【日々のみことば】4月30日

愛は死のように[雅歌 8:5-14]

愛は死のように強く、
 ねたみはよみのように
激しいからです。
            雅歌 8:6

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 朗読も聴くことができます。
 https://prs.app/ja/bible/sng.8.jdb

今日で雅歌が最後となります。
6節には「愛は死のように強く、
ねたみはよみのように激しい」とあります。

また7節には「大水もその愛を
消すことができません」と。
これは愛から逃れることが
できないということでしょうか。

私たちは愛されなければ
生きていけないということでしょうか。
私たちはお互いに愛し合うことで、
生きる力をいただきます。

と同時に、これは人間同士の
愛以上に、主の愛について
語られているような気がします。

神さまは私たちに愛を
示してくださるために、
イエスさまを死に
渡してくださったのです。

その愛を消すことは
どんなものもできません。
人間の愛はすぐに冷めてしまう。

でも主の愛は、いつまでも
決して変わることなく、
私たちを愛し続けてくださるのです。

また最後14節には、
「私の愛する方よ、
 急いでください」とあります。

これは黙示録22章17節を
思い起こさせます。

御霊と花嫁は言う。
「来てください」
これを聞く者も
「来てください」と
言いなさい。

私たちはキリストの再臨を
待ち望み、「主よ、来てください」
マラナタと日々祈りつつ、
歩むことができたら幸いです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、来てください。

あなたの永遠に変わらない愛に感謝し、
 キリストの再臨を待ち望みます。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】4月29日

人を喜ばせる愛[雅歌 6:14b-8:4]

ああ、人を喜ばせる愛よ。
 あなたはなんと美しく、
麗しいことよ。
            雅歌 7:6

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花婿は花嫁に彼女のすべてが
素晴らしいと、たくさんの
たとえをもって、ほめたたえます。

6節には「人を喜ばせる愛」とあります。
私たちは自分を喜ばせることばかり。
そして自分を喜ばせることを
いつも求めているのです。

でも花嫁の愛は、人を喜ばせる。
花婿は彼女との時間を通して
心に喜びが満ちていたのでしょう。

このように私たちも
人を喜ばせる愛で
愛することができたら幸いです。

もう一つ大切なことは
主が私たちの喜びであること。
そして主の愛は私たちの
喜びであるのです。

ネヘミヤは嘆き悲しむ民に言います。
「・・・主を喜ぶことは、
あなたがたの力だから」

主の愛を知り、主の愛に満たされ
主の喜びに生きる、主を喜ぶことは
私たちの力。

この主の力をもって
今日も歩んで生きましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたを喜ぶことは私たちの力です。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】4月28日

汚れのないひと[雅歌 6:4-13a]

汚れのないひと、
 私の鳩はただ一人。
            雅歌 6:9

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3節で花嫁は言います。
「私は、私の愛する方のもの。
 私の愛する方は私のもの」

これに対して花婿も、
「わが愛する者よ」
「汚れのないひと、
私の鳩はただ一人」と応答します。

夫婦は自分は自分、
相手は相手とはならない。
夫婦は一つとなるとは、
そういうことでしょう。

自己主張をお互いにしていたら、
いつまで経っても一つとなれない。
相手の立場に立って考え、
相手を尊重する。

これは私たちと神さまとの
関係においても大切でしょう。
神さまが私たちに望んでおられるのは、
私たちが神さまの民となり、
ご自分が私たちの神となってくださること。

このためにイエスさまを
遣わしてくださったのです。
そして私たちはキリストにあって
一つとなるのです。

そのとき私たちがまだ
自分のことばかりを主張し
主のものとなることを拒むなら、
私たちは主と一つになれません。

私たちは常に古い自分に死に、
新しく生きる者と
されていることを忘れず、
自分を捨てて、主のために
生きる者となれたら幸いです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、キリストにあって私たちが

あなたのものとされていることを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】4月26日

何の汚れもない[雅歌 4:1-5:1]

わが愛する者よ。
 あなたのすべては美しく、
あなたには何の汚れもない。
            雅歌 4:7

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4章は男性が女性に向けて
「ああ、あなたは美しい。
 わが愛する者よ。
 ああ、あなたは美しい」と
語るところから始まります。

そして女性のすべてを
様々なものにたとえて
最上級のほめことばで
ほめるのです。

このことばを思い巡らしながら
アダムがエバを初めてみたとき
発した「これこそ、ついに
私の骨からの骨。私の肉からの肉」という
ことばを思い出しました。

純粋に愛する。
でも罪が入ったときに
私たちは純粋に
愛することが難しくなります。

その愛を回復してくださるために
イエスさまは十字架によって死なれ
三日目によみがえられたのです。

またイエスさまの十字架のゆえに
私たちの罪は赦され、
神さまの前に何の汚れもない者
義なる者と認められました。

この大きな恵みを覚え、
主の愛を受け入れ、
歩んでいきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、イエスさまのゆえに罪赦され、

義と認めてくださったことを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】4月25日

捜し続ける[雅歌 3:1-11]

私は夜、床についていても、
 私のたましいの恋い慕う方を
捜していました。
            雅歌 3:1

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恋い慕う方を捜したけれど
見つかりません。
でも彼女は諦めることなく、
捜し続けるのです。

捜す、求めることで
さらに慕う心、愛が
湧き上がってきます。

簡単に手に入ると、
簡単に手放しかねない。
彼女は恋い慕う方を見つけると、
しっかり捕まえて放さなかった。

私たちは恋い慕う方を
ここまで捜し求めているでしょうか。
求めなさい、探しなさい、
たたきなさいとイエスさまは言われますが、
私たちはすぐに諦めてしまう。

主は私たちがご自分を熱心に捜し、
心を尽くして求めることを
願っておられるのです。

そうすれば私たちは主を見出す。
そしていつも主を捜し求めることで、
私たちは主から放れず、
主のそばにとどまることができます。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたを捜し求めることができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】4月24日

愛する人の呼びかけ[雅歌 2:8-17]

岩の裂け目、
 崖の隠れ場にいる私の鳩よ。
私に顔を見せておくれ。
 あなたの声を聞かせておくれ。
            雅歌 2:14

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女性を愛する方の語り掛けは、
主なる神さまの私たちへの
語り掛けのように聞こえます。

主はいつでも私たちに
「わたしの愛する者よ」と
呼びかけられます。

また立って出てくるように
ご自分のもとに来るように
招かれているのです。

この招きに私たちは素直に
応答しているでしょうか。
14節にあるように、
私たちは様々なことを恐れ、
隠れているような気がします。

そんな私たちに主は
顔を見せてくれ、
声を聞かせてくれと
語られるのです。

主から隠れ、主の御顔を
避けるのではなく、
主の御顔の前に立ち、
主へ祈りを捧げる。

このことをいつも
待っていてくださる。
主は良いお方。
主は力強いお方。

主は私たちを養い、
主は私たちの敵を追い払い、
守り続けてくださる。

この主に信頼して歩むとき、
私たちはどんなときにも
「わたしの愛する者、
わたしの美しいひとよ」と
いう声を聞き、主の愛の中を
歩めるのです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたから隠れることなく、

あなたの御顔の前を歩ませてください。

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【日々のみことば】4月23日

愛がそうしたいと[雅歌 1:1-2:7]

揺り起こしたり、
 かき立てたりしないでください。
愛がそうしたいと思うときまでは。
            雅歌 2:7

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雅歌は聖書の欄外の注を見ますと、
「歌の中の歌」とあります。
語り手の女性と愛する男性との
対話がその中心となっているのです。

また雅歌は過越しの祭りの時に
読まれていたとのこと。
雅歌は愛の深さ、愛の力強さ、
愛の美しさが歌われています。

女性が愛する男性に、
私を引き寄せてください。
彼にあって楽しみ喜び、
彼の愛をほめたたえるのです。

男性も女性に「女の中で
最も美しいひとよ」と
呼びかけます。

2章2節では愛する女性に
茨の中のゆりの花のようだと
語るのです。

女性もそれに応答し、
愛する男性に、
林の木々の中の
りんごの木のようだと。

さらに自分は愛に
病んでいると
告白するのです。

おそらく、どうしたら良いか
わからないからでしょう。
そんな彼女は自分の友人たちに
お願いします。

「揺り起こしたり、
 かき立てたりしないでください。
 愛がそうしたいと思うときまでは」

一時の感情で動くことなく、
刺激することなく、
愛がそうしたいと思うときまで
待って欲しいと。

愛は盲目と言われます。
でも愛が盲目なのではなく、
私たちの感情が
盲目になるのでしょう。

雅歌を思いめぐらしながら、
主なる神さまが私たちに対して
どれほど愛しておられるか、
どのような思いで
愛しておられるかを覚えました。

私たちは主に愛されている。
その愛に私たちはどれほど
答えているだろうか。

けれど大切なのは、
無理やり、また感情の
赴くままに愛するのではなく、
愛がそうしたいと
思うときまで待つこと。

主の愛を十分に知り、
実感していくとき、
私たちは主を愛したいという
思いがわき上がってくるのです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたの愛を知り、

あなたを愛することができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
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【日々のみことば】4月22日

疑いから賛美へ[ルカの福音書 24:36-53]

いつも宮にいて
 神をほめたたえていた。
           ルカ 24:53

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 https://prs.app/ja/bible/luk.24.jdb

イエスさまが復活されたことを
最初、弟子たちは信じられません。
復活されたイエスさまが
彼らの真ん中に立たれると
彼らはおびえて震え上がるのです。

そんな彼らを不信仰だと
イエスさまは一蹴されません。
ご自分が死からよみがえられた
証拠を見せられます。

そして彼らがイエスさまの復活を
信じることができるように、
働きかけられるのです。

それは彼らがイエスさまの
復活の証人となるためでした。
でも彼らは自分たちの力で
復活の証人となるのではなかったのです。

イエスさまは父なる神さまが
約束されたものを送ってくださると。
これはもちろん聖霊なる神さまです。

彼らに聖霊なる神さまが
与えられたとき、
彼らは大胆にイエスさまの
復活の証人として立つことができます。

そして私たちもまた
聖霊が与えられ、
今イエスさまの復活の証人として
生かされているのです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、御霊の助けによって、

イエスさまの復活の証人として
 立ち続けていけますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
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【日々のみことば】4月21日

心は内で燃えていた[ルカの福音書 24:13-35]

すると彼らの目が開かれ、
 イエスだと分かったが、
その姿は見えなくなった。
           ルカ 24:31

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エマオに向かう二人の弟子は
がっかりしていました。
行いにもことばにも
力ある預言者イエスさまが
十字架で死んでしまったからです。

彼らはイエスさまこそ、
イスラエルを解放して
くださる方だと望みを
かけていたのです。

また彼らはイエスさまが
生きておられると御使いが
言ったことばを聞いて、
実際に墓の中が空っぽだったことを
知らされていました。

しかし彼らは信じられない。
なぜでしょうか。
それは彼らの心が鈍く、
預言者たちのことばを
信じられなかったからです。

イエスさまには彼らの望みとは、
全く違うことが起こりました。
彼らはイエスさまが死んだら、
すべてが終わりだと思ったのです。

そんな愚かで、
心の鈍い彼らの心を
イエスさまはみことばによって
開かれます。

イエスさまがご自分について
聖書全体に書いてあることを
解き明かされるのです。

この説教、聞いてみたかった。
彼らはみことばの解き明かしを
聞きながら、心が内に燃える。

みことばを通して
復活のイエスさまに出会うなら、
私たちの心は内に燃えるのです。

どうか日々、みことばによって
心が内に燃え、イエスさまが
今も生きておられることを
心から感謝し、
ほめたたえることができますように。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、みことばによって、

ますますイエスさまのことがわかり、
心が内に燃やされますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。