イサクの二人の息子[創世記 25:19-34]
こうしてエサウは
長子の権利を侮った。
創世記 25:34
*聖書をお持ちでない方は
以下のページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/gen.25.jdb
イサクとリベカも
子どもが与えられるまで
20年近く待つことになります。
彼らは祈り、主は
その祈りを聞かれるのです。
けれどリベカのお腹の中で
子どもたちがぶつかり合う。
これに驚いたリベカは
主のみこころを求めに
出ていきます。
この時、リベカに主は
双子であること、
兄が弟に仕えることを
伝えるのです。
この主の約束は、
エサウとヤコブが生まれてから
その成長の過程で
現れてきます。
二人の性格は真逆。
しかもイサクはエサウを愛し、
リベカはヤコブを愛する。
完璧な親子関係はない。
いろいろ不完全で
抜けていることが多い。
さてヤコブは長子の権利を
エサウに売ってほしいと
強く要望します。
エサウはお腹がすいていたので
その時の彼にとって、
長子の権利など、
なんの役にも立たなかった。
だから彼はそれを売ると誓う。
長子の権利は、父のすべての
財産と主の祝福を受け取るという
大切な権利。
それをエサウは侮るのです。
一方で、ヤコブも無理やり
それを奪い取ろうとする
したたかさが見て取れます。
でもこれもまた主のみこころ。
兄が弟に仕えるという
主の約束の成就のため。
一方でヤコブは無理やり、
兄のかかとをつかみ、
自分で獲得していくところに
大きな問題があった。
だからこそ、この後、
彼は試練にあい、
彼の人間性が
研がれていくのです。
主のみこころがなること。
それは私たちの力や知恵に
よるのではありません。
主の導きと働きによる。
でもその過程において
様々なことが起こります。
試練もたくさんある。
その中で私たちの人間性は研がれ
主に用いられやすい器として
整えられていくのです。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、不完全な私たちを用いてください。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。


