【日々のみことば】3月12日

求めなさい[ルカの福音書 11:1-13]

だれでも、
 求める者は手に入れ、
探す者は見出し、
 たたく者には開かれます。
             ルカ 11:10

イエスさまは祈り続ける大切さを
たとえをもって教えられます。
夜中に旅人が自分の家に来たけれど
何も出してあげるものがない。

だから友達の家に行って
パンを貸してくれるように頼む。
でも夜中だから勘弁してくれと
友達は答える。

それでも旅人のことを思って
しつこくしつこくお願いするのです。
そのしつこさに負けて、
必要なものをあげるだろうと。

しつこさは、自分のことを
思ってではありません。
隣人を愛するゆえにです。

旅人のことを思って
パンをしつこくお願いする姿は
とりなしの祈りといえるでしょう。

人が祈れないとき、
その人のために心を合わせて祈る。
その人が諦めたとしても
諦めないで祈り続ける。

その祈りは神さまに
必ず届いています。
もしかしたら祈りの答えは
自分の予想よりも先かもしれません。

でも祈り続ける中で、
主のみこころがさらに分かり、
主が道を開いてくださるのです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あきらめずに

祈り続けることができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】3月11日

あなたも行って[ルカの福音書 10:25-42]

「あなたも行って、
 同じようにしなさい。」
             ルカ 10:37

東日本大震災から今日で14年。
今なお苦しみ悩みのある
お一人お一人に主の慰めと
励ましがありますように!

律法の専門家はイエスさまを
試みようと質問します。
「何をしたら、永遠のいのちを
受け継ぐことができるでしょうか」

彼の心をイエスさまは
よく分かっておられたので、
彼に逆に質問します。
すると彼は正しい答えをするのです。

そしてイエスさまは
「それを実行しなさい。
そうすれば、いのちを得ます」と
言われるのです。

これに対して律法の専門家は
自分は神さまを愛し、
隣人を愛していると思っていたので
「隣人とはだれか」とさらに質問します。

これを受けてイエスさまが
語られたのが「よきサマリア人」
のたとえでした。

一人目は祭司、二人目はレビ人。
彼らはいずれも怪我した人を
見捨ててしまいます。

三人目に来たのは誰か。
律法の専門家は
「律法学者、パリサイ人」と
期待したことでしょう。

でも三人目はなんと
彼らが一番嫌う
「サマリア人」でした。

しかも彼が傷つき倒れた
ユダヤ人を助け、
親切にするのです。

イエスさまは律法の専門家に
質問されます。
「だれが、強盗に襲われた人の
 隣人になったと思いますか」

彼は「サマリア人です」と
素直に言えず、「その人にあわれみ
深い行いをした人です」と
答えるのです。

でも彼は素直です。
「サマリア人がそんなことを
 するわけがない。あいつらは罪人だ」
と反論していないからです。

彼はイエスさまのたとえを通して
自分の浅はかさに気づいたのでしょう。
そんな彼にイエスさまはチャレンジを与える。

「あなたも行って、同じようにしなさい」
私たちにもイエスさまは
チャレンジを与えられます。

「自分に敵対する人にも
 あわれみ深くあれ」と。

私も本当に弱いもので
自分に対して否定的な人を受け入れ、
あわれみ深くあることが難しい。
愛するなんて不可能に思える。

でもイエスさまはご自分を
十字架にかけた人たちのために
祈られたのです。

このイエスさまの祈りが
私の祈りとなるように
日々祈っていきたいと願います。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちがだれに対しても

あわれみ深くありますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】3月10日

名が天に書き記されている[ルカの福音書 10:1-24]

「・・・あなたがたの名が天に
 書き記されていることを喜びなさい」
              ルカ 10:20

イエスさまは再び弟子たちを
町や村々に遣わされます。
その働きは大成功を収め
弟子たちは喜んで帰ってくるのです。

そんな彼らにイエスさまは
「サタンが稲妻のように
 天から落ちるのを、
 わたしは見ました」と告げます。

悪霊が追い出すことができても、
サタンの働きが強くなる。
それとともに敵のあらゆる力に
打ち勝つ権威を弟子たちに
授けられたと。

しかし力が授けられ、
霊どもが服従するよりも
もっと大切な喜びが
弟子たちにあると
イエスさまは伝えられます。

それは彼らの名が
天に書き記されていること。
神の子とされ、
救いの恵みに預かっていること。

私たちもいろいろなことを求め、
生きがいとしたり、喜びとしたり。
でも一番の喜びは主のあわれみによって
今、私たちが救われていること。

この恵みを忘れずに、
喜びと感謝を持って
主に仕えて行くことができたら幸いです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちの名が

天に記されていることを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】3月8日

だれが一番偉いか[ルカの福音書 9:37-50]

「だれでも、
 このような子どもを、
 わたしの名のゆえに
 受け入れる人は、
 わたしを受け入れるのです。
           ルカ 9:48

イエスさまと3人の弟子たちが
山から下りてくると
騒ぎが起こっていました。

悪い霊につかれた子どもが
お父さんによって連れて
来られたのですが、
弟子たちができなかったからです。

その状況を聞かれたイエスさまは
「不信仰な曲がった時代だ。
 いつまで、あなたがたと一緒にいて
 我慢しなければならないのか」と憤られる。

イエスさまは弟子たちが
もっと主に信頼して、
歩むことを望まれていたのです。

そんな弟子たちの関心は
だれが一番偉いかということでした。
イエスさまがご自分の死を
予告されますが、弟子たちは意味が
良く分かっていません。

彼らはイエスさまの王国で
一番良い地位に就くことを
願っていたのです。

それを知られたイエスさまは
「だれでも、このような子どもを
わたしの名のゆえに受け入れる人は、
わたしを受け入れるのです。

あなたがたの皆の中で
一番小さい者が、
一番偉いのです」といわれます。

一番小さい者、だれよりも低く
仕える者が一番偉い。
このことを実践してくださったのは
イエスさまご自身でした。

私たちもイエスさまに倣い、
小さく、低くなることができるよう、
ともにお祈りしていきましょう。

あなたがたの御名のします。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちを小さく、

低くさせてください。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】3月7日

栄光輝く姿[ルカの福音書 9:28-36]

それはモーセとエリヤで、
 栄光のうちに現れ、
イエスがエルサレムで
 遂げようとしておられる
最期について、
 話していたのであった。
           ルカ 9:31

イエスさまはご自分が、
多くの苦しみを受け、
殺され、三日目によみがえる
ことを弟子たちに伝えられた後、
祈るために山に登ります。

祈っておられると、
御顔の様子が変わり、
服は白く光り輝くのです。

イエスさまが神である
確かなしるしです。
そして二人の人と
語り合います。

その二人はモーセと
エリヤでした。
彼らはイエスさまが
エルサレムで遂げる
最期について話していたのです。

彼らはイエスさまを励まし、
力づけていたのでしょう。
この光景を目にしたペテロは
幕屋を三つ造りましょうと言うのです。

彼は何を言っているか
分からなかったとあります。
そんな中、さらに不思議なことが
起こります。

イエスさまとモーセとエリヤが
雲の中に入ってしまうのです。
すなわち主の栄光が彼らを覆います。
弟子たちは恐ろしくなるのです。

すると雲の中から、
「これはわたしの選んだ子。
 彼の言うことを聞け」という
声がします。

と同時に雲は消えて、
イエスさまだけが、
そこにいたのです。

イエスさまはこの出来事を
通して、ご自分が真の
神の子であることを
弟子たちに教えようとされました。

でもこのとき、弟子たちは
よく理解できなかったのです。
イエスさまは父なる神さまから
愛され、選ばれたお方。

このイエスさまの言われることを
聞くことが私たちの使命なのです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、みことばをしっかり

聞くことができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】3月6日

自分を捨てる[ルカの福音書 9:18-27]

「だれでもわたしについて
 来たいと思うなら、
 自分を捨て、
 日々自分の十字架を負って、
 わたしに従ってきなさい。」
           ルカ 9:23

イエスさまは弟子たちに
「あなたがたは、わたしを
 だれだと言いますか」と
問われました。

それに対してペテロが
「神のキリストです」と
答えるのです。

イエスさまは、このことを
誰にも言わないように
命じられます。

それからイエスさまは
ご自分が多くの苦しみを受け、
捨てられ、殺され、三日目に
よみがえらなければならないと
語られるのです。

またイエスさまは人々を招かれます。
イエスさまについて行きたいと
願うなら、自分を捨て、
日々自分の十字架を負って
イエスさまに従うように。

自分を捨てる。自分の十字架を負う。
これはどういうことでしょうか。
自分を捨てるとは、主のみこころを
追い求めるということでしょう。

自分の願いを優先し、
神さまのみこころを無視しない。
私たちはすぐに独りよがりな
自分勝手な思いにとらわれてしまいます。

そのような思いをわきに置き、
主のみこころを知る。
主を中心に生きる。

神さまに委ねられた使命を
果たすために、何をしたら良いかを
日々祈りつつ従う。

こうすることで、
私たちは永遠のいのちに
生きることができるのです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、自分を捨て、

日々自分の十字架を負って、
 イエスさまについて行けますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】3月5日

5つのパンと2匹の魚[ルカの福音書 9:1-17]

「あなたがたが、あの人たちに
 食べる物をあげなさい。」
           ルカ 9:13

12人の使徒たちが神の国を
宣べ伝え、病人を治すために、
イエスさまによって
遣わされた後のことです。

彼らの宣教の疲れを
癒やされるために、
イエスさまは彼らを連れて
密かに退かれます。

ところが群衆がイエスさまたちを
追いかけて来ます。
そんな彼らをイエスさまは
喜んで迎えられるのです。

そんな中、夕方になってしまいます。
弟子たちは群衆たちのことを
心配して、イエスさまに言うのです。

群衆を解散させてください。
彼らが暗くなる前に
泊るところを決めて、
何か食べることができるために。

それを聞いてイエスさまは
驚くべきことを弟子たちに
命じるのです。

あなたがたが、あの人たちに
食べる物をあげなさい。

弟子たちはすぐに
「今自分たちの手元には
 5つのパンと2匹の魚しか
 ありません」と答えるのです。

彼らはイエスさまのお考えを
全く分かっていませんでした。
しかも目の前のことしか
見えていないのです。

私たちも目の前の状況しか見えず、
諦めてしまうことがよくあります。
こんな少ないものが何の役に立つだろうか。
自分なんかができるわけがない。

しかし主は違います。
主は私たちのわずかなものをも
用いてくださるのです。

私たちのすることは
私たちの持っている、
いや頂いているものを
すべて主に差し出すこと。

そうするならば主が
何十倍、何百倍にも
用いてくださいます。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたから頂いた賜物を

十分に用いることができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】3月4日

あなたの信仰が[ルカの福音書 8:40-56]

「娘よ、あなたの信仰が
 あなたを救ったのです。
 安心して行きなさい。」
           ルカ 8:48

二人の女性が出てきます。
一人は会堂司ヤイロの娘。
彼女は12歳ぐらいで
死にかけていたのです。

もう一人は12年間
長血をわずらっていた
女性でした。

彼女は全財産を費やしても
医者からなおして
もらえなかったのです。

その彼女が頼ったのは
イエスさまでした。
でも彼女は真正面からではなく
後ろからイエスさまに近づくのです。

それは彼女が長血によって
汚れていたからです。

彼女は他の福音書を見ると
「この方の衣に触れさえすれば
 私は救われる」と信じていたのです。

そう信じて、イエスさまに触れると
彼女の長血は直ちにいやされる。
彼女はそれが分かって、
すぐにイエスさまから離れようとしたはず。

ここで一つ問題が起こる。
なんとイエスさまが
「わたしにさわったのは、
だれですか」と問われたのです。

彼女はドキドキしたでしょう。
汚れた自分が触れたなんて言ったら、
イエスさまに叱られるだろうか。
周りの人たちはどう思うだろうか。

イエスさまが捜すのを
諦めてくれないかと
願ったことでしょう。

でもイエスさまは諦めない。
彼女は隠しきれないと知り、
自分に起こったことを
みんなの前であかしします。

その告白をイエスさまは喜ばれ
「娘よ、あなたの信仰があなたを
救ったのです。安心していきなさい」と
彼女に言われるのです。

イエスさまはなぜ彼女を捜されたのか。
それは彼女の信仰を褒めて、
彼女がこれから平安のうちに
歩むためでした。

私たちも主がしてくださったこと
証しすることが求められています。
その証しを主は喜ばれるのです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたがしてくださった素晴らしいみわざを

日々あかししていくことができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】3月3日

話して聞かせなさい[ルカの福音書 8:26-39]

「あなたの家に帰って、
 神があなたにしてくださった
 ことをすべて、
 話して聞かせなさい。」
           ルカ 8:39

イエスさまが向こう岸に
渡られたのは、ゲラサ人の地に
住む悪霊につかれた人を
癒されるためでした。

彼は長年、悪霊に
苦しめられていました。
しかも悪霊が大勢
彼の中に入っていたのです。

悪霊はイエスさまに出会うと
恐れて、自分たちを
滅ぼさないように
懇願します。

そして豚に入ることを
許してほしいと願うのです。
イエスさまは悪霊の要求を
受け入れます。

これによって悪霊につかれた人は
癒され、正気になったのです。
でもこのことを多くの人は
受け入れることができません。

イエスさまに出て行って
欲しいと願うのです。
長年、悪霊につかれた人が
救われたという素晴らしい出来事を
ともに喜べません。

どうしてでしょうか。
それはイエスさまによって
自分たちの生活も変わってしまうと
思ったからかもしれません。

イエスさまに出会うこと、
イエスさまを信じることで
私たちの生き方は変わるのです。

でも多くの人は、そのことを
望んでいません。
今までの生き方を
変えたくないのです。

だからイエスさまは悪霊につかれ
癒された人に命じます。
自分の家に帰って、
神さまがどれほど素晴らしいことを
してくださったかを話して聞かせなさい。

私たちも主がしてくださった
素晴らしいことを証しするときに、
多くの人がイエスさまに出会い、
イエスさまを受け入れることになるのです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたがしてくださったことを

喜んで証しすることができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。