【日々のみことば】1月2日

マリアとエリサベツ

 神にとって不可能なことは何もありません。
              ルカの福音書1:37

マリアにも御使いが訪れ、
彼女から救い主が生まれると告げる。
その知らせにマリアは驚く。
結婚していない自分に子どもが
与えられるはずがないと。

そんな彼女にエリサベツが
妊娠していることを思い起こさせ、
神様にとって不可能なことは
何一つないと宣言するのです。

それを素直に受け入れたマリアは、
すべてを主に委ねます。
若い女性にとって、多くの不安や
恐れがあったことでしょう。

でも彼女は自分の思いよりも、
主のみこころがなることを
待ち望む者とされたのです。

私たちは自分の思いが
先行することがあります。
自分の計画の方が最善だと
考えるのです。

でもすべてを主に委ねたときに、
主は私たちの思いもつかない
素晴らしいことをしてくださいます。
この主に期待して歩んでいけたら幸いです。

父よ、あなたのおことばどおりに、
  わたしの身にもなりますように。

【日々のみことば】1月1日

この良い知らせ

 彼はエリヤの霊と力で、主に先立って歩みます。
  父たちの心を子どもたちに向けさせ、
 不従順な者たちを義人の思いに立ち返らせて、
  主のために、整えられた民を用意します。
              ルカの福音書1:17

主の年2021年、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

ザカリヤもエリサベツも神の前に正しく、
主のすべての命令を落ち度なく行う夫婦でした。
でも彼らには子どもが与えられていません。
13節で御使いが「あなたの願いを聞き入れられたのです」と
ザカリヤに言っているところから、
彼らは子どもを与えて欲しいと長く祈っていたのでしょう。

でも時が経つにつれ、彼らは祈ることを止めていました。
だから御使いが「エリサベツが男の子を産む」と
告げられたとき、信じることができなかったのです。
いや人間的に見て、それは不可能なことでした。

私はいつもザカリヤが信じることが
できないのは当たり前ではないかと思っていました。
それなのに口をきけなくするなんて、
少しやり過ぎだと感じていたのです。

どうして主は彼の口を閉ざされたのでしょうか。
それは主のことばが必ず実現することを
彼が信じ、主を証しするためだったのです。
私たちも主のことばを信じることができず、
疑ってしまうときがあります。

そのとき私たちのうちから
主への賛美が失われることでしょう。
でも主は私たちがいくら不信仰でも、
みことばをむなしく地に落とすことはありません。
必ず実現するのです。
それを見るとき、私たちは再び主を
賛美する口が与えられるのです。

この一年、主のみことばは必ずなることを信じ、
主を待ち望む者とさせていただきましょう。

父よ、あなたのみことばは
 必ず実現することを信じる心を
   与えてください。