主の日は[アモス 5:18-27]
主の日は闇であって、
光ではない。
アモス 5:20
主の日とは、
主がイスラエルを
救い出してくださる日。
しかしその日は、彼らにとって
光ではなく、闇だと
主は言われます。
それは彼らが表面的な
自分たちの好むことだけを行い
主が彼らの礼拝・ささげ物を
退けられたからです。
主が望んでおられたのは、
ただ儀式を執り行うこと
ではなかったのです。
主の前にへりくだり、
主の前に正しく
生きることでした。
でも彼らは他の神々に仕え、
それでもなお自分たちは
主によって救われると
信じていたのです。
彼らの不信仰ゆえに
彼らは主の日にさばきを
受けることになります。
私たちは果たして
主の喜ばれる、
主に受け入れられる礼拝を
献げているでしょうか。
自分の好む、自分を満足させる
礼拝になっていないか
今一度振り返り、
主の前にへりくだって歩みましょう。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたの前にふさわしい礼拝を
献げることができますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
9時30分より ”イズミンキッズ”
10時30分より ”主日礼拝” が持たれます。
*YouTubeでのライブ配信もします。
→ こちらよりご参加ください。
聖なるお方[アモス 3:9-4:8]
神である主は、
ご自分の聖にかけて誓われる。
アモス 4:2
北イスラエルは霊的には
最悪な状態でしたが、
国は繁栄していたようです。
そのため彼らは
どんどん高慢になり、
弱い者を虐げ、
貧しいい者を迫害する。
それ故に主は、ご自分の
聖に欠けて誓われるのです。
その時代、イスラエルは
釣り針に引き上げられ、
銛で突かれると。
主は聖なるお方。
いつまでも罪を
見過ごされません。
罪に対して報いられる。
一方で、主は愛なるお方。
だからいつまでも
怒っておられない。
罪から抜け出すことが
できない私たちをあわれみ
助けてくださるのです。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、私の罪を赦し、
イエスさまによって義とされていることを感謝します。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
選び出された民[アモス 3:1-8]
わたしは、地のすべての
種族の中から、
あなたがただけを選びだした。
アモス 3:2
主なる神様は創世記12章で
まずイスラエルの父祖アブラハムを
選ばれました。
彼とその子孫を選ばれたのは、
彼らが主に聞き従うことで
主の祝福となり、
すべての民族が主に立ち返るためでした。
でも彼らは主の御声に
聞き従えませんでした。
そのため主は彼らを
罰すると告げられるのです。
主は預言者たちを通して、
何度もご自分の御心を
語られますが、
彼らはそれを無視し続けます。
私たちも主によって選ばれ、
主イエスさまを信じ、
救いの恵みに預かりました。
その恵みを覚え、
主の御声にいつも従い、
主の素晴らしさを
証しすることができたら幸いです。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたに選ばれた者として、
あなたの御声に聞き従うことができますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
このわたしだ[アモス 2:4-16]
彼らの前からアモリ人を
滅ぼし尽くしたのは、
このわたしだ。
アモス 2:9
南ユダ、北イスラエルは
主の選びの民であり、
主の祝福のもといでした。
でも彼らは近隣諸国、
異教の神々に仕える者たちと
変わらずに、
主に背き続けるのです。
その結果、主は彼らを
顧みないと告げられます。
イスラエルは主がどれほど
大きなことをしてくださったか、
忘れているのです。
彼らの敵を滅ぼし尽くし、
預言者を起こしたのは、
主なる神さまでした。
それをもう一度思い出すように
主は呼びかけられます。
けれど彼らはそれを思い出さず、
救いから遠ざけられるのです。
私たちもすぐに高慢になります。
何でもかんでも自分の力で
行っているように勘違いするのです。
すべてを支配し、導いてくださるのは
主なる神さまだけです。
このことを忘れないことが
私たちの信仰生活において
何よりも大切なことでしょう。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたの恵みとあわれみを
忘れることがありませんように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
主がほえられる[アモス 1:1-2:3]
主はシオンからほえ、
エルサレムから声をあげられる。
アモス 1:2
アモスは預言書を書き残した
もっとも古い預言者です。
彼は羊飼いで、イチジクを
栽培していました。
その彼が主によって
預言者として召され、
南ユダから北イスラエルに
遣わされるのです。
彼は北イスラエル・南ユダ、
そして周辺諸国へのさばきを
預言します。
主のさばきは、彼らの一つの
背きではないのです。
繰り返される背きのゆえに
主は彼らを顧みないと告げられます。
主が語られても、全く悔い改めず
主に背き続けるなら、
主は怒りをもって裁かれる。
主は愛とあわれみに
富んでおられるお方ですが
高ぶっている者たちを
低くされるのです。
私たちはどうでしょうか。
主の語り掛けに耳を
傾けているでしょうか。
それともなおも自分の道を
突き進もうとしているでしょうか。
このことをもう一度思いめぐらし、
主のあわれみにすがりましょう。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、高ぶる私たちを砕き、
あなたの声に聴いて従うものとさせてください。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
主の道は平ら[ホセア 14:1-9]
主の道は平らだ。
正しい者はこれを歩み、
背く者はこれにつまずく。
ホセア 14:9
ホセアはイスラエルの民に
「主に立ち返れ」と繰り返し
語ります。
そして主に祈るのです。
彼らの不義を赦し
良きものを
受け入れてくださるように。
それに対して主は
「わたしは彼らの背信を癒やし、
喜びをもって彼らを愛する」と。
主が彼らを赦し、
回復してくださるとの
約束です。
ホセアは最後に
「主の道は平らだ。
正しい者はこれを歩み、
背く者はこれにつまずく」と。
私たちがつまずくのは、
主に背を向けて、
自分自身のために
生きているからでしょう。
だからこそ私たちは
道であり、真理であり、
いのちであるイエス様から
目を離さず歩むことができたら幸いです。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたの道を歩むことができますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。