9時30分より ”イズミンキッズ” です。
10時30分より ”主日礼拝” です。
*YouTubeでのライブ配信もします。
→ こちらよりご参加ください。
【日々のみことば】4月19日
霊をゆだねる[ルカの福音書 23:44-56]
父よ、わたしの霊を
あなたの御手に委ねます。
ルカ 23:46
*聖書をお持ちでない方は
以下のホームページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/luk.23.jdb
全地が真っ暗になって
3時間後に、神殿の幕が
真ん中から裂けます。
主なる神さまと人間との
隔ての壁が裂ける。
イエスさまによって
父なる神さまに近づく
道が開かれたのです。
それからイエスさまは
大声で父なる神さまに
「わたしの霊をあなたの
御手にゆだねます」
と叫び、息を引き取られます。
私たちには想像できない
大きな苦しみをもって
イエスさまは死なれるのです。
でもイエスさまの人生、
すべて父なる神さまに
委ねられた人生でした。
イエスさまは常に
父のみこころを行うことが
わたしの食物ですと言われ、
父なる神さまに従われたのです。
さて十字架にかけられた
イエスさまを最初から最後まで
見ていた百人隊長は
イエスさまの死後、
神さまをほめたたえます。
そして「本当にこの方は
正しい方であった」と
告白するのです。
私たちもイエスさまのあとに従い
御霊なる神さまの助けによって
父なる神さまのみこころを行うなら、
委ねていくなら、私たちを通して
主の素晴らしさがほめたたえられます。
またどうかイエスさまの
十字架をともに見上げ、
主こそ神と告白する人が起こされるよう、
お祈りしていきましょう。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、イエスさまの十字架を感謝します。
私たちもあなたの御手にゆだねて歩むことができますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
【日々のみことば】4月18日
わたしとともにパラダイスに[ルカの福音書 23:26-43]
まことに、あなたに言います。
あなたは今日、わたしとともに
パラダイスにいます。
ルカ 23:43
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イエスさまの十字架を
クレネ人シモンが負い、
イエスさまの後に
ついて行きます。
これはシモンにとって
思いがけないことで、
その時は恥となったことでしょう。
でも後日、彼は実際に十字架を
負ってイエスさまに従うことの
恵みを覚えたのではないか
と思うのです。
このとき弟子たちは誰も
イエスさまの後に
従えませんでした。
イエスさまとともに
十字架にかけられた人も
いなかったのです。
けれど不思議なことに
二人の犯罪人が
イエスさまとともに
十字架につけられます。
彼らは最初、イエスさまを
ののしっていました。
しかし一人の方がイエスさまの
祈りを聞き悔い改めるのです。
そしてイエスさまの
あわれみにすがる。
「イエスさま。あなたが御国に
入られるときには、
私を思い出してください」
私を救ってくださいでもなく、
私をここから降ろさせてくださいでもなく、
思い出して欲しいと願う。
主に覚えられている。
これが何よりも大きな恵みであると
彼は知ったのです。
そんな彼にイエスさまは言われます。
「あなたは今日、わたしとともに
パラダイスにいます」
彼は死の直前に、そして誰よりも早く
イエスさまの救いにあずかり、
イエスさまとともにあるものとされた。
自分の十字架を負って、
イエスさまの後に従うのは、
もしかしたら積極的に自ら進んで
するものではないのかもしれません。
十字架を負わされる。
十字架につけられる。
でもこれが私たちにとって
何よりも大きな幸い。
私たちはキリストとともに
十字架につけられ
キリストとともに
生かされている。
そしてこの世の歩みが終わるとき、
イエスさまとともに永遠に
御国で生きるものとされる。
この恵みを待ち望みながら、
今日も一日、イエスさまが
覚えてくださることを忘れず、
歩んでいきましょう。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたが忘れず、見捨てず、
愛し続けてくださることを信じます。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
【日々のみことば】4月17日
いよいよ強くなる声[ルカの福音書 23:1-25]
「この人がどんな悪いこと
をしたというのか。
彼には、死に値する罪が
何も見つからなかった。
ルカ 23:22
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ピラトはイエスさまの罪を
何も認めませんでした。
だからイエスさまを釈放すると
宣言します。
けれどサンヘドリンの議員に
先導されていた群衆は
「その男を殺せ。
バラバを釈放しろ」と叫ぶのです。
バラバは暴動と人殺し
をした極悪犯罪人。
そんな彼を釈放するのは
ピラトにとって大きなリスク。
そればかりか無罪の
イエスさまを十字架に
つけるなどありえないこと。
だから彼は三度もイエスさまの
無実を訴えて、釈放しようとします。
でも群衆はしつこくイエスさまを
「十字架につけろ」と要求し続けるのです。
この声に押し負けて、
ピラトは彼らの要求をのみます。
ピラトは分かっていました。
でも群衆を恐れて、
イエスさまを引き渡してしまう。
この時点では暗闇の力が
勝ったように見えます。
しかしこれこそ光である
イエスさまの勝利の始まり
だったのです。
極悪人が釈放され、
無実のイエスさまが十字架に。
これは何とも不条理なこと。
正義が負けている。
私たちの生活でも、
このようなことが起こります。
正義がどこにあるのか。
なぜこんな理不尽なことが起こるのか。
そのとき私たちは思い出したいのです。
闇は光に決して打ち勝たないことを。
イエスさまが、わたしはすでに世に勝った
と宣言されていることを。
このみことばの確かさに立ち続け、
主の勝利を待ち望んでいくことが
できたら幸いです。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、闇は決して光に打ち勝たないことを
心から信じて歩めますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
【日々のみことば】4月16日
冒涜とののしり[ルカの福音書 22:54-71]
だが今から後、人の子は
力ある神の右の座に着きます。
ルカ 22:69
*聖書をお持ちでない方は
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朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/luk.22.jdb
ペテロは遠く離れて、
捕らえられたイエスさまについて
大祭司の家に行きます。
そこで彼は3度、イエスさまの
仲間であると指摘されるのです。
それに対して彼は3度、否定します。
3度目に否定した時、鶏が鳴くのです。
と同時にペテロは振り返った
イエスさまと目が合う。
このとき、自分の犯した
罪の大きさに気づき、
泣き崩れるのです。
その後、イエスさまは
人々からむちで打たれ、
多くの冒涜のことばを
浴びせられます。
それでもイエスさまは忍耐し、
反論することがなかったのです。
夜が明け、ユダヤ人のリーダーたちは
イエスさまをサンヘドリンに連れ出します。
彼らはイエスさまに
「おまえがキリストなら、
そう言え」と言うのです。
彼らは全く信じる気がありません。
これまでイエスさまが
力あるわざをたくさんなさり、
キリストであるしるしを
見せてくださいましたが、
彼らの心の目は閉ざされたままでした。
そんな彼らにイエスさまは
チャンスを与えられます。
ご自分が神の子であると、
答えられるのです。
でも彼らは信じない。
逆にイエスさまが偽りを
言ったと判断します。
霊的な目が閉ざされ、
頑なにされている間、
どんなに神さまのみわざを見ても、
それを受け入れられないのです。
私たちの周りでは、
常に主が働いてくださり、
みわざをなしてくださっているのに、
それに気づかないことが多い。
それは私たちがイエスさまに
信頼し、イエスさまのみわざを
待ち望んでいないからでしょう。
どうかいつでも霊的な
目を開いていただき、
十字架に敵対するのではなく、
敵対してしまう自分自身の愚かさを嘆き、
悔い改めて歩んでいきましょう。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、イエスさまの十字架に
敵対してしまう愚かさを悔い改め、
あなたに信頼して歩めますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
【日々のみことば】4月15日
みこころなら[ルカの福音書 22:39-53]
父よ、みこころなら、
この杯をわたしから
取り去ってください。
しかし、わたしの願いではなく、
御心がなりますように。
ルカ 22:42
*聖書をお持ちでない方は
以下のホームページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/luk.22.jdb
イエスさまのオリーブ山・
ゲッセマネでの祈りです。
イエスさまは弟子たちとともに
オリーブ山で祈られます。
このとき、イエスさまは
弟子たちに「誘惑に
陥らないように祈っていなさい」と
命じられるのです。
このときサタンからの
攻撃が増していたのでしょう。
イエスさま自身、
大きな闘いの中にありました。
イエスさまは私たちの
身代わりに十字架にかかり、
死なれるために、
神としてのあり方を捨て
肉体をまとって、
この世に来てくださったのです。
それでも十字架の死は
イエスさまにとって
大きな痛み、苦しみでした。
このイエスさまの痛み、
苦しみを私たちは決して
理解することができません。
何が一番の恐れであり、
苦しみ、痛みであったか。
それは父なる神さまとの
関係が死によって一時でも
断絶してしまうことでした。
だからこそイエスさまは
この杯をわたしから
取り去ってくださるように
父なる神さまに祈られる。
ご自分の弱さを包み隠さず
注ぎ出します。
でもただ自分の願いを
訴えるのではなく、
最後には「私の願いではなく、
みこころがなりますように」と
父なる神さまにすべてを委ねるのです。
私たちはどうでしょうか。
自分の願いばかりを
父なる神さまに
ぶつけていないでしょうか。
様々な苦しみの中でも
自分の願いを優先するのではなく、
主よ、あなたのみこころがなりますように
と祈ることができたら幸いです。
またイエスさまは簡単に
何の悩みもなく、
十字架に向かわれたのではない。
このことも忘れないようにしましょう。
イエスさまが捕らえられ、
十字架にかけられる時、
一番暗闇の力が勝っていたとき。
でも今、イエスさまの祈りと
イエスさまの十字架の死と
復活によってキリストの光が
輝いているのです。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、イエスさまの血の
にじむような祈りを覚えます。
どうか私たちもあなたのみこころがなりますように
と祈り続けることができますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
【日々のみことば】4月14日
給仕する者のように[ルカの福音書 22:24-38]
わたしはあなたがたの間で、
給仕する者のようにしています。
ルカ 22:27
*聖書をお持ちでない方は
以下のホームページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/luk.22.jdb
イエスさまの十字架の
死が迫っている中、
弟子たちが議論していたのは
誰が一番偉いかということでした。
どこまでいっても自分の
ことしか考えられない彼ら。
私たちも主のあわれみの故に
あわれみによって救われたのに、
すぐに人と比較してしまいます。
自分の方が信仰深い。
自分の方が聖書の知識がある。
自分の方が良く奉仕をしている。
私たちに求められているのは
子どものように神の国を受け入れ
小さく低くなること。
そして仕えること。
イエスさまは決して高ぶらず、
どんなときにも人々に仕え、
愛されました。
その御跡に従うことが
私たちに求められているのです。
でも自分の努力で
このように生きるのは不可能。
だからこそ主は私たちを
砕いてくださるのです。
私たちを貧しくしてくださり、
小さく低くしてくださいます。
そのように砕かれ、
へりくだらされたとき、
私たちは自分のことを置いて
主に仕え、人々に仕える者とされる。
どうか砕かれることから
逃げることなく、
へりくだって歩めるよう
お祈りしていきましょう。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、低くされることを
恐れることがありませんように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
4月第二主日礼拝のご案内(4月13日)
9時30分より ”イズミンキッズ” です。
10時30分より ”主日礼拝” です。
*YouTubeでのライブ配信もします。
→ こちらよりご参加ください。
【日々のみことば】4月12日
いつも目を覚まして[ルカの福音書 21:29-38]
天地は消え去ります。
しかし、わたしのことばは
決して消え去ることがありません。
ルカ 21:33
*聖書をお持ちでない方は
以下のホームページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/luk.21.jdb
時代を見分ける目を
養うことの大切さを
イエスさまは語られます。
様々な終わりの時代の
兆候が起こるとき、
焦ったり、恐れたりせず、
いつも目を覚まして祈ること。
祈るとは、自分の思いを
ただぶつけるのではありません。
主の声に聞くことでもある。
主のか細い声を聞き、
決して消え去ることのない
みことばを思い巡らす。
私たちはすぐに時代に流され、
主の御声に聞くことができず、
祈れなくなってしまう。
ですからいつでも
みことばの確かさに信頼し、
絶えず祈り続ける。
今日も主なる神さまに、
祈りによって霊的な目を
開いていただきましょう。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、いつも目を覚まして
祈り続けることができますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
【日々のみことば】4月11日
贖いが近づいている[ルカの福音書 21:20-28]
そのとき人々は、
人の子が雲のうちに、
偉大な力と栄光とともに
来るのを見るのです。
ルカ 21:27
*聖書をお持ちでない方は
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https://prs.app/ja/bible/luk.21.jdb
エルサレムが軍隊に
囲まれるのを見たら
とあります。
エルサレム、ユダヤ人の地に
大きな苦難が起こり、
御怒りが臨むのです。
その後、エルサレム以外の地でも
様々な困難が起こり、
人々は不安に陥って苦悩する。
終わりの時代、
時代が進めば進むほど、
良くなっていくのではなく、
ますます悪くなっていく。
この事実に恐ろしさと
不安を覚えます。
でも、このことが事前に
知らされていることは望みです。
なんでも「大丈夫!大丈夫!」と
楽観的に考えていたら、
私たちは苦しみの中で、
神さまを見失ってしまうからです。
苦しみに耐えられるよう、
忍耐して主の救いを
待ち望むことができるよう
私たちは備えていく必要があります。
さらに大きな希望は、
苦悩で終わるのではない
ということです。
すべての終わりに、
キリストが主の偉大な力と
栄光とともに再び
この地上に来てくださる。
そのとき、身を起こし、
頭を上げて、主を迎える。
そのために今の私たちに
求められているのは何でしょうか。
いつでも霊的な目を覚まし
御霊の助けによって
主のみこころに生きること。
今日もお祈りしましょう。
御霊の火を消すことなく、
主を見上げ、主の喜ばれる歩みを
選び取っていくことができるように。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、キリストが再び、
この地上に来てくださることを
待ち望む信仰を与えてください。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。


