信じるなら[ヨハネの福音書 11章38-46節]
「信じるなら神の栄光を見る、
とあなたに言ったではありませんか」
ヨハネ 11:40
*聖書をお持ちでない方は
以下のページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/jhn.11.jdb
イエスさまの涙、人々の絶望、
ラザロの死を前に、
様々な感情がうごめいています。
ある人は言います。
見えない人の目を開けても、
ラザロが死なないように
できなかったのかと。
それを聞きながら、
イエスさまは再び憤る。
そして墓の前まで来て
石を取り除けるように
命じられるのです。
それに対してマルタは
ラザロの遺体は四日もたって
腐っていて、臭くなっていると
答えます。
これが普通の人の反応でしょう。
でもイエスさまは彼女に言われる。
「信じるなら神の栄光を見る、
とあなたに言ったではないか」
【信じるなら】この言葉に
今日、私の心は燃やされました。
【信じるなら】そうなのです。
信じるなら、私たちは神の栄光を見る。
信じないから、絶望し、
現実に打ちのめされる。
イエスさまはいつでも
父なる神さまを信じていました。
父なる神さまの御手に
すべてをゆだね、
願いを聞いてくださることを
知っておられたのです。
私たちもこのような信頼と
祈りができたらと思います。
絶望の淵に立たされても、
信じるなら、神さまの栄光を見る。
私たちの願いを主は
必ず聞いてくださる。
【信じるなら】
今日、主のことばを信じます。
主の栄光を見せていただきましょう。
主は大いなる方。
主は救い、助け、
解放してくださる。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたを信じます。
あなたのみことばに信頼します。
あなたの栄光を見せてください。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
3月8日の礼拝は以下のようになります。
本日は高松新生教会の小野淳子先生が
みことばを取り次いでくださいます。
9時30分より ”イズミンキッズ” です。
10時30分より ”主日礼拝” です。
*YouTubeでのライブ配信もします。
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よみがえり、いのち[ヨハネの福音書 11章17-27節]
「わたしはよみがえりです。
いのちです。わたしを信じる者は
死んでも生きるのです。
ヨハネ 11:25
*聖書をお持ちでない方は
以下のページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/jhn.11.jdb
ラザロの死は絶望でした。
病気だったらイエスさまは
癒やすことができたかもしれない。
でも死んでしまったら。
しかも四日も経っている。
人は死に対して無力です。
ラザロの姉妹マルタも
イエスさまがいてくださったら
彼は死ななかったという
信仰を持っていました。
またマルタは22節でとても
不思議なことを語ります。
「しかし、あなたが神に
お求めになることは何でも、
神があなたにお与えになることを、
私は今でも知っています」
彼女はラザロの死を受け止めつつ、
イエスさまへの信頼を失っていない。
イエスさまだったら、
何とかしてくださるのではないか。
そんな期待がここにあるのです。
さらにイエスさまはラザロの死に
全く絶望しておられません。
ラザロはよみがえると。
ラザロの死はそれで終わるのではなく、
再び生きる者となると。
マルタは、これを聞き、
終わりの日のよみがえりに
言及します。
そんな彼女にイエスさまは
「わたしはよみがえりです。
いのちです。わたしを信じる者は
死んでも生きるのです。
また、生きていてわたしを
信じる者はみな、永遠に決して
死ぬことがありません。
あなたは、このことを信じますか」
イエスさまを信じる者は
死んでも生きる。
ここに私たちの望みがあるのです。
私たちの主イエスさまは
私たちのために死んで、
よみがえってくださいました。
このイエスさまを信じるなら
私たちはもう再び霊的に
死ぬことはなく
終わりの日に肉体をもって
よみがえる。
この素晴らしい喜びの知らせを
信じ続け、「主よ、私はあなたが
世に来られる神の子キリストで
あると信じております」と
告白し続けてまいりましょう。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、よみがり、いのちであるキリストを
信じ続けることができますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
あなたがたが信じるために[ヨハネの福音書 11章1-16節]
あなたがたのため、
あなたがたが信じるためには、
わたしがその場に
居合わせなかったことを
喜んでいます。
ヨハネ 11:15
*聖書をお持ちでない方は
以下のページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/jhn.11.jdb
マルタとマリア、
そしてラザロは
イエスさまにとって
特別な存在でした。
そのラザロが病気であると
伝えられます。
それを聞いてイエスさまは
すぐに言われるのです。
「この病気は死で
終わるものではなく、
神の栄光のためのものです。
それによって神の子が栄光を
受けることになります」
ここで不思議なのは
イエスさまはすぐにラザロの
ところに行かれなかったこと。
それからユダヤに行かれる。
弟子たちはイエスさまが
ラザロのところに行かないのは、
ユダヤ人たちを恐れたからだと
思ったのでしょう。
しかしイエスさまは、
今は昼間、それはイエスさまが
世の光だから、つまずくことはない。
すなわちイエスさまの時が
来ていないので、
暗やみの力が地を覆っていないので
殺されることはないということでしょう。
またイエスさまは11節で
不思議なことを言われます。
眠っているラザロを
起こしに行くと。
実際、14節を見ると
ラザロはすでに死んでいた。
それもまたイエスさまの計画であり、
主の御手にあることでした。
神の栄光が現されるため、
死は死で終わらず、
死に勝利するお方がいることを
人々が信じるために、
イエスさまはラザロが死ぬときに
そこにおられなかった。
イエスさまのタイミングと
私たちのタイミングは
違うことが多いですね。
私たちは自分のタイミングと違うと
焦りますし、文句を言いたくなる。
でも主のタイミングが最善ですし、
それを待ち望むなら、それを通して
主の栄光が現されるのです。
今日も、自分のタイミングではなく
主のタイミングを待ち望み、
主の栄光を見せていただきましょう。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、すべてはあなたの栄光のため、
このことを心から受け入れることができますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
奪い去られない[ヨハネの福音書 10章22-42節]
わたしと父とは一つです。
ヨハネ 10:30
*聖書をお持ちでない方は
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朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/jhn.10.jdb
ユダヤ人たちはイエスさまに
「あなたがキリストなら、
はっきり言ってください」と
迫ります。
でも本当に彼らはイエスさまを
信じる気がないのです。
それはイエスさまが彼らの願うような
キリストではなかったからです。
しかも彼らはイエスさまのことばを
聞き分けることができません。
それは彼らが羊の群れに
属していなかったからです。
良い羊飼いなるイエスさまの
羊の群れに属する者は
永遠のいのちが与えられ、
決して滅びないと約束されます。
父なる神さまの手から
奪い去られないのです。
そして30節でイエスさまは
「わたしと父とは一つです」と
告白されます。
父と子と聖霊は
三位一体の神さま。
同一の本質を持っておられ、
切り離すことはできない。
これを聞いて、ユダヤ人たちは
怒り、イエスさまを石打ちに
しようとします。
彼らはイエスさまのわざを見ても
全然信じられないのです。
預言されているメシアとしての
しるしを行われているのに、
彼らの霊的な目は閉ざされたまま。
一方、バプテスマのヨハネが
バプテスマを授けていた地域の
人たちはバプテスマのヨハネによって
イエスさまを信じるのです。
そのとき、すぐに信じられなくても、
語り続けることの大切さを覚えます。
主の時に、霊的な目が開かれ、
イエスさまを主と告白する。
だから諦めず、失望することなく、
イエスさまのこと、みことばを
あかしし続けていこうではありませんか。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、イエスさまのことを
証しし続ける心を与えてください。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
今日のおやこdeえほんは、おやこdeカフェでした。今日の様子をUpしました。ご覧ください。
良い牧者[ヨハネの福音書 10章1-21節]
わたしは良い牧者です。
良い牧者は羊のために
いのちを捨てます。
ヨハネ 10:11
*聖書をお持ちでない方は
以下のページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/jhn.10.jdb
イエスさまは良い牧者。
イエスさまに属する者たちは
イエスさまの声に聞き従う。
またイエスさまは
羊たちの門だと言われます。
イエスさまを通って
入るなら救われると。
良い羊飼いなるイエスさまは
羊のためにいのちを捨てる。
それは羊たちがいのちを
豊かに得るためです。
まさにイエスさまは
私たちのために
自らいのちを
捨ててくださいました。
さらに大きな恵みは
旧約時代、異邦人とされ、
囲いに属さなかった私たちも
イエスさまによって
導かれたという事実。
今、私たちはイエスさまの
声に聞き従う恵みを
いただいているのです。
この素晴らしい恵みを
無駄にすることなく、
今日も主が語られることばに
耳を傾け、従っていきましょう。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、イエスさまが私たちのために
いのちを捨ててくださったことによって
豊かないのちが与えられていることを感謝します。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。