一粒の麦[ヨハネの福音書 12章20-33節]
まことに、まことに、
あなたがたに言います。
一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、
一粒のままです。
しかし、死ぬなら、
豊かな実を結びます。
ヨハネ 12:24
*聖書をお持ちでない方は
以下のページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/jhn.12.jdb
ギリシア人がイエスさまに
会いたいと弟子たちに
お願いします。
これを受けてイエスさまは
「人の子が栄光を
受ける時が来ました」と
宣言されるのです。
この時とは、イエスさまが
十字架にかかって死なれるとき。
イエスさまは人を生かすための
一粒の麦として、死なれる。
それによって多くの実を
結ぶことになるのです。
一方で、イエスさまは
ご自分の死だけに言及されず
弟子たちをも招かれます。
自分のいのちを憎む者は、
それを保って
永遠のいのちに至ると。
この憎むとは、第一にしない
という意味もあります。
自分のことを最優先にするのではなく
主イエスさまに仕え、
主イエスさまについていく。
このように語られつつ、
イエスさまの心は騒ぐ。
地に落ちて死ぬこと、
すなわち私たちのすべての
罪を負って十字架に
かかられることに
心が揺さぶられるのです。
それでもイエスさまは
地に落ちて死ぬことが
ご自分の使命であると信じ、
父なる神さまに呼びかけます。
「父よ、御名の栄光を
現してください」
これに父なる神さまが
答えてくださるのです。
父なる神さまはイエスさまを通して
栄光を現してくださる。
イエスさまは淡々と
十字架への道を
進まれたのではありません。
悩み苦しみ、心が騒ぎながら
それでも私たちを生かすため
永遠のいのちに至らせるために
自ら十字架に向かってくださった。
このイエスさまの熱心と思いに
私たちはどのように答えるでしょうか。
主につかえ、主についていくか。
まだ自分の道を歩み続けるか。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、イエスさまに仕え、
イエスさまについていきます。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。


