【日々のみことば】1月27日

地の塩[マタイ 5:13-20]

あなたがたは地の塩です。・・・
  あなたがたは世の光です。
           マタイ 5:13、14

イエス様は弟子たちのことを
地の塩、世の光であると
語りました。

地の塩とは、どういうことでしょうか。
塩の役割ですが、大きく分けて二つあります。
一つは味をつけること。

無味乾燥な料理に塩を加えることで、
料理が引き立ちます。
同様に私たちもこの世に
味をつける役目があるのです。

コロサイ書4章6節には次のようにあります。
「あなたがたのことばが、いつも親切で、
塩味の効いたものであるようにしなさい」

私たちは親切で優しいことばだけを
話すのではなく、
塩味のきいたことばを話すことも
求められているのです。

塩のもう一つの役割は、
腐敗を防ぐことです。

同じように私たちも、
この世の腐敗が進まないように、
この世に遣わされているのです。

私たちはキリストにあって
義とされました。
もう悪に流されず、
悪から離れることができたのです。

ですからこの悪の世に染まり、
悪を楽しむ人々が悪から
立ち返るように祈り、
いのちの言葉を語り続けていくのです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちが地の塩としての

役割を全うしていくことができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】1月26日

幸いとは[マタイ 5:1-12]

心の貧しい者は幸いです。
 天の御国はその人たちのものだからです。
               マタイ 5:3

イエス様が弟子たちに
幸いについて語られました。
この箇所は一般的に
山上の説教と言われています。

心の貧しい者、悲しむ者、、、
イエス様はこの世の幸いとは、
真逆のことが幸いであると
語られるのです。

それは私たちが高慢で、
自我が強ければ、
決して主なる神様によって
満たされることがないからです。

私たちの幸いは、
三位一体の神様が
私たちのすべてとなること。

そのために主は私たちを貧しくされ、
私たちを低く低くされるのです。
このように低くされた私たちをイエス様は
あわれみで包み込んでくださいます。

今日も一日、主にあって
低くされていることを喜び、
主のあわれみで覆っていただきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちを低くして、

私たちをあなたのあわれみで包み込んでください。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】1月25日

人間をとる漁師に[マタイ 4:12-25]

わたしについて来なさい。
 人間をとる漁師にしてあげよう。
            マタイ 4:19

イエス様はガリラヤで
宣教を開始されます。
そしてペテロとアンデレを
招かれるのです。

漁師であった彼らにイエス様は
「わたしについて来なさい。
 人間をとる漁師にしてあげよう」
と言われるのです。

その招きに彼らはすぐに応答し、
自分たちの仕事道具を置いて
イエス様に従うのです。

それからヤコブとヨハネの兄弟も
イエス様は招かれます。
彼らもまた舟と父親を残して
イエス様に従うのです。

彼らの素直さ、純粋さに
驚きを覚えます。
けれどこの後の彼らの歩みは、
平坦ではなかったのです。

イエス様につまずいたり、
失敗したり。
そんな彼らをイエス様は
ずっと見守り、導かれました。

私たちもイエス様に従っていく中で、
つまずいたり、
失敗することがあります。

でも一度、主が私たちに従う心を
与えてくださったのなら、
主はずっと見守ってくださるのです。

つまずいても、倒れても、
主がいつも支え、立たせて、
主から与えられた使命を
果たすことができます。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたの招きを心から感謝します。

どうかあなたに従うことができるよう、
 私たちを助けてください。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】1月24日

悪魔の試み[マタイ 3:13-4:11]

そして、見よ、御使いたちが
 近づいて来てイエスに仕えた。
            マタイ 4:11

イエス様がヨハネから
バプテスマを受けられると、
天から次のような声がかけられます。

「これはわたしの愛する子。
 わたしはこれを喜ぶ」

それからイエス様はすぐに
宣教を開始されたのではありません。
悪魔の試みを受けるために、
御霊に導かれて荒野に上るのです。

イエス様は空腹の中、
サタンから三つの誘惑を受けます。

一つ目はは石をパンに変えること。
二つ目は主の守りを体験すること。
三つ目はすべての栄光を手に入れること。

これらの誘惑にイエス様は
みことばによって勝利されます。
私たちも歩んでいく中で、
様々な誘惑にさらされるのです。

そのときイエス様のように
みことばの確かさに委ね、
みことばによって
勝利することができたら幸いです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、すべての誘惑にみことばによって

勝利することができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】1月23日

悔い改めにふさわしい実[マタイ 3:1-12]

それなら、悔い改めに
 ふさわしい実を結びなさい。
            マタイ 3:8

バプテスマのヨハネが
イエス様の宣教に先立って、
ユダヤの荒野で宣べ伝えます。

そうすると多くの人たちが
ヨハネのもとにきて、
自分の罪を告白し、
彼からバプテスマを受けるのです。

その中にはパリサイ人や
サドカイ人たちもいました。
そんな彼らを前にして
ヨハネは警告するのです。

悔い改めにふさわしい実を
結ぶようにと。
形だけ悔い改めても、バプテスマを
受けても意味がないからです。

では悔い改めにふさわしい実とは
どういうことでしょうか。
それは高慢な思いを捨て、
主の前にへりくだること。

私たちは悔い改めにふさわしい実を
結んでいるでしょうか。
クリスチャンを演じているだけに
なっていないでしょうか。

今日も自らを顧みて、
本当に主の前に自分の罪を認め、
悔い改めて、主に立ち返って
歩んでいきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、悔い改めにふさわしい実を

結ぶことができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】1月21日

動揺する人・喜ぶ人[マタイ 2:1-12]

その星を見て、
 彼らはこの上もなく喜んだ。
            マタイ 2:10

イエス様が生まれて
しばらくすると東の方から
博士たちがエルサレムにやって来ます。

彼らはヘロデに「ユダヤ人の王として
お生まれになった方は、
どこにおられますか」と尋ねます。

それを聞いてヘロデを初め、
エルサレム中の人たちが
動揺するのです。

一方、博士たちは星に導かれ、
星がとどまったのを見て、
この上もなく喜びます。

ユダヤ人たちは動揺し、
異邦人がイエス様の誕生を喜ぶ。
ユダヤ人たちは救い主を求めながら、
救い主を受け入れないのです。

それは彼らが闇を喜び、
光を憎んでいたからです。
そんな彼らの心を知りながらも、
イエス様は彼らを救うために来られたのです。

今も私たちは時々、闇を喜び、
光を遠ざけてしまうことがあります。
けれど主は私たちを愛し、
私たちを常に照らしてくださるのです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたの光の中に

とどまることができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】1月20日

インマヌエル[マタイ 1:18-25]

マリアは男の子を産みます。
 その名をイエスとつけなさい。
            マタイ 1:21

ヨセフは突然、マリアから
妊娠の知らせを受け、とまどいます。
彼がマリアから聞いた話は、
とても現実とは思えなかったからです。

そしてマリアとひそかに
別れようとするのです。
そんなことを思い巡らす中で、
主の使いが夢に現れます。

恐れ惑っていたヨセフに
主の使いは恐れないで、
マリアを迎えるように
語るのです。

またマリアが身ごもった男の子に
イエスという名をつけるように
命じます。

そしてその子はご自分の民を
その罪から救われると
告げられるのです。

ヨセフにとって御使いのことばは
驚くべきことで、すぐに理解するのは
難しかったことでしょう。

でもヨセフは夢から覚めると、
主の命じられた通り、
マリアを妻として迎え入れるのです。

このヨセフの信仰に、
私たちも倣いたいと願います。
自分が思いもよらないことに
ただ恐れるのではなく、従うように。

どうしてヨセフは従えたのでしょうか。
それはインマヌエルの主が
ともにいてくださると
信じていたからです。

私たちとともにインマヌエルの主は
ともにいてくださいます。
だからこそ恐れず、主とともに
一歩一歩進んでまいりましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたが今日も

ともにいてくださることを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】1月19日

イエス・キリストの系図[マタイ 1:1-17]

アブラハムの子、ダビデの子、
 イエス・キリストの系図
            マタイ 1:1

今日からマタイの福音書となります。
アブラハムからイエス様までの
系図が記されています。

この系図を見ると、
何人かの女性たちが
登場していることが分かります。
タマル、ラハブ、ルツ、ウリヤの妻。

ラハブとルツは異邦人。
タマルはユダの義理娘。
ウリヤの妻バテ・シェバは
ダビデによる略奪婚。

様々な人間的な失敗、
策略などの結果としての面も
隠すことなく、
すべて記されているのです。

そのような家系から
イエス様が誕生されました。
イエス様が私たちの罪をすべて
負われるために来てくださった恵みを覚えます。

私たちの歩みも決して、
スマートなものではありません。
色々な失敗、問題があるでしょう。

けれどそれらを主は用いられ、
私たちを義の道、いのちの道に
導き続けてくださるのです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちを常に義の道に

導いてくださることを信じます。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】1月18日

契約の箱が出発するとき[民数記 10:11-36]

「主よ、立ち上がってください。」
            民数記 10:35

モーセは契約の箱が出発する時、
すなわち宿営から旅立つ時、
「主よ、立ち上がってください」と
主に祈るのです。

モーセは主が自分たちの先頭に
立って導いてくださることを願い、
主とともに歩みを進めます。

またとどまるときには、
「主よ、お帰りください」と
祈ります。

宿営にとどまるときは、
主を自分たちのただ中に
迎えるのです。

モーセの祈りと歩みを見ますと、
いつも主とともにあることが分かります。
先走ることなく、
主を中心に生きているのです。

私たちの歩みはどうでしょうか。
今日、家を出るとき、
「主よ、立ち上がってください」と
祈ってから出発しましょう。

そして帰ってきたとき、
主とともにあった一日を
主に感謝できたら幸いです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたが今日も私とともに

歩んでくださることを信じます。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】1月17日

ラッパを吹き鳴らす[民数記 10:1-10]

あなたがたが、自分たちの神、
 主の前に覚えられ、
敵から救われるためである。
            民数記 10:9

主は銀のラッパを二本
作るようにモーセに命じます。
そのラッパの役割は
とても重要でした。

その吹き方によって
全会衆が集まったり、
宿営を出発したり。

また戦いの時には
ラッパを短く大きく吹き鳴らし、
全焼のささげ物と交わりの
いけにえの上にラッパを吹き鳴らすとあります。

それはイスラエル人が主の前に
覚えられるためでした。
ラッパは何を象徴しているのでしょうか。
私たちの祈り叫ぶ声でしょうか。

もし祈りだとしたら、
私たちが日々、主に祈ることで、
私たちは主の前に覚えられていることを
知ることができるということでしょう。

主への祈りによって
すべてのことをなすときに、
私たちは恐れることなく
前に進むことができるのです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたに覚えられていることを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。