【日々のみことば】5月31日

癒やされるにふさわしい信仰[使徒の働き 14:1-18]

パウロは彼を見つめ、
 癒やされるにふさわしい
信仰があるのを見て、
           使徒 14:9

パウロが宣教するところ
どこででも主は救われる
たましいを起こしてくださいます。

一方で、信じようとしない
ユダヤ人の妨げも起こるのです。
その妨げにパウロたちは
屈することなく、福音宣教を続けます。

リステラでは、生まれつき
足の不自由な人に出会うのです。
彼は真剣にパウロが語る
福音を聞いていました。

パウロは彼が癒やされるに
ふさわしい信仰があるのを
見るのです。
そして彼をイエス様の
御名によっていやします。

ここでの癒やされるに
ふさわしい信仰とは、
主を求める思いを
主が与えてくださっている
ということでしょう。

この癒やしによって、
リステラの群衆は驚き、
パウロとバルナバを
神々として祭り上げようとします。

そのことをパウロたちはやめさせ、
はっきりと福音を語るのです。
時が良くても、悪くても
語り続けるパウロたち。

彼らはリステラの人々が
天土地とそこに満ちる
すべてのものを造られた主に
立ち返るように語るのです。

私たちもまた、この福音を
神様から委ねられています。
あらゆる機会を用いて
主を証ししていきましょう。

さらに主を求める思いが
与えられていることを感謝し、
さらに主を求め、
主のみわざを味わっていきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちがあなたに日々立ち返り、

あらゆる機会を通して福音を
 宣べ伝えていくことができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】5月30日

信じる者はみな[使徒の働き 13:32-52]

この方によって、
 信じる者はみな
義と認められるのです。
           使徒 13:39

パウロのピシディアの
アンティオキアでの
説教の後半です。

神様がよみがえらせて
くださったイエス様は
朽ちて滅びることがない。

今も生きておられ、
私たちのために
とりなしてくださる。

このイエス様を通して
罪の赦しが宣べ伝えられ、
イエス様を信じる者はみな
義と認められるのです。

私たちの行いではなく、
イエス様を信じる信仰によって
私たちは神様の前に
正しいとされます。

この恵みの福音を私たちは
日々受け取ることが
できているでしょうか。

イエス様によって神様の前に
義と認められているという
実感があるでしょうか。

自分の罪にとどまり、
自分の罪だけをみつめ、
内向きになってしまう。

そんな自分の姿に
気づかされます。
私たちはもっと自分のことではなく
自分がしたことではなく、
父なる神様・イエス様が
してくださったことに目をとめ
主を見上げていくことが
求められているのでしょう。

そうするとき私たちは
もっと自由に、もっと喜びをもって
主を愛し、隣人を愛し、
歩んでいくことができると信じます。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたの恵みの福音を

もっと深く知ることができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】5月29日

約束にしたがって[使徒の働き 13:13-31]

神は約束にしたがって、
 このダビデの子孫から、
イスラエルに救い主イエスを
 送ってくださいました。
           使徒 13:23

パウロたちはピシディアの
アンティオキアにいきます。
そしてその地にあった
ユダヤ人会堂に入るのです。

彼らの噂はこの地域にも
広まっていたのでしょう。
ユダヤ人会堂のリーダーが
彼らに話をして欲しいと願うのです。

パウロはそれを受けて、
イスラエルの初期から
イエス様が誕生するまでの
歴史を語ります。

またイスラエルのリーダーたちが
イエス様を拒絶し、イエス様を殺した。
しかし三日目によみがえられたことを
明らかにするのです。

しかもすべてのことが
神様の約束、預言の成就でした。
神様のみこころなしに、
何も起こらないのです。

そしてこの救いのことばは
私たちにも送られました。
私たちが神様・イエス様のことを
知り、信じる信仰が与えられたのも
偶然ではないのです。

すべて神様の計画の中にあり、
私たちは天と地ができる前から
イエス様にあって選ばれていました。

この主の選びの確かさと
その愛を今日も一日覚え
イエス様の復活の証人として
今日も出会う方々に恵みを
分かち合うことができますように。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたが私たちを選び、

救ってくださったことを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】5月28日

第一次宣教旅行スタート[使徒の働き 13:1-12]

おまえは、主のまっすぐな道を
 曲げることをやめないのか。
            使徒 13:10

エルサレムにあった初代教会が
迫害されたことで、生み出された
アンティオキア教会が
聖霊の導きによって
バルナバとサウロを宣教に
送り出すのです。

生み出された教会が
そこだけにとどまらず、
宣教を進める。

すぐに内向きになりそうな教会を
外に向けさせてくださるのが
聖霊なる神様なのでしょう。

宣教をスタートした彼らの
最初の実はキプロスにいた
地方総督でした。
彼は懸命な人であったとあります。

そして彼のうちには神様への
飢え渇きがあったのです。
それをとどめようとしたのが
偽預言者でした。

パウロは、その偽預言者に
はっきりと彼の罪を指摘します。
「おまえは、主のまっすぐな
 道を曲げることをやめないのか」

主のまっすぐな道、
それを曲げてしまう、
私にもそんなことが
あるような気がします。

主のまっすぐな道
イエス様に向かう道を
曲げることなく、
歩んでいけますように。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、主の真っ直ぐな道を

曲げることがありませんように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】5月27日

熱心な祈り[使徒の働き 12:1-25]

教会は彼のために、
 熱心な祈りを神にささげていた。
             使徒 12:5

ヘロデによる迫害によって
ヤコブは殺されます。
次に狙われたのは
ペテロでした。

彼は捕えられ
牢に入れられます。
そのとき教会は彼のために
熱心な祈りを神様に
ささげるのです。

その彼を主の使いが
牢から解放してくださいます。
最初、ペテロは幻を見ていると
思ったようです。

けれど実際に牢から出たとき、
彼は我に返り、「主が自分を
救い出してくださった」と
悟るのです。

ペテロはこのことを
すぐに知らせに仲間たちの
ところにいきます。

彼らはペテロのために
熱心に祈っていた人たちでした。
でも彼らはペテロが門の前に
立っていると聞いても
信じられないのです。

これは彼らが不信仰だったと
言うことではないでしょう。
彼らは確かに祈っていました。

でも彼らはそんなに早く、
祈りが答えられるとは
思っていなかったのです。

私たちも熱心に祈ります。
でも私たちの理解できる範囲内での
答えを待ち望んでいることが
多いような気がします。

しかし主は私たちの願い、
理解をはるかに超えたことを
用意してくださる。

もっと主に期待し、
主の御力に信頼し、
祈り続けていきましょう。

主が私たちに用意して
くださっている計画は、
将来と希望を与えるためのもので
あることを忘れないようにしたいと願います。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたにもっと期待し、

あなたのみわざを熱心に待ち望めますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】5月26日

いつも主にとどまる[使徒の働き 11:19-30]

心を堅く保っていつも
 主にとどまっているようにと、
皆を励ました。
             使徒 11:23

ユダヤ人以外の人たちにも、
福音が宣べ伝えられ、
さらに神の国が広がって行きます。

アンティオキアでの
宣教の様子を聴いた
エルサレム教会は
バルナバを遣わすのです。

彼はアンティオキアで
たくさんの人が救われ、
主に立ち返っている姿を見て、
大いに喜びます。

そして彼らに心を堅く保って
いつも主にとどまっているように
励ますのです。

私たちの歩みは主に立ち返って
終わりではありません。
その後も神さまの子どもとして
主を心の中心に迎え続け、
主にとどまり続けるのです。

これをお互いに励ましあうことは
とても大切なことでしょう。
日曜日の礼拝・祈祷会は、
主をともに賛美し、お互いに
励まし合うためでもあります。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、心を堅く保って、

いつもあなたにとどまっていられますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】5月25日

いのちに至る悔い改め[使徒の働き 11:1-18]

「それでは神は、いのちに至る
 悔い改めを異邦人にも
 お与えになったのだ」と言って、
神をほめたたえた。
             使徒 11:18

ユダヤ人クリスチャンは、
異邦人のコルネリウス家族が
神のことばを受け入れ、
イエス様を信じたことを聞きます。

それは彼らにとって最初
喜びではなかったのです。
彼らはペテロが異邦人と
食事をしたことを非難します。

敬虔なユダヤ人にとって
異邦人と食事をすることは
決して許されないこと
だったからです。

そんな彼らにペテロは
自分の見た幻と、
コルネリウス家族に
起こったことを証しするのです。

それを聞いた使徒たちは
神様がいのちの至る
悔い改めを異邦人にも
お与えになったと
主をほめたたえます。

私たちは自分の考えと
主のみわざのどちらを
優先しているでしょうか。

私たちが自分の考えを優先し、
神様のなさることを
妨げることのないよう
へりくだることの大切さを
覚えます。

またいのちに至る悔い改めを
主なる神様はだれにでも
与えられるのです。

私たちも以前は神の民
ではありませんでした。
けれど主のあわれみによって
いのちに至る悔い改めをし、
主イエス様を信じる信仰を
いただいたのです。

この恵みを分かち合い、
さらにいのちに至る
悔い改めに導かれる方々が
与えられるように
お祈りしていきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちにいのちに

至る悔い改めを与えてくださり、
 ありがとうございます。
この恵みを多くの方々に
 分かち合うことができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】5月24日

すべての人の主[使徒の働き 10:34-48]

神は、イスラエルの子らに
 みことばを送り、
イエス・キリストによって
 平和の福音を宣べ伝えられました。
このイエス・キリストは
 すべての人の主です。
             使徒 10:36

ペテロはコルネリウスたちに
はっきりと福音を語ります。
人々がイエス様を殺したが、
神さまが三日目によみがえらせたこと。

そしてペテロたちに現れてくださり
彼らがイエス様のことを宣べ伝え
証しするように命じられたこと。

さらにイエス様を信じる者はだれでも
イエス様の御名によって
罪の赦しが受けられること。

このように福音を語っていると、
コルネリウスたちに聖霊が下るのです。
このことはペテロと一緒に来ていた
ユダヤ人たちをビックリさせます。

でもこのように異邦人に
聖霊が注がれたことで、
異邦人にも救いの道が
開かれていることが
明らかになったのです。

福音、神さまのみことばは
人の心を燃やし、
救いへと導きます。
みことばには力があるからです。

イエス様はすべての人の主です。
イエス様を信じる人は誰も
罪の赦しが与えられ、
救われます。

この福音の門が開かれるよう、
主を恐れ、主を心から求める方々が
与えられるよう、
今日もお祈りしていきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、今日もみことばの門を開き、

あなたを求める方々を起こして下さい。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】5月23日

主に遣わされて[使徒の働き 10:17-33]

今、私たちはみな、
 主があなたにお命じになった
すべてのことを伺おうとして、
 神の御前に出ております。
           使徒 10:33

ペテロが見た幻が
どういうことだろうかと
思い惑っていると
コルネリウスが遣わした
しもべたちが到着します。

御霊はペテロに「ためらわずに
彼らと一緒に行きなさい。
わたしが彼らを遣わしたのです」と
語られるのです。

ペテロは言われたとおり、
彼らを招き入れ、彼らとともに
コルネリウスのところに
行きました。

コルネリウスは、この特別な
機会を自分だけのものとせず、
親族や親しい友人を呼んで
ペテロを待っているのです。

ペテロはコルネリウスの
しもべたちが来てから、
だんだん幻の意味が
分かってきたのでしょう。

ユダヤ人の伝統では
ユダヤ人以外と食事をしたり、
訪問することが
禁じられていたのです。

それは彼らによって
自分たちが汚れてしまうと
考えていたからです。

でも主はユダヤ人以外の人も
またイエス様にあってきよめられ、
救われる者、神様のものであると
ペテロにはっきりと示されました。

その主のみこころをペテロは
しっかり受けとめ、
自分の考えを改めることが
できたのです。

このペテロの謙遜さと
自分の考えを変える素直さを
主によって与えられますように。

また、コルネリウスも、
本当に謙遜に主のことばを
待ち望んでいたのです。

「主があなたにお命じになった
 すべてのことを伺おうとして、
 御前に出ております」

私たちはどうでしょうか。
主のみことばに
飢え渇いているでしょうか。

主が私に何を語ろうとしているのか、
主の御声に聴く心を
養っていただきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたのみこころを知り、

それを素直に受け入れる心を与えてください。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。