【日々のみことば】3月4日

良い牧者[ヨハネの福音書 10章1-21節]

わたしは良い牧者です。
 良い牧者は羊のために
いのちを捨てます。
           ヨハネ 10:11

*聖書をお持ちでない方は
 以下のページをご覧ください。
 朗読も聴くことができます。
 https://prs.app/ja/bible/jhn.10.jdb

イエスさまは良い牧者。
イエスさまに属する者たちは
イエスさまの声に聞き従う。

またイエスさまは
羊たちの門だと言われます。
イエスさまを通って
入るなら救われると。

良い羊飼いなるイエスさまは
羊のためにいのちを捨てる。
それは羊たちがいのちを
豊かに得るためです。

まさにイエスさまは
私たちのために
自らいのちを
捨ててくださいました。

さらに大きな恵みは
旧約時代、異邦人とされ、
囲いに属さなかった私たちも
イエスさまによって
導かれたという事実。

今、私たちはイエスさまの
声に聞き従う恵みを
いただいているのです。

この素晴らしい恵みを
無駄にすることなく、
今日も主が語られることばに
耳を傾け、従っていきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、イエスさまが私たちのために
いのちを捨ててくださったことによって
 豊かないのちが与えられていることを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】3月3日

主よ、信じます[ヨハネの福音書 9章24-41節]

「私たちも盲目なのですか」
             ヨハネ 9:40

*聖書をお持ちでない方は
 以下のページをご覧ください。
 朗読も聴くことができます。
 https://prs.app/ja/bible/jhn.9.jdb

頑ななパリサイ人たちは、
目の見えなかったけれど
今は見えるようになった
男性の言うことを信じません。

彼は繰り返し、
自分に起ったことを
証言するのです。

彼はパリサイ人との
やりとりを通して、
どんどん信仰が
深められていきます。

そしてイエスさまのわざは
神さまのわざであると
告白したときに
彼は外に追い出されるのです。

その彼をイエスさまは
見つけ出されます。
イエスさまは彼に
「あなたは人の子を信じますか」と
尋ねるのです。

彼はまだこのとき、
イエスさまが人の子、
キリストだと分かっていない。

でもイエスさまがご自分こそ
人の子、キリストだと
教えられると、すぐに彼は
「主よ、信じます」と告白し、
イエスさまを礼拝するのです。

そのあとイエスさまは
自分の周りにいた人たちに
語りかけます。

「わたしはさばきのために
 この世に来ました。
 目の見えない者が見えるようになり、
 見える者が盲目となるためです」

霊的な目が閉ざされている人の目を
主が開かれ、霊的な目が開いていると
思っている人の目を閉ざされる。

これを聞いたパリサイ人たちは
「私たちも盲目なのですか」と
イエスさまに問いかけるのです。

彼らの心が揺さぶられる。
彼らは今まで自分が正しく
誰よりも聖書を知り、
神さまを分かっていると思っていた。

でも彼らは霊的な目が
閉ざされていたのです。
それに気づいた彼らがどうしたか、
それは書かれていません。

私たちに問われているのです。
私たちの霊的な目はすぐに
曇ってしまいます。

でもそれに気づかず、
どれほど主に背く行いを
してきたか。

自らが霊的に盲目であることを
日々、告白し、主によって
開いていただけるよう、
お祈りすることが大切でしょう。

主は私たちの霊的な目を開き、
曇りを取り除き、
主の栄光を見せてくださる。
そう、私は信じます。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちの霊的な目を日々開き、
あなたの素晴らしいみわざを見ることができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】3月2日

パリサイ人の不信仰[ヨハネの福音書 9章13-23節]

彼は、「あの方が私の目に泥を塗り、
 私が洗いました。
それで今は見えるのです」
             ヨハネ 9:15

*聖書をお持ちでない方は
 以下のページをご覧ください。
 朗読も聴くことができます。
 https://prs.app/ja/bible/jhn.9.jdb

人々は目が見えるようになった人を
パリサイ人のところにつれて行く。
それは彼がいやされたのが
安息日だったから。

ここが問題。そしてイエスさまは
あえて彼を安息日にいやされた。
それはパリサイ人たちは安息日にも
霊的な目が閉ざされていることを
明らかにされるため。

パリサイ人たちは目の
見えなかった人の証言を信じません。
目が見えるようになったという
現実がそこにあるのに。

両親の証言を聞いても、
彼らの心は頑ななまま。
神さまのわざは彼を通して
現された。

でも頑ななパリサイ人は
このことを共に喜べない。
反発するのです。

このように彼らの霊的な目は
完全に閉ざされていました。
そんな彼らの目をイエスさまは
開こうとされたのです。

同じように主は私たちの
心を日々探られます。
それに対して私たちは
耳を閉ざしていないでしょうか。

頑なになり、イエスさまに
反発していないでしょうか。
どうか私たちが素直に
イエスさまを信じ
イエスさまをほめたたえていけるよう
お祈りしていきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちの心を探り、
あなたを素直に信じ従っていけますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。