【日々のみことば】10月31日

神にあって[詩篇 108:1-13]

神にあって私たちは
 力ある働きをします。
神こそが、私たちの敵を
 踏みつけてくださいます。
            詩篇 108:13

詩篇の記者は「神よ 
私の心は揺るぎません」と
力強く語りかけます。

また主の恵みに感謝し、
主にほめ歌い、
天と地で主の栄光が
あがめられますように
と祈ります。

この時、彼は順調に
すべてが上手くいっていたでしょうか。
そうではないようです。

後半を見ると、
あなたの右の手で救い
私に答えてください。

神よ あなたは私たちを
拒まれるのですか
と祈っているからです。

しかしながら彼の心は揺るがず、
彼は主をほめたたえる。
それは主の助け、救いだけを
待ち望んでいたからです。

12節で「人による救いは
むなしい」13節で「神にあって
私たちは力ある働きをします」と
歌っています。

ピンチの時、思いどおりにならない時、
私たちはすぐに人や自分に頼ってしまう。
だから詩篇の記者はあえて
「私の心は揺るがない」
「人による救いはむなしい」
「神にあって私たちは力ある働きをします」と
賛美し、自分の心を奮い立たせたのでしょう。

私たちも祈りや賛美の中で、
弱く、つまずきそうになる心を
主に向けるために、力強く
宣言することも大切です。

心が揺らぎそうなとき、
私の心は揺るがないと告白し、
神さまの助けを待ち望み、
主をほめたたえることができますように。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私の心は揺るぎません。

あなたが私の助けだからです。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】10月30日

荒野を水のある沢に[詩篇 107:23-43]

主は荒野を水のある沢に
 砂漠の地を水の湧き上がる所に変え
            詩篇 107:35

主はすべてを支配されるお方。
嵐を起こされ、豊かな川を荒野に、
水の湧き上がる所を潤いのない地に
肥沃な土地を不毛の土地に変えられます。

これは主を否み、自分勝手に生きる
者たちへのさばきでしょう。
彼らを砕き、低くされるため。

でもさばかれて終わりではありません。
主は嵐を静められ、望む港に導かれる。
荒野を水のある沢に、砂漠の地を
水の湧き上がる所に変えてくださるのです。

伝道者の書7章14節には
「順境の日には幸いを味わい、
 逆境の日にはよく考えよ」
とあります。

試練の時、逆境の時には、
自分自身の行いをしっかり振り返り、
順境の時には主の幸いを味わい、
主の恵みに感謝することが大切なのでしょう。

どうか日々の生活の中で、
主の数々の恵みを見極め、
主の素晴らしさをほめたたえて
いくことができたら幸いです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたの数々の恵みを見極めて

あなたをほめたたえることができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】10月29日

この苦しみのときに[詩篇 107:1-22]

この苦しみのときに 
 彼らが主に向かって叫ぶと 
主は彼らを苦悩から救い出された。
            詩篇 107:6

荒野・荒れ地をさまよう者たち。
主のことばに逆らい、
自らの咎のために苦しむ者たち。

主は苦役によって彼らの心を
低くされるのです。
死の陰の谷を歩かせる。

けれど主はよろめき
倒れそうになる彼らを
ずっと苦しめられない。

苦しみの中で彼らが
主に向かって叫ぶと
主は彼らを苦悩から
救われるのです。

みことばを送って彼らを
癒やして下さり、
滅びの穴から
彼らを助け出される。

この恵みのゆえに
主に感謝せよと
詩篇の記者は賛美します。

私たちも苦しみ悩むときがあります。
それは自らの背き、主のことばを
退けたことにあるかもしれません。

けれど私たちが主に
向かって叫ぶなら、
主は私たちを苦悩から
救って下さるのです。

そのとき私たちのすることは
主の恵みに感謝して
主のして下さったみわざを語ること。
主を証しすることでしょう。

今日も主は私たちの叫びを聞いて
助けてくださるのです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたは私たちの苦しみをご覧になり、

私たちの叫びを聞いて助けてくださることを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】10月26日

刑罰は果たされた[哀歌 4:11-22]

娘シオンよ、あなたへの
 刑罰は果たされた。
主はもう、あなたを
 捕え移すことはなさらない。
            哀歌 4:22

南ユダの滅亡とバビロンへの捕囚。
これは誰もが予期しない出来事でした。
でもそれは思いがけないことではなく、
偽預言者の罪であり、祭司たちの咎のゆえ。

主ご自身がユダヤ人を
散らされたのです。
彼らは他の国々に助けを求めますが、
まったく意味がありません。

でも彼らは完全に滅ぼされず、
根絶やしにされることはなかった。
22節で娘シオンの刑罰は
果たされたと語られるのです。

苦しみ、嘆きから解放される時が
迫っているということでしょう。
いつまでも主は彼らを
見放しておられない。

哀歌の中に繰り返し出てくる
嘆きととともに、主のあわれみが
迫ってくるのです。

主は私たちに対しても
あわれみ深いお方。
ずっと目をつり上げて、
私たちに怒っておられない。

私たちが悔い改めて
生きることをずっと忍耐して
待っていてくださる。

罪の報いを受けたとしても、
あなたへの刑罰は果たされたと
回復を約束してくださるのです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちを赦し、愛し、

回復してくださることを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】10月25日

無慈悲となる[哀歌 4:1-10]

しかし、娘である私の民は、
 荒野のだちょうのように
無慈悲となった。
            哀歌 4:3

主に背き続けたイスラエルは
黒ずみ、色あせ、投げ捨てられる。
無慈悲となり、幼子たちに
パンを与えない。

罪は人間らしさ、
優しさを失わせ、
心も身体も黒ずむ。

救われる以前の私たちが
まさに、このような状態でした。
自分のために生きてきた。

では救われた私たちは
もう大丈夫なのでしょうか。
そうではありません。

主によって聖とされても
自分勝手に生きるなら、
すぐに黒ずんでしまうのです。

だから私たちは日々、
主によって新たにされ、
罪を悔い改めて、生きる。

今日の私は、黒ずんでいるところ、
色あせているところはないかを
しっかり吟味していけたら幸いです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたによって

聖とされた者として
 日々新たに生きられますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】10月24日

恐れるな[哀歌 3:55-66]

私があなたを呼び求めると、
 あなたは近づき、
「恐れるな」と言われました。
            哀歌 3:57

主が祈りを聞いてくださり、
主が近づいて、「恐れるな」と
声をかけてくださる。

主はいつまでも詩人とユダヤ人を
見捨てられないのです。
訴えを取り上げ、
いのちを贖ってくださいます。

それでもなお彼らは
苦境に立たされているのです。
敵の嘲りが向けられます。

そのためにさらに彼は祈るのです。
彼らの心に覆いを掛け、
のろいを下してくださいと。

主がともにおられても、
主が祈りに応えられても、
なお苦しみや困難に遭います。

だから私たちは祈るのです。
主の助けを求めて。
主の前にすべてを
さらけ出して良いのです。

この私たちの祈り・叫びを
主は聞いてくださいます。
そして主のタイミングで、
みこころを行ってくださるのです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたの御前にすべてを

さらけ出して祈れますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】10月23日

自分たちの道を[哀歌 3:40-54]

自分たちの道を尋ね調べて、
 主のみもとに立ち返ろう。
            哀歌 3:40

苦しみ、さばきの時に
詩人は自分たちの道を
尋ね調べて、主のもとに
立ち返ろうと呼びかけます。

また自分たちの心を両手と
ともに天におられる神さまに
向けてあげようと。

彼は主が天から見下ろし、
顧みられるまで、
涙が止まらないと告白します。

主に立ち返る。主に心を向ける。
主を真っ直ぐ見上げず、
他のことに気を取られてしまう私。

自分の道を尋ね調べないで
我が道を突き進もうとする私。
そんなとき、大きな壁が立ちふさがり、
やっと主に立ち返り、心を主に向けられる。

主はどうにかして私の目を開き
ご自分に向かせようとしてくださる。
それが私たちにとって恵みであり、
主の喜びだから。

今日も大きな壁の前で
あたふたして、自らの力で
どうにか乗り切ろうとするのではなく、
主に目を向け、主に立ち返れますように。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、自らの道を尋ね調べて、

あなたのもとに立ち返れますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】10月22日

主のあわれみは尽きない[哀歌 3:19-39]

実に、私たちは滅び失せなかった。
 主のあわれみが尽きないからだ。
            哀歌 3:22

詩人は自分たちが自らの罪、
背きのゆえに滅び失せなかったのは、
主のあわれみが尽きないからだと
告白するのです。

主なる神さまは申命記で繰り返し、
イスラエルの民が偶像礼拝をして、
主の目に悪を行うなら、
彼らは滅び失せると告げられています。

でもその主の声に聞き従わず、
彼らは偶像の神々に仕え、
主の目に悪を行う。

ところが、主は彼らを
根絶やしにされなかったのです。
確かに約束の地を追われましたが、
ユダヤ民族を存続させます。

これはただ主のあわれみであることを
詩人はよく分かっていたのです。

同じように今、私たちが
生かされているのも、
主のあわれみです。

私たちは主の目に
かなうことを行えません。
すぐにいのちの道から
逸れてしまうのです。

そんな私たちを
主は根絶やしにされない。
主は常に私たちに対して
忍耐されているのです。

この主のあわれみによって
生かされていることを
心に留めて、
感謝して歩みましょう。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたのあわれみに

生かされていることを忘れることがありませんように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】10月21日

助けを求めても[哀歌 3:1-18]

私が助けを求めて叫んでも、
 主は私の祈りを聞き入れられず、
            哀歌 3:8

詩人は自分の置かれている
状況を憂い、嘆いています。
主の激しい怒りのむちを
受けて苦しみにあった者。

光のない闇を歩ませ、
御手をもって一日中
攻められた。

私が助けを求めて叫んでも、
祈りを聞き入れてくださらない。
人々の笑いもの、嘲りの歌となる。

平安から見放され、
幸せを忘れてしまった。
私の誉れと、主から受けた
望みは消え失せた。

主のさばきが如何に
彼を苦しめたかが分かります。
でも彼はただ絶望している
のではないのです。

主が自分を苦しめている。
だからなお主に助けを求める。
それは主はあわれみ深いお方だから。

どんな状況でも主の助けを求める。
たとえ主が沈黙されていても、
主の助けを待ち望む。
なぜなら主が唯一の救いだから。

これを忘れないことが
私たちが失望して、
自暴自棄にならないために
大切でしょう。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、どんな苦しみの中でも、

あなたの助けを待ち望むことができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。