レビ族の住む場所[ヨシュア記 21:1-19]
イスラエルの子らは主の命により、
自分たちの相続地から次の町々と
その放牧地をレビ人に与えた。
ヨシュア 21:3
レビ族には、部族としての
相続地が与えられませんでした。
けれど彼らには他の部族の相続地に
住む場所を与えるように
主から命じられていたのです。
主に仕えることを
委ねられたレビ族が
各部族の相続地に
散らされる。
これは各部族が主を忘れず、
レビ族を通して
主に仕えるためでしょう。
私たちもクリスチャンとして
一つのところにずっと
集められているわけではありません。
それぞれのところに
遣わされているのです。
それは私たちが遣わされた
場所場所で主に仕えるためです。
また私たちはそこで祝福となり、
主の栄光を現わすためなのです。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたが遣わしてくださっている場所で
あなたに仕え、あなたの栄光を現わすことができますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
逃れの町[ヨシュア記 20:1-9]
わたしがモーセを通して
あなたがたに告げておいた、
逃れの町を定めよ。
ヨシュア 20:2
意図せず、人を殺してしまった者を
救済するための場所。
それが逃れの町です。
逃れの町に住む者は
彼に復讐をしたいと
望む人からかくまわれます。
正式な審判が下る前に
彼が殺されることの
ないようにするためです。
私たちにとっての逃れ場
それは父なる神さま、
イエスさまのもとに
行くことでしょう。
主は瞳のように私たちを守り
御翼の陰にかくまってくださいます。
私たちは罪あるものですが、
主によって裁かれ、滅びる者ではない。
主は私たちの罪を赦し
生かしてくださるのです。
ですからいつでも主のもとにいき
御翼の陰にかくまっていただきましょう。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたのもとに
いつも行くことができますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
ヨシュアの相続地[ヨシュア記 19:24-51]
イスラエルの子らは、
自分たちの間に一つの
相続地をヌンの子ヨシュアに与えた。
ヨシュア 19:49
すべての部族に
割り当て地が
与えられます。
けれど占領の過程は、
様々な困難があったようです。
特にダン族の相続地は
彼らから失われます。
そのためレシェムと戦い、
勝利し、そこを占領するのです。
さて相続地が割り当てられたあと、
リーダーであるヨシュアに
相続地が与えられます。
ヨシュアはこれまで
自分の相続地を
主張してきませんでしたが
主がヨシュアに与えられるのです。
彼は出身部族であるエフライムの
山地に自分の町を建て
そこに住みます。
相続地の割り当ての
作業は無事終了するのです。
すべての部族にふさわしい場所が
備えられます。
各部族から不平不満が
でなかったのは
彼らが相続地は主からの
賜物と理解していたからでしょう。
私たちにもふさわしい賜物が
与えられています。
その賜物に感謝し、
主のために用いていきましょう。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたからの賜物を感謝して
用いることができますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
すべてを益と[ヨシュア記 19:1-23]
シメオン族の相続地は
ユダ族に割り当てられた
地から取られた。
ヨシュア 19:9
シメオン族の相続地は
なんとユダ族の相続地の
中に与えられます。
シメオンとユダは
同じ母親から
生まれているので
仲がよかったのかもしれません。
またユダ族に相続された地は
彼らだけでは持て余していたようです。
そのため主はユダ族の一部を
シメオン族に与えられるのです。
でもシメオン族の相続地は
ユダ族との境界線がはっきりせず
ぼやーとしています。
これは創世記49章で
ヤコブが預言されたことの
成就だと言われているのです。
ヤコブはシメオンとレビに
「私はヤコブの中で
彼らを引き裂き、
イスラルの中に散らそう」
と語ります。
実に、この二つの部族は
とても特殊でした。
レビ族は相続地が与えられない。
シメオン族はユダ族の中に。
でもこのヤコブののろいを
主は祝福へと
変えてくださっています。
レビ族は主が彼らへの
ゆずりとなってくださり、
シメオン族はユダ族の間に住み
ユダ族と協力しながら
さらに相続地を占領するのです。
主の前にあってマイナスは
ずっとマイナスではありません。
マイナスは主にあってプラスになる。
主はすべてのことを
働かせて益としてくださる。
この主の恵みを忘れず、
歩んでまいりましょう。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、すべてのことを働かせて
益としてくださるあなたの御業に感謝します。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
”イズミンキッズ” はお休みです。
10時30分より ”主日礼拝” が持たれます。
*YouTubeでのライブ配信もします。
→ こちらよりご参加ください。
追い払えない[ヨシュア記 15:20-63]
エルサレムの住民エブス人を、
ユダ族は追い払うことが
できなかった。
ヨシュア 15:63
主なる神さまはエブス人をも
追い払うといわれましたが、
ユダ族は彼らを追い払うことが
できなかったようです。
その理由について詳しく
記されていません。
いずれにしても本来
追い払わなければならない
人々を残してしまったことは確かです。
しかし彼らはダビデの時代、
ダビデに逆らい、
攻め取られます。
私たちの内にも追い出さなければ
ならないものがあるでしょう。
でも追い出すのは
簡単ではありません。
ですから主に祈り、
主の助けによって
主から引き離そうとするものを
取り除くことができたら幸いです。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたから引き離そうと
するものを取り除いてください。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
主の命により[ヨシュア記 15:1-19]
ヨシュアは自分への
主の命により、
エフンネの子カレブに、
ユダ族の中でキルヤテ・アルバ、
すなわちヘブロンを
割り当て地として与えた。
ヨシュア 15:13
ヨシュアは割り当てにおいても
主のことばに従い通します。
カレブにユダ族に割り当てられた
ヘブロン、デビルを与えるのです。
このヘブロンにはアナク人が
住んでいましたが、カレブは
恐れることなく、立ち向かい、
彼らを追い出します。
またデビルを攻め上るときには
仲間に助けを求め、
その見返りに自分の娘を
妻として与えると約束するのです。
この約束がどうであったのか、
聖書は何も語っていませんが、
彼の割り当ての一部を
失うことになるのは確かです。
自分の力で不可能に思えるとき、
誰かに助けを求めることは
大切でしょう。
一方で、主に祈らず、頼らず、
自分の知恵だけで行動するなら
主は喜ばれないのです。
どんなときにもまず
主に祈り、主の御声を聞き
主の御心を選び取って
いけますように。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたに祈り、
あなたに頼って歩めますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
主に従い通す[ヨシュア記 14:1-15]
しかし主が私とともに
いてくだされば、
主が約束されたように、
私は彼らを追い払う
ことができます。
ヨシュア 14:12
カレブはカナンの地を
最初に偵察した12人の
うちの一人でした。
彼は他の10人が民の心を
くじいたとき、ヨシュアとともに
主に従い通したのです。
それゆえに彼は約束の地に
入ることができました。
また85歳にして
壮健であったのです。
カレブはヨシュアに
自分たちに主が約束された
山地を与えてくれるように
お願いします。
けれど、そこにはアナク人がいて、
城壁のある大きな町でした。
しかしカレブはそれを恐れない。
彼は主に全く信頼していたから。
「主が私とともにいてくだされば、
主が約束されたように、
私は彼らを追い払うことができます」
と告白し、主に従い通すのです。
どんなピンチでも「主がともにいてくだされば」
と主に信頼して従うことの大切さを覚えます。
すぐに「主がともにいてくださっても」と
ネガティブになってしまう私。
主のみことばの確かさに委ね
主に従い通すことができるよう、
ともにお祈りしていきましょう。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたがともにいてくださる
この素晴らしさから目を離すことがありませんように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
主がゆずり[ヨシュア記 13:15-33]
イスラエルの神、
主が彼らへのゆずりである。
ヨシュア 13:33
13章初めに主は老人になっていた
ヨシュアに「占領すべき地は
非常にたくさん残っている」と
告げられます。
そしてルベン族、ガド族、
マナセの半部族はヨルダン川の
東側を相続地として受け取るのです。
また22節にはイスラエルを
呪おうとしたバラムが
殺されたことが記されています。
さらに33節にはレビ部族には
モーセが相続地を
与えなかったとあるのです。
それは彼らへのゆずりは
主ご自身だったからです。
主が彼らを養ってくださる。
彼らは土地や財産を
気にせずに主に仕える。
これこそ彼らに与えられた
主からの特別な恵みでした。
主がゆずり、相続である。
私たちも今、具体的な土地が
与えられているわけではありません。
でも主が私たちのゆずりであり、
主を礼拝することが
何よりも私たちに
委ねられているのです。
父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたを礼拝すること、
これこそが私たちにとって何よりも
大きな恵みであることを感謝します。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
9時30分より ”イズミンキッズ”
10時30分より ”主日礼拝” が持たれます。
*YouTubeでのライブ配信もします。
→ こちらよりご参加ください。