【日々のみことば】5月31日

サムエルのとりなし[Ⅰサムエル15:1-15]

それでサムエルは怒り、
 夜通し主に向かって叫んだ。
        Ⅰサムエル記15:11

サウルは主の命令を守らず、
すべてを聖絶しませんでした。
これに対して主は怒り、
悔やまれるのです。

それを知ったサムエルは怒り、
夜通し主に向かって叫びます。
サウルのためにとりなすのです。

一方、サウルは自分が罪を
犯したことに全く気づいていません。
主のことばを守ったと、
自信を持って言うのです。

私たちも以前は無知で
自分の罪が分かりませんでした。
しかし主は私たちの心の目を
開いてくださいました。

そして自らの罪を認め、
悔い改めて生きる恵みが
与えられているのです。

それだけではありません。
主イエス様は弱い
私たちのためにとりなし、
祈ってくださっているのです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、イエス様のとりなしを心から感謝します

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】5月29日

サウルの誓い[Ⅰサムエル14:24-35]

サウルは主のために祭壇を築いた。
 これは、彼が主のために築いた
最初の祭壇であった。
         Ⅰサムエル記14:35

サウルは兵たちの食欲という
欲望を押さえ込んで戦うなら、
その努力に神様が報いてくださる。

そして自分たちの忍耐、努力こそが
ペリシテ人に勝利するための
唯一の手段だと考えていたのです。

その証拠にサウルは
「主が私たちを救ってくださるまで」ではなく、
「私が敵に復讐するまで」と誓っています。

彼は主なる神様ことを二の次に考え、
自分の努力、力ばかりを強調するのです。
しかしサウロが誓いを立てる前に、
すでにペリシテ人たちは同士討ちをして、
非常な混乱状態にありました。

主なる神様はサウロの忍耐、努力とは
全く関係なく、イスラエルを
救おうと介入されていたのです。

このようにサウルの誓いは、
神様の前に無力だけでなく、
ただ兵たちを苦しめ、
疲れさせるだけであったことが分かるのです。

私たちも禁欲的に生きることで
主から祝福をいただこうと
考えることがあります。
これは自分をただ誇るためです。

そしてそのような禁欲は
自分だけでなく、周りの人を
苦しめることになるのです。

禁欲的ではなく、
主が何を求めているかを
思い巡らし、喜びと感謝をもって
主に仕えることができたら幸いです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、感謝と喜びをもって

あなたに仕える者とさせてください。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】5月28日

主が私たちの味方[Ⅰサムエル14:1-23]

多くの人によっても、
 少しの人によっても、
主がお救いになるのを
 妨げるものは何もない。
         Ⅰサムエル記14:6

サウルは周りの状況を見て、
絶望していました。

一方、ヨナタンは主なる神さまが
自分たちのために働いてくださる、
主が救ってくださると
確信していたのです。

ヨナタンはマイナス要因を数え上げません。
ないもの探しをしないのです。
彼は絶対的なお方、主だけを見つめて、
主の救いを待ち望みます。

このヨナタンの主に対する信仰に、
心から同意してくれたのが、
道具持ちの若者でした。
彼の心とヨナタンの心は
一つとなっていたのです。

主なる神様は信仰を持って
一歩踏み出そうとしたヨナタンに
同じ信仰を持つ仲間を
与えてくださいました。

彼の存在、彼のことばは
ヨナタンにとって、どれほど大きな
励ましとなったことでしょう。

同じように主は私たちを
決して一人にはされません。
私たちが信仰を持って一歩踏み出す時、
主は必ず一つ心となる仲間を与えてくださるのです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちが信仰を持って踏み出す時、

同じ心を持つ仲間を与えてくださることを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】5月27日

サウルの焦り[Ⅰサムエル13:1-23]

愚かなことをしたものだ。
 あなたは、あなたの神、
が命じた命令を守らなかった。
         Ⅰサムエル記13:13

イスラエルの王となったサウルは、
ペリシテ人との戦いのために備えます。
この時、ペリシテ人がイスラエルの
領土に深く侵入していることが分かります。

けれどサウルはペリシテ人と積極的に
戦おうとしないのです。
一方、息子のヨナタンは
ペリシテ人の守備隊長を打ち殺します。

このことが引き金となり、
ペリシテ人はイスラエルと戦うために
兵を増強するのです。

これを見たイスラエル人の多くは
追い詰められ、隠れます。
それ以外の兵士も震えながら
サウルに従うのです。

さらにサムエルが約束の日になっても
来ないので、兵たちはサウルから
離れていこうとします。

焦った彼は自らで全焼の
ささげ物をささげ、
主が味方であることを
印象づけようとするのです。

しかし全焼のささげ物を
ささげることは
彼のすべきことではありませんでした。

サムエルは彼に「愚かなことをしたものだ」
と非難します。
そしてサウルが主の命じたことを
守らなかったので、彼の王国は立たない。
他の人がイスラエルの君主となると告げるのです。

このようにサウルの焦り・
忍耐のなさが、
大きな失敗を招きます。

私たちも焦ったり、忍耐できずに
失敗する時があるのです。

そうならないために
状況が悪い時には主の前に静まり、
主のか細い御声に耳を
傾けていけたらと願います。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたのか細い御声に

聴くことができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】5月26日

祈ることをやめない[Ⅰサムエル12:16-25]

私もまた、あなたがたのために
 祈るのをやめ、主の前に
罪ある者となることなど、
 とてもできない。
         Ⅰサムエル記12:23

サムエルのことばと、主のみわざを見た
イスラエルの民は主とサムエルを
非常に恐れるのです。

そして自分たちの悪を認め、
悔い改めます。
その彼らにサムエルは、
励ましを与えるのです。

主に従い、主にのみ仕えること。
主は彼らを捨て去らず、
ご自分の民とすることを
良しとされたこと。

さらにサムエル自身、彼らのために
祈るのをやめず、よい正しい道を
教えると約束します。

サムエルにとって王を立てて
欲しいというイスラエルの願いは、
受け入れがたいことでした。
主の前にも大きな悪だったのです。

でもサムエルも、主ご自身も
彼らを捨て去りません。
彼らを愛し、導いてくださるのです。

同じように主は私たちがどれほど
大きな悪を犯したとしても、
捨て去られないのです。

イエス様が私たちのために
祈ることをやめることはありません。
最期まで私たちのためにとりなし、
私たちを導いてくださるのです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、イエス様の尊い祈りによって生かされ、

よい正しい道に導いてくださり、心から感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】5月25日

王を置かれる[Ⅰサムエル12:1-15]

今、見なさい。あなたがたが求め、
 選んだ王だ。見なさい。
主はあなたがたの上に王を置かれた。
         Ⅰサムエル記12:13

サムエルはサウルとイスラエルの民に
一つのことを思い起こさせます。
それはイスラエルの民が常に主を忘れ、
主に逆らってきたということです。

主を忘れるとは、10節でイスラエルの民が
告白しているように、主を捨て、
他の神々に仕えるという罪に他なりません。

この過ちを何度も繰り返してきた
彼らを主はあわれみ、
常に彼らの王として
愛をもって導いてこられたのです。

けれどイスラエルの民は他の国々のように
「王が私たちを治めるのだ」と願い、
サムエルに王を求めました。

その願いを主は聞かれ、
彼らの上に王を置かれたのです。
このように身勝手なイスラエルの民に
サムエルは警告を与えます。

彼はイスラエルが主を恐れ、
主に仕え、主の御声に聞き従い、
主の命令に逆らわないで、
主の後に従っていくなら、それで良い。

しかし主に逆らい、聞き従わないならば、
主のさばきを受けると。

この命令にイスラエルも王も
従えませんでした。
けれど私たちの真の王として、
イエス様が遣わされました。

イエス様は私たちの永遠の
王として私たちが主に従い、
主に仕えることができるように、
日々導いてくださるのです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちの永遠の王として

イエス様を遣わしてくださり、ありがとうございます。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】5月24日

救いがある[Ⅰサムエル11:1-15]

「ヤベシュ・ギルアデの人に
 こう言いなさい。明日、
 日が高くなるころ、
 あなたがたに救いがある。」
         Ⅰサムエル記11:9

11章では救う者を見失っていた
ヤベシュの人たちが救いがあると励まされ、
その救いは主なる神様から来ることを
見いだす過程が描かれているのです。

私たちも以前は、この世にあって望みもなく、
救いもないと感じていました。
救って欲しいという言いようもない
うめきがありましたが、
救いを見出すことができませんでした。

そんな私たちに主なる神様は
「あなたがたに救いがある」との
希望を与えてくださったのです。

そして私たちは主の導きによって
「イエス様は私の唯一の救い主です」
と信じる信仰が与えられました。

また私たちを脅かしていた
罪の縄目から解放され、救われたのです。
けれど私たちは一度主によって救われて
終わりではありません。

私たちを罪から救ってくださった主は、
私たちを日々助け、救い出してくださいます。
目の前が真っ暗な状況であっても、
主が私たちを救ってくださるのです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、どんなときにも救いはあると

信じて歩めますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】5月23日

サウルが王として立てられる[Ⅰサムエル10:17-27]

キシュの息子サウルがくじで取り分けられた。
 人々はサウルを捜したが、見つからなかった。
             Ⅰサムエル記10:21

サウルはくじで民衆の前に
王として選ばれます。
けれど人々は彼を見つけられませんでした。
何と彼は隠れていたのです。

なぜ彼は隠れていたのでしょうか。
恐らく彼が王として民を治めていく
自信がなかったからです。
また自分の召しに絶対の確信がなかったのでしょう。

私たちも自分が召されているのに
それに素直に応答できないときがあります。
それは召してくださり、ともにいてくださる主ではなく、
自分自身の足りなさ、弱さばかりに目が留るときです。

だからこそ私たちは、私たちを召してくださる
主を見上げ、歩んでいくことができたら幸いです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、自分に自信がないとき、

あなたを見上げて歩めますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。