主がともにおられる[エレミヤ書 42:1-14]
・・・わたしがあなたがたとともにいて、
彼の手からあなたがたを救い、
助け出すからだ。
エレミヤ 42:11
エルサレムに残された
リーダーたちはエレミヤに
祈ってくれるように頼みます。
彼らは主が自分たちの
歩むべき道となすべきことを
告げられるなら、それに聞き従うと
エレミヤに告げるのです。
この願いにエレミヤは応え、
主に祈ります。
そして10日後にエレミヤに
主のことばが与えられます。
主はエジプトに逃れようと
していたユダヤ人たちに
この地にとどまるように
告げられます。
そうしたら主は彼らを
建て直し、植えると。
また主は彼らに下された
わざわいを悔やむと言われます。
これは南ユダをどうして
滅ぼしてしまったのかと
後悔しているのではありません。
苦しみ、痛めつけられ、
バビロンに捕囚された彼らを
主は心からあわれまれた。
だからこそまず残された
民たちを回復すると
約束してくださるのです。
さらに主は言われます。
バビロンの王を恐れるなと
二度告げます。
彼らがどれだけバビロンの
王を恐れ、萎縮していたかが
よく分かるのです。
そんな彼らに主は
わたしがともにいる。
彼の手から救い、
助け出すと告げられます。
また主のあわれみによって
自分たちの土地に
帰ることができると。
私たちも周りの状況を見て、
恐れることが良くあります。
この先どうなるのだろうかと
不安になるのです。
しかしたとえ私たちの目には
悲惨な状況に見えたとしても
主はどんなときにも
私たちとともにおられます。
恐れるなと励まし続け、
実際に主は私たちを救い、
助け出してくださるのです。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、恐れやすい私たちを日々励まし、
ともにいてくださることを感謝します。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
エジプトへの逃亡[エレミヤ書 41:1-18]
カルデア人を恐れたからである。
エレミヤ 41:18
総督となったゼデキヤは、
ヨハンナの警告を聞かず、
イシュマエルに対して
何もしませんでした。
その結果、彼は殺され、
彼の仲間たち、
そしてカルデア人たちが、
イシュマエルによって殺されます。
イシュマエルはダビデ家の子孫。
王族の一人であったので、
王家以外の人が総督になり、
国を治めるのが許せなかったのでしょう。
さてゼデキヤたちが殺されたことで、
ヨハンナが立ち上がり、
イシュマエルに対抗し、
イシュマエルを追い出します。
一方で、ヨハナンはイシュマエルが
ゲダルヤを殺してしまったことで、
カルデア人の怒りを買ったのではないかと恐れ、
エジプトに逃れようとするのです。
南ユダが滅びてからも、
しばらくは権力争いが絶えず、
主のさばきを多くの人が
受け入れられていません。
人々が悔い改めて、
生きるのは、
そんなに簡単なことではないと
改めて教えられます。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、今日も頑なな私たちを砕き、
あなたの前に生きる者とさせてください。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
エレミヤの解放[エレミヤ書 40:1-16]
そこで今、見よ、私は今日、
あなたの手にある鎖を解いて、
あなたを釈放する。
エレミヤ 40:4
親衛隊の長ネブザルアダンは
南ユダの人々にわざわいが
下されたのは、彼らが主の御声に
聞き従わなかったからだと語ります。
これは本当に不思議なこと。
異邦人の方がよく分かっている。
南ユダの人々は自分たちの行いを
全く改められませんでした。
そして親衛隊の長は
エレミヤを解放し、
彼の好きなところに行って
良いと言うのです。
今まで南ユダの中で
迫害されてきたエレミヤを
異邦人たちは受け入れ、
彼を大切にします。
またバビロンの王は
ゲダルヤを総督にするのです。
これを受けて、散らされていた
ユダヤ人がエルサレムに帰ってきます。
そして非常に多くのぶどう酒と
夏の果物を収穫するのです。
滅ぼされた都は再び
主によって回復へと向かいます。
これは残されたユダヤ人にとって
どれほど大きな慰めであり、
励ましであったことでしょう。
主はさばかれるだけではありません。
主は再び植え、育ててくださるのです。
この主のあわれみに
今日も委ねて生きましょう。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたのあわれみによって、
日々私たちを回復してくださることを感謝します。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
9時30分より ”イズミンキッズ”
10時30分より ”主日礼拝” が持たれます。
*YouTubeでのライブ配信もします。
→ こちらよりご参加ください。
主の御声に[エレミヤ書 38:14-28]
・・・どうか、主の御声に、
私があなたに語っていることに
聞き従ってください。
エレミヤ 38:20
ゼデキヤ王はエレミヤを
召し寄せて、主のみこころを
知ろうとします。
ゼデキヤは状況が悪くなる中で、
自分がどうしたらよいのか、
分からなくなっていた
のかもしれません。
彼は南ユダが滅びない道、
いや自分が今の状態で
生きる道を探るのです。
彼は主によって誓っていますが、
主を心から求めていません。
自分の都合の良いように
神さまが動いてくれることを
期待しているのです。
けれどエレミヤは彼に
彼が一番従いたくないこと、
すなわちバビロンに
降伏するように進言します。
またエレミヤはゼデキヤに
主の御声に聞き従えば、
幸せになり、たましいが
生きながらえると語るのです。
これにゼデキヤは従えません。
自らの行いを改められないのです。
主のことばに聞き従うなら、
幸せになり、生きると
約束されているのに、
なぜか聞き従えない私たち。
その大きな原因は何でしょう。
それは自分の思い・願いと
かけ離れているから。
今の自分を変えることなく、
幸せを、いのちを得ようとし、
それが実現することだけを求め
祈っています。
ここに大きな課題があるのです。
私たちはまず、心の一新によって
主に変えていただけるように
主に祈ることが大切。
その時、自分の思い・
願いではなく
主の御声に聞き従うことが
できるのです。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、私たちを心の一新によって変えてください。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
彼は生きる[エレミヤ書 38:1-13]
・・・カルデア人のところに
出て行く者は生きる。
そのいのちは戦勝品として
彼のものとなり、彼は生きる。
エレミヤ 38:2
エレミヤを通して
主が語られることばは、
南ユダの人々には
聞くに堪えないものでした。
バビロンに降伏し、
捕囚されたら彼らは生き、
都にとどまるなら、
死ぬというものだったからです。
彼らはエレミヤが
「平安ではなくわざわいを
求めている」と思うのです。
そんな中、エチオピア人の宦官が
エレミヤを救うために、
王に進言します。
これをゼデキヤは受け入れ、
エレミヤを穴から
引き上げることを認めるのです。
ゼデキヤはエレミヤを通して
語られる主のことばが
真実であると思っていたのでしょう。
でも人々の手前、彼らを恐れて、
自分の立場を守るために、
主のことばに従おうとしないのです。
これが彼をどんどん追い詰め、
破滅へと向かわせます。
これはゼデキヤだけの
問題ではありません。
では私たちは主のことばに
従うためにどうすれば
良いのでしょうか。
それは人や状況を恐れず、
主のことばは必ず成就すると
みことばの確かさに
身を委ねること。
私たちは自分の頭で色々考え、
悩みます。でも私たちの考えを
はるかに超えた主のみこころが
必ずあるのです。
それは私たちにとって
あまり気の進まないことかもしれません。
しかし主のみこころに従うとき、
主は私たちに平安を与え、
いのちを与えてくださるのです。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、私たちの考えを超えた、
あなたの素晴らしい計画があることを信じます。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
捕えられたエレミヤ[エレミヤ書 37:11-21]
・・・王は自分の家で
ひそかに尋ねて言った。
「主から、おことばがあったか」
エレミヤ 37:17
ついにエレミヤが捕えられます。
それは彼がカルデア人のところに
逃げようとしていると
疑われたからです。
悪いことばかり預言する
エレミヤを人々が
良く思っていなかったことも
あるかもしれません。
捕えられたエレミヤは
長い間、書記ヨナタンの家の
牢屋に入れられるのです。
しばらくしてゼデキヤ王が
エレミヤを召し寄せます。
彼はエレミヤを通して
主が語られたことばが
ずっと心に引っかかっていたのでしょう。
主のことばがあったかと
エレミヤに問います。
それに対してエレミヤは
ゼデキヤ王が「バビロン王の
手に渡される」と告げるのです。
それを聞いてもゼデキヤは
悔い改めず、主に懇願しません。
けれどエレミヤの願いを聞き、
彼を自分の近くに置くのです。
主がともにおられるエレミヤが
近くにいることで、不測の事態が
起こったときに、何かしらの主の助けが
あると思ったのでしょうか。
それにしてもゼデキヤは
主のことばを求め、
主のことばを聞いても、
全く悔い改めません。
神さまからの悔い改めの
機会をことごとく、
不意にするのです。
このように主のことばを
聞くだけでは意味がありません。
主のことばを聞いて、
行いを改めることが大切。
「主よ、おことばをください。
またそれに生きることができるよう、
助けてください」と祈りつつ、
歩むことができたら幸いです。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、みことばに聞くだけでなく、
みことばに生きられるよう助けてください。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
主の答え[エレミヤ書 37:1-10]
・・・自らを欺くな。
彼らが去ることはないからだ。
エレミヤ 37:9
南ユダの最後の王がゼデキヤでした。
彼はバビロンの王によって
王に任命されるのです。
けれどゼデキヤも彼の家来も
民衆もエレミヤによって
語られた主のことばに
聞き従いません。
それでも主の声を
聞こうとするのです。
それは彼らがカルデア人に
包囲され、ピンチだったからです。
このとき、偽預言者たちは
カルデア人が必ず去って、
自分たちは守られると
預言していたようです。
でも主ははっきり言われます。
カルデア人は引き返して来て、
都を攻め取ると。
南ユダは一旦完全に
潰される必要がありました。
頑なな彼らが砕かれて
回復するために。
私たちはいつも主に
聞き従っているでしょうか。
困ったときの神頼みに
なっていないでしょうか。
いつも主のみことばに聞き従い、
それが本当の幸いであることを
忘れないようにしましょう。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、私たちがみことばから離れず、
聞き従う者とさせてください。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
恐れおののかず[エレミヤ書 36:20-32]
これらすべてのことばを聞いた王も、
彼のすべての家来たちも、
だれ一人恐れおののくことはなく、
衣を引き裂くこともしなかった。
エレミヤ 36:24
エホヤキム王と彼の家来たちは
主のことばを聞いても、
だれも恐れおののきませんでした。
そして主のことばを裂いて、
暖炉で燃やしてしまうのです。
さらにエレミヤとバルクを
殺そうとする。
でも主が彼らを守り、
隠してくださいます。
エホヤキムが主のことばで
一番気にくわなかったのは、
バビロンに滅ぼされるということでした。
南ユダの人々の士気を
下げるようなことを
預言したことが許せなかったのです。
これが彼の大きな罪。
全く悔い改めず、
主の声に聴かない。
この頑なさが南ユダを
滅亡させるのです。
私たちもすぐに頑なになり、
主の声を無視してしまう。
だからいつでも柔軟な心で
主の御声を聞き、
主の前にへりくだって
歩むことができたら幸いです。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、すぐに心が頑なになってしまう
私たちをあわれんでくださり、
日々あなたの前にへりくだって歩めますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
読み聞かせよ[エレミヤ書 36:1-19]
そうすれば、主の前で
彼らの嘆願が受け入れられ、
それぞれ悪の道から
立ち返るかもしれない。
エレミヤ 36:7
主はなおもイスラエルが
悪の道から立ち返ることを期待し、
エレミヤに語りかけられます。
その語りかけをバルクが
聞き取り、閉じ込められていた
エレミヤに代わって、
主の宮で主のことばを読みます。
それを聞いた南ユダの
リーダーたちは恐れおののき、
「これらのことばをすべて
必ず王に告げなければならない」と
バルクに言うのです。
これは彼らの霊的な目が
開かれていた証拠でしょう。
南ユダのすべての人が
主に背き続けていたわけではなかった。
でも彼らは王にこのことを
伝えたらどうなるのかも
分かっていたようです。
だからバルクとエレミヤに
身を隠すように命じます。
主のことばを聞いたとき、
恐れおののく。
これは健全な信仰でしょう。
私たちはどうでしょうか。
主のことばにどのように
反応しているでしょうか。
恐れおののきつつ、
主に立ち返りましょう。
主はこのことを喜び、
私たちを赦してくださいます。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたのみことばに
恐れおののきつつ従う者とさせてください。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。