【日々のみことば】10月4日

救いに至る悔い改め

パウロはコリントの人々のことを愛し、
彼らが悔い改めて生きることを望んでいる。
彼らの中にはパウロの厳しい手紙によって、
一時的に悲しみ、心を閉ざす者もあったようである。

けれどコリントの人々は、神のみこころに添って悲しんだ。
すなわち自らの過ちを認め、悔い改めた。
その結果、パウロは慰めを受けたのです。

私たちも自らの罪に悲しみ、沈むときがあります。
でも主は私たちがただ悲しむことを望まれておらず、
救いに至る悔い改めを求めておられるのです。
今日も主の前に自らの罪を言い表し、
主に立ち返りましょう。

父よ、私たちに悔い改める心を与えてくださって
 心から感謝します

 神のみこころに添った悲しみは、後悔のない、
  救いに至る悔い改めを生じさせますが、
 世の悲しみは死をもたらします。
               Ⅱコリント7:10

【日々のみことば】10月3日

生ける神の宮

パウロは自分を神のしもべとして
推薦するとします。
彼はキリストを宣べ伝える上で、
多くの困難を経験するのです。

またコリントの教会の人たちに
パウロは自分たちに対して愛の心が
狭くなったと非難されていたようです。
それに対してパウロは
コリントに対する愛は狭くなっていないと
弁明するのです。

そして教会は生ける神の宮なのだから、
汚れたものから離れ、
神のうちに歩むように命じます。

私たちもパウロのように
真実なものとされ、
キリストにあって生きており、
すべてのものを持っています。
さらに私たちの教会も
生ける神の宮として
主にあって聖別されているのです。

父よ、キリストにあって生かされ、
 生ける神の宮に属するものとされていることを感謝します。

 私たちは生ける神の宮なのです
                 Ⅱコリント6:16

【日々のみことば】10月2日

キリストの愛が

キリストは私たちのために十字架で
死んでくださいました。
それは私たちがキリストのために
生きるためでした。

キリストのために生きるとは、
キリストに向かって、
キリストを指し示して生きること。
そのために私たちはキリストにあって
新しく造りかえられたのです。

でもまだ古い人が残っているのが私たちです。
そんな私たちを父なる神様は
キリストにゆえに義と認めてくださるのです。
悔い改めて生きる私たちの罪は、
思い出されることはありません。

父よ、キリストにあって義と
 認められていることを感謝します。
私たちがキリストのために
 生きることができますように。

 キリストは全ての人のために死なれました。
  それは、生きている人々が、
 もはや自分のためにではなく、
  自分のために死んでよみがえった方のために生きるためです。
                     Ⅱコリント5:15

【日々のみことば】10月1日

心からの願い

肉体にある間、私たちは戦いがある。
古い自分との戦いである。
やがて私たちは栄光のからだが与えられ、
主のそばで永遠に生きる者とされる。

そのように栄光のからだが与えられるのに
ふさわしい者と整えられるために
主は私たちに御霊をくださった。

またパウロは肉体にある間も、
肉体を離れても、心から願うことは、
主に喜ばれることとする。

主に喜ばれることは何かを
日々考え、祈りながら、歩むということ。
私たちも自分を喜ばせ、誇る歩みから
主を喜び、誇るものとさせていただきたい。

父よ、あなたに喜ばれることを求めます。
 どうか私たちを御霊によって導いてください。

 そういうわけで、肉体を住まいとしていても、
  肉体を離れていても、私たちが心から願うのは、
 主に喜ばれることです。
               Ⅱコリント5:9