【日々のみことば】8月31日

目を留められる主[詩篇106:32-48]

それでも 彼らの叫びを
 聞いたとき
主は彼らの苦しみに
 目を留められた。
           詩篇 106:44

イスラエルの民は
主の命令を守らず、
偶像の神々に仕えます。

これによって主の怒りが
御民に向かって燃え上がり、
彼らは他の国々の手に
渡されてしまうのです。

けれど主は彼らを完全に
見捨てられません。
彼らの叫びを主は聞かれ、
彼らの苦しみに
目を留められるのです。

主は彼らと結ばれた
契約を思い起こし、
彼らを豊かな恵みに従って
彼らをあわれまれます。

同じように主は私たちのことを
見捨てられないのです。
だからといって私たちは
罪にとどまるべきではありません。

主のあわれみ、恵みを受けた者として、
主に感謝し、主に助けを求め、
主をほめたたえる。

いつでもどこにおいても
「アーメン」「主は真実なお方」と
心から主を賛美し、主に信頼して
歩むことができるようにお祈りしましょう。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたは真実なお方です。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】8月30日

御前の破れに[詩篇106:13-31]

もし 神に選ばれた人モーセが
 滅ぼそうとする激しい憤りを
収めていただくために
 御前の破れに立たなかったなら
どうなっていたか。
           詩篇 106:23

イスラエルはすぐにみわざを忘れ、
主を試みてしまうのです。
金の子牛を作って、
それを拝んでしまいます。

それに対して主は怒り、
「彼らを根絶やしにする」と
モーセに告げられるのです。

その時、モーセは神さまと
民の間に立ち、とりなしをします。
それ故に主はイスラエルを赦し、
彼らを根絶やしにされなかったのです。

ピネハスもまた、神さまと民との
仲立ちをし、主の罰は終わります。
私たちの救い主イエス様も、
主なる神さまと私たちの間に立って、
とりなしてくださるのです。

そして私たちの使命も、
人々のために主にとりなし、
祈ること。

御前の破れに立つことは、
簡単なではないでしょう。
でも主は私たちのとりなしを
待っておられます。

私たちが破れに立つのは、
主の願いでもあるのです。
私たちが破れに立つことで、
多くの人が主に立ち返れますように。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたの前にいつもとりなし、

祈る者とさせてください。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】8月29日

みことばを信じる[詩篇106:1-12]

すると 彼らはみことばを信じ
 主への賛美を歌った。
          詩篇 106:12

主はイスラエルがご自分に
従順であったから、
彼らを救い、贖われた
わけではありませんでした。

彼らは主のみわざを悟らず、
豊かな恵みを思い出さず、
主に逆らったのです。

でも主は御名のゆえに
ご自分の力を知らせるために
イスラエルを救われました。

このことを通してイスラエルは
主のみことばを信じ、
主を賛美する者とされたのです。

私たちも主の前に不従順になります。
豊かな恵みを思い出さず、
主に逆らってしまうのです。

それでも主は私たちを恵み、
奇しいみわざをなしてくださいます。
それは主の御名があがめられ、
すべての人が主の力を知るため。

そして私たちが主のみことばを信じ、
主を賛美するためなのです。
今日一日、私たちが主の奇しいみわざを悟り、
豊かな恵みを思い出すことができるよう
ともにお祈りしていきましょう。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたの救いのすばらしさを

今日も味わわせてください。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】8月28日

労苦の実[詩篇105:24-45]

国々のための苦労の実を
 彼らが受け継ぐために。
          詩篇 105:44

イスラエル人は寄留していた
エジプトにおいて試練にあいます。
それは主の訓練であり、
エジプトの地で主の栄光が
現わされるためでした。

主はエジプト人にわざわいを下し
イスラエル人がエジプトを
脱出するように導かれます。

脱出後も主はイスラエルと
ともにおられ、彼らの必要を
満たされるのです。

さらに彼らに国々の地を
与えられます。
でもこれは彼らの幸い、
祝福のためだけではなかったのです。

国々の労苦の実を
受け継ぐためでした。
エジプトから救い出され、
地を所有することがゴールではない。

罪にまみれ、悪がまん延し
労苦が満ちる地において、
その労苦を引き継ぎ、
その地のためにとりなし、
主のみことばに生きることが
ゴールなのです。

私たちも同じです。パウロは言います。
「・・・私はキリストのからだ、
 すなわち教会のために、
 自分の身をもって、
 キリストの苦しみの欠けた
 ところを満たしているのです。」
         (コロサイ1:24)
「あなたがたがキリストの
 ために受けた恵みは、
 キリストを信じることだけでなく、
 キリストのために苦しむことでもあるのです。」
                 (ピリピ1:29)

私たちはただ幸せに、何一つ
苦しみがなく生きるために
救われたわけではないのです。

この世の様々な労苦を引き継ぎ、
とりなすために、救われました。
それはまさにイエス様の歩み。

イエス様は苦しみ悩む人たちを
見過ごされませんでした。
彼らのど真ん中に入られ、
彼らを真正面から受けとめられました。

私たちもこのイエス様に倣い、
苦しむ悩む人たちの中に入り、
ともに祈り、ともに重荷を負い、
歩むために召されているのです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちがイエス様のように

喜ぶ者とともに喜び、泣く者とともに
 泣く者とならせて下さい。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】8月27日

主は練られるお方[詩篇105:12-23]

彼のことばがそのとおりに
 なるときまで
主のことばは彼を練った。
          詩篇 105:19

ヤコブ一家が飢饉のために
エジプトに下る前に、
主はヨセフを遣わされます。

ヨセフの歩みは、決して
順調ではありませんでした。
主に愛され、選ばれた者でしたが、
多くの試練を通るのです。

この試練はヨセフを
ただ苦しませるため
ではありませんでした。

主に用いられやすい
器となるために
主が彼を練られたのです。

私たちも主に練られます。
辛いこともあるでしょう。
けれど主の訓練・チャレンジを
通して私たちは成長するのです。

主の導きに素直に応答し、
主の素晴らしい器として、
主とともにのみわざを
成し遂げる者とされます。

これこそ救われ、
神の子とされた私たちに
与えられた恵みなのです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたの訓練を通して、

さらにあなたに用いられやすい器となれますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】8月26日

主に感謝する[詩篇105:1-11]

主に感謝し
 御名を呼び求めよ。
          詩篇 105:1

神さまに感謝することを
忘れがちな私たち。
願い事はします。
助けは求めます。

でも祈りっぱなし、
願いっぱなし。
一方通行で、
応答に乏しいのです。

詩篇の記者は賛美します。
主に感謝せよ。
御名を呼べ。主を賛美し、
主のみわざを語れ。

御名を誇りとし、
主の御力を尋ね求め、
御顔を慕い求めよ。
主のしてくださったことを
思い起こせと。

ここから私たちに
求められていることは
どこにおいても主を認め、
主を口で告白すること。

主は良いお方!
主は私たちを滅びから
救い出して下さるお方!
主は私の救い!

口で告白することで、
私たちの内に感謝が
湧き上がってきます。

今日も一日、主を呼び求め、
主を慕い、主のみわざを
賛美しましょう。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたのしてくださったことを

何一つ忘れることがありませんように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】8月17日

贖う方[エレミヤ書 50:33-46]

彼らを贖う方は強い。
  その名は万軍の主。
        エレミヤ 50:34

バビロンのさばきとともに
イスラエルの民の回復に
ついても繰り返し告げられます。

主は自らの罪によって
バビロンに捕囚された
イスラエルの民の訴えを
取り上げてくださるのです。

彼らを贖う主は強い。
どれだけバビロンが
敵対しようとも虐げても、
イスラエルを救ってくださいます。

同じように主は私たちの贖い主。
私たちをすべての敵の手から
救い出して、生かしてくださるのです。

そして私たちに主のもとに憩わせ、
平安を与えてくださいます。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちの贖い主である

あなたは強いお方です。
 あなたに信頼して歩めますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。