日は、10:00〜11:20までとさせていただきます。

アトリエiroiroさんとの「はじめてのおえかきあそび教室」は、
6月10日(水)10:30〜12:00(1歳〜3歳)
参加費:500円 (絵本の読み聞かせと手遊びもあります)と予定しています。参加希望の方は、お申し込みください。

【日々のみことば】6月2日

心を一つに

自分ではなく、キリストにつなげる。
これをしっかり意識していないと
すぐに自分の仲間を作り、
考えの合わない人を排除したくなる。

同じ心、同じ考えで一致することは
簡単ではない。
それは誰もが自分の方が
正しいと思っているから。

そんなバラバラな心を
主イエス様は一つとしてくださるために
十字架で死んでくださった。
今、私たちはキリストを通して
一つとされている。
キリストが何を考え、望んでおられるかを
一人一人が考え、行動していくとき、
私たちは一つとされていく。

父よ、自分を絶対化するのではなく、
 人々を自分につなげるのではなく、
キリストにあって一つとさせてください。

 さて、兄弟たち、
  私たちの主イエス・キリストの名によって、
 あなたがたにお願いします。
  どうか皆が語ることを一つにして、
 仲間割れせず、同じ心、
  同じ考えで一致してください。
           Ⅰコリント1:10

【日々のみことば】6月1日

キリストとの交わりに

父なる神様の恵みは、キリストにあって
みことばと父なる神様、子なるキリストを
知ることにおいて豊かにされたこと。

みことばによって、慰められ、
悔い改める心が与えられるのは、
父なる神様の恵み。
父なる神様にイエス様のお名前で
祈ることができるのも、
父なる神様の恵み。

また私たちは父なる神様に召されて
イエス様との交わりに入れられた。
イエス様との交わりとは
三位一体の神様を知り続け、
愛し続けること。
そしてキリストのからだなる
教会の一人一人を愛し続けること。

このように主を愛し、
隣人を愛する交わりに生きる力が
与えられているので、
終わりの日に
責められるところがない者とされる。

父よ、あなたを知り、
 みことばを受け入れることが
あなたの恵みです。
 そして今、キリストとの交わりの中に
入れられていることを感謝します。
 それでも愛に乏しいものです。
愛を増し加えてくださり、
 愛に生きる者としてください。

 神は真実です。その神に召されて、
  あなたがたは神の御子、
 私たちの主イエス・キリストとの
  交わりに入れられたのです。
           Ⅰコリント1:9