【日々のみことば】12月20日

賛美である神[詩篇 109:1-15]

私の賛美である神よ。
 沈黙しないでください。
           詩篇 109:1

詩篇の記者は多くの敵に囲まれ
攻撃されていました。
彼が何か悪いことを
したわけではないのに、
彼を責め、告白するのです。

このピンチの時に
主は沈黙され、
何もしてくださらないように
詩篇の記者は感じます。

だからこそ彼は祈る。
敵たちの祈りが罪とみなされ、
彼らをあわれむ者がいないようにと。

これらは彼の本音。
主の前に包み隠すことなく
祈ります。

しかしながら彼は
自分の思いをぶつけ、
主に自分の願い通りに
動いてもらうことだけを
求めているのではありません。

彼は1節で「私の賛美である神よ」と
呼び掛けているのです。
主を第一に考え、主を賛美する。

私たちの人生も、
日々様々なことが起こります。
耐えられないような試練に
ぶつかるときもあるのです。

訳も分からず
攻撃してくる人もいます。
そんな時にも私たちは
主を変わらず賛美する。

主だけが私たちの祈りを聞き、
私たちの味方であり、
私たちの賛美するべきお方だから。

そして主は私たちの賛美、
叫び、祈りを必ず聞いてくださり、
応えてくださるのです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、どんなときでもあなたを賛美し、

あなたの御名を呼ぶことができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】12月19日

主の宝となる[マラキ 3:13-4:6]

わたしが事を行う日に、
    わたしの宝となる。
           マラキ書 3:17

主に対して逆らい、
主のことばに聞き従わない者
ばかりがいるのではありません。

16節には主を恐れる者たちが
互いに語り合うのです。
この会話を主は聞かれ、
主は心から喜ばれます。

主は彼らがご自分のものとなること。
彼らがご自分の宝となること。
彼らをあわれむことを
約束されるのです。

主を恐れ、尊ぶ。
これは私たちに
主が求めておられること。

主を恐れることは
知識の初めと、
箴言の記者も語っています。

主を恐れると主を愛するとは
同じことを現わしているのでしょう。
そして主を恐れる、主を愛するために
大切なことは主の愛とあわれみを知ること。

だから私たちは毎年、クリスマスをお祝いし、
主の愛の深さ広さを知り続けるのです。
主は私たちを愛してくださっています。
だから私たちも主を恐れ、主を愛しましょう。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたの永遠の愛に感謝し、

あなたを恐れ、あなたを愛せますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】12月18日

天の窓を開き[マラキ 2:17-3:12]

わたしがあなたがたのために
 天の窓を開き、
あふれるばかりの祝福を
 あなたがたに注ぐかどうか。
           マラキ書 3:10

民たちは主の前に好き勝手なこと、
自分たちの都合の良いことばかりを語り
主を疲れさせます。

そんな彼らに対して主は
「わたしはわたしの使いを遣わす。
 彼は、わたしの前に道を備える」と
預言されるのです。

この使いこそ、
バプテスマのヨハネでした。
彼は人々の心を主に向けさせ、
彼らの心を整える使命がありました。

また主は民たちの不信仰に対して
さばきのことばを語られるのです。
主は言われます。
「主であるわたしは変わることがない」

へブル書13章8節には
「イエス・キリストは、昨日も今日も、
とこしえに変わることがありません。」
とあります。

私たちの心は移ろいやすい。
すぐに主から離れ、
主との約束を忘れてしまう。

けれど主はずっと変わらない。
主はきよく、正しいお方。
罪に対して厳しく、
私たちに対してあわれみ深い。

愛と恵みに富んでおられ、
誰一人として滅びることを
望んでおられない。

だから主はいつも私たちに
呼びかけられます。
「わたしに帰れ」と。

さらに主は私たちに
「試せ」と命じられるのです。
何を試すのか。

それは主にささげものを
することで、どれだけ主が
自分たちを祝福してくださるかを。

主は私たちのために
天の窓を開こうと
待っていてくださる。

私たちが主の恵みと祝福に
感謝を現わし、主に応答するなら
さらに大きな祝福を
注いでくださるのです。

このことを覚え、
主に帰り、主の恵みに
応答する一日となりますように。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、日々あなたに帰り、

あなたの恵みに応答する者となれますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】12月17日

主を恐れる[マラキ 2:1-16]

わたしの、彼との契約は、
 いのちと平安であった。
           マラキ書 2:5

捕囚から帰還しても
民たちは、主に完全に
立ち返ることができたわけでは
ありませんでした。

主から心が離れ、
主を恐れることを
忘れてしまうのです。

主が結ばれた契約は
いのちと平安であり、
主を恐れることでした。

主の命令、御教えを
守り行うのは、主から恵みを
いただくためではないのです。

主のみことばに聞き従うとき、
私たちは真に生きる者となり、
この世では味わうことのない
平安をいただくのです。

また大切なのは、
主を恐れること。
主は愛で、あわれみに
満ちておられるお方。

だから何でも良く、
どう生きても良いのでは
ありません。

主を恐れる。
主を恐れるとは、
主を第一として、
主を大切にして敬うこと。

主を軽く考え、
主を忘れるなら、
私たちは霊的に死んで、
不安と恐れに満たされるのです。

だからこそいつも主を恐れ、
主の教えに聞き従っていきましょう。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたを恐れ、

あなたのみことばに生きる者とさせてください。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】12月14日

みことばの飢饉[アモス 8:1-14]

実に、主のことばを
 聞くことの飢饉である。
            アモス 8:11

主から目をそらし、
自分勝手に歩み続ける民。
彼らは主を礼拝すること、
安息日の恵みを忘れます。

不法に不法を重ね、
自分たちの利益だけを
求めるのです。

そんな彼らの行いを
主は忘れないと言われます。
そして彼らへさばきを
下されるのです。

その最大のさばきは何でしょうか。
それはみことばの飢饉です。
みことばを求めても、
みことばが与えられない。

みことばが分からず、
みことばを探し求める。
みことばが分からないということは、
主なる神さまを見失うこと。

イエスさまの時代も
多くの人がみことばの
飢饉の中にありました。

その彼らのところに
ことばなるイエスさまが
誕生してくださったのです。

そして、ことばは彼らの
間に住んでくださり、
彼らに主のみこころを教え、
父なる神様ご自身を
現わしてくださいました。

私たちは今、イエスさまによって
みことばが分かるようになり、
父なる神さまを慕い求めるように
導かれているのです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたのみことばをありがとうございます。

どうかみことばによってもっとあなたのことを
 知ることができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】12月13日

預言者の苦悩[アモス 7:10-17]

「行って、私の民
  イスラエルに預言せよ」
            アモス 7:15

ベテルの祭司アマツヤは
ヤロブアム2世に告げ口をします。
アモスが謀反を企てていると。

アモスを通して語られる
主のことばはどれも厳しく
到底受けいられるものでは
なかったからです。

そのためアマツヤはアモスに
「ベテルで二度と預言するな」と
命じるのです。

主のことばに耳を閉ざし、
人々にも主のことばを
聞かせようとしない。

でもアモスは
黙っていられないのです。
それは主が彼に預言せよと
命じられているからです。

主のことばは時に厳しく
私たちの心をえぐるときがあります。
でも、そのことばに耳を閉ざすなら、
私たちはいつまで経っても
主のもとに帰られないのです。

主のことばに聞き、
悔い改めて、主の愛のもとに
帰るなら、主は私たちを
喜びと感謝をもって迎えてくださいます。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたのみことばに

耳を閉ざすことがありませんように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】12月12日

アモスの執り成し[アモス 7:1-9]

「神、主よ。
 どうかおやめください。
 ヤコブはどうして
 生き残れるでしょう。
 彼は小さいのです。」
            アモス 7:2

主なる神さまはアモスに
ご自分がこれからしようと
することを示されます。
まずイナゴを備えられるのです。

次に責める火。
それを見たアモスは
ヤコブのために
執り成しをします。

わざわいを下すのを
やめてくださいと。
この執り成しを主は
聞いてくださるのです。

そしてわざわいを
起こすことを
思い直してくださいます。

私たちは自分のためだけに
生きているのではないのです。
私たちは主のみこころを知り、
人々のために執り成し、
祈るために召されています。

主は私たちの祈りを
待っていてくださる。
そして私たちを含め、
多くの人たちが主に立ち返り、
主に信頼して歩むことを
心から望んでおられるのです。

今日一日、まだイエスさまを
知らない方々のために祈り、
主のあわれみをもとめましょう。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちの愛する人たちのために

執り成し祈るものとさせてください。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】12月11日

誇りを嫌われる主[アモス 6:1-14]

「わたしはヤコブの誇りを
 忌み嫌い、その宮殿を憎む。・・・
            アモス 6:8

イスラエルは高慢で、
どんなに主に背いても、
自分たちは滅ぼされることはない
という根拠のない平安を
抱いていたのです。

また彼らは主ではなく、
他の国々に頼り、
わざわいに遭わないように
画策しています。

そんな彼らに主は捕囚として
連れて行かれると語るのです。
神さまは彼らの誇りを忌み嫌い、
彼らの宮殿を憎まれます。

私たちはすぐに自分を誇り、
主を忘れてしまうのです。
私たちの誇りは、
イエスさまの十字架だけ。

イエスさまが私たちの誇りを
砕かれました。
そして自分の十字架を負って
ご自分に従うように
招いておられるのです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちの誇りを砕き、

自分の十字架を負ってあなたに従えますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。