【日々のみことば】4月10日

忍耐することによって[ルカの福音書 21:5-19]

あなたがたは、
 忍耐することによって
自分のいのちを勝ち取りなさい。
           ルカ 21:19

*聖書をお持ちでない方は
 以下のホームページをご覧ください。
 朗読も聴くことができます。
 https://prs.app/ja/bible/luk.21.jdb

神殿の美しさに感動する
弟子たちにイエスさまは
神殿が崩される、
そういう時が来ると予告されます。

実際、エルサレム神殿は
AD70年に崩壊されるのです。
このことはユダヤ人たちにとって
ショッキングな出来事でした。

でもイエスさまはここで
単にエルサレム神殿という
建物が崩壊することだけを
問題とされているのではありません。

終わりの日について語るのです。
終わりの日、主が再臨される前に、
様々な惑わしが起こるから
気をつけ、焦らないように。

またクリスチャンたちは
迫害され、憎まれると。
でも、それは私たちの証しの
機会となると言われます。

迫害され、憎まれる。
どれも喜んで受け入れられる
ことではありません。

でもイエスさまは忍耐して、
自分のいのちを勝ち取るように
命じられるのです。

忍耐。イエスさまも
忍耐の限りを尽くされ、
十字架で死んでくださいました。

そして今も私たちのために
耐え忍んでおられるのです。
このキリストの忍耐を覚え、
私たちも忍耐し、
主の恵みを証しすることが
できたら幸いです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、イエスさまの忍耐を覚え、

私たちも耐え忍ぶことができるよう、助けてください。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】4月9日

見栄を張る[ルカの福音書 20:41-21:4]

この人は乏しい中から、
 持っていた生きる手立ての
すべてを投げ入れたのですから。
           ルカ 21:4

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イエスさまは律法学者たちに
用心するように
弟子たちに言われます。
なぜ用心しなければならないのか。

それは彼らが神さまではなく、
自分を誇り、人の評価ばかりを
気にしているからです。

時々、私は自分が律法学者
パリサイ人のようだと
感じることがあります。

自分の行いを吟味し、
心を探るとき、
どうしても神さまではなく、
人の目を気にしているからです。

持っていた生きる手立ての
すべてを差し出さず、
自分のために何もかも
とっておこうとします。

残念ながら私たちには
パリサイ人・律法学者的な
性質があるのです。

見栄を張って、
信仰深く見せようとする
弱さがあります。

そのような性質、弱さが
あることを忘れず、
主だけを見上げ、
主にすべてを委ねて歩めるよう、
お祈りしていくことが
大切なのでしょう。

生きる手立てのすべてを
主が備えてくださる。
このことを信じて、
見栄を張らずに生きられますように。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、人の顔色・評価ではなく、

あなただけを見つめて生きられますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】4月8日

神のものは神に[ルカの福音書 20:19-40]

カエサルのものはカエサルに、
 神のものは神に返しなさい。
           ルカ 20:25

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イエスさまに対する
憎しみが深くなっていきます。
ユダヤ人のリーダーたちは
イエスさまを陥れる
質問をするのです。

一つはカエサルに
税金を納めることは
律法にかなっているか、
かなっていないかということ。

納税に使われていたローマの貨幣、
デナリ銀貨にはカイザルの肖像と
「テベリウス、神アウグストの息子」
という文字が刻まれていたのです。

これは十戒の第二戒
「あなたは、自分のために、
偶像を造ってはならない」に
違反していると、
ユダヤ人たちは考えていました。

だからこそ多くのユダヤ人は
税金を納めることに
消極的だったのです。

このことを公の場で
イエスさまが発言したら、
ローマに反逆していると
訴えるつもりでした。

逆に、税金を納めることは
律法にかなっていると
発言するなら、律法に
背いていると
指摘するつもりだったのです。

どちらを答えても、
イエスさまにとって
不利な質問。

それに対してイエスさまは
カエサルのものはカエサルに、
神のものは神に返すように
命じられるのです。

ユダヤ人たちはここまで
ずっと神さまのものを
神さまに返さず、
自分勝手に生きてきました。

そのことが何よりも
大きな罪であり、
それゆえに主のさばきを
受けていたのです。

しかし彼らは自分たちの罪に
全く気づきませんでした。
それだけでなく彼らは
知らず知らずに神さまに
反逆する者となっていたのです。

主を知りながら、
自分のために生きているなら
いつの間にか主に反逆し、
主の敵となってしまう。

これは本当に恐ろしいことです。
だからこそ私たちはいつでも
自らを吟味して、主からいただいた
すべてのものをもって
主に仕えていくことが大切なのです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたのものをいつもあなたに

お返ししていくことができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】4月7日

この石の上に[ルカの福音書 20:1-18]

だれでもこの石の上に落ちれば、
 粉々に砕かれ、またこの石が
人の上に落ちれば、
 その人を押しつぶします。
           ルカ 20:18

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イエスさまを王として
迎え入れず、どうにかして
イエスさまを陥れようとする
ユダヤ人のリーダーたち。

彼らは何の権威によって
宮で商売する人たちを追い出し、
宮で教えているのかと
問うのです。

それに対してイエスさまは
バプテスマのヨハネが
「天から来たのか。
それとも人から出たのか」と
逆に質問します。

実に彼らはバプテスマの
ヨハネも受け入れず、
彼のことばを聞いても
全く悔い改めなかったのです。

彼らは悔い改める機会が
神さまから何度も
与えられていました。

しかし彼らは頑なで
決して悔い改めない。
そればかりかイエスさまを
殺そうとしているのです。

しかもそれが罪だと
気づきません。
聖書を読んで、聖書を研究し
みことばに従って
生きようとしていたのに
彼らの心は神さまから遠く離れていた。

なぜか。それは彼らが主の前に
砕かれていなかったからです。
自分たちこそ正しく、
神となっていたのです。

だからぶどう園の主人の
息子を殺すという
あり得ないことを
まさに行おうとしていました。

彼らはイエスさまによって
砕かれ、へりくだって
歩まなければならなかった。
主は彼らを砕こうとされた。

でも彼らは自らが
砕かれることを拒絶する。
私たちはどうでしょうか。
主が砕こうとされているのに、
それをどうにか阻止しようと
していないでしょうか。

イエスさまに出会うこと、
イエスさまを信じること、
イエスさまとともに生きること、
そのためには砕かれ、
へりくだらなければならない。

これは私たちにとって
大きなチャレンジ。
私たちは砕かれることを
恐れる、怖い。

私もそうです。
でも砕かれなければ、
私たちは真に生きることは
できないのです。

イザヤ書57章15節に次のようにあります。
「わたしは、高く聖なる所に住み、
 砕かれた人、へりくだっている人と
 ともに住む。へりくだった人たちの
 霊を生かし、砕かれた人たちの心を
 生かすためである。」

どうか主によって砕いていただき、
へりくだって、自分を捨て、
日々自分の十字架を負って
イエスさまのあとについていきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私は砕かれることを恐れています。

でも主よ、どうか私を砕き、へりくだって
 イエスさまについて行くことができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】4月5日

良いしもべ[ルカの福音書 19:11-27]

「よくやった。良いしもべだ。
           ルカ 19:17

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ここに二つのグループが出てきます。
一つはしもべたち。彼らは主人から
1ミナずつ預かり、商売をするように
命じられるのです。

もう一つは主人を憎み、
王となるのを拒絶する人たち。
彼らはパリサイ人や
ユダヤ人のリーダーたちを
たとえているのでしょう。

さて1ミナを預かったしもべたちは
それぞれ商売をして、
もうけを得ます。

ある人は10ミナ、ある人は5ミナ。
そして彼らはそれにふさわしい
町を治めるように命じられるのです。

一方、別のしもべは
何も商売をせず、
預かった1ミナを
そのまま返します。

彼の言い分は主人が
「預けなかったものを
 取り立て、蒔かなかったものを
 取り立てる厳しい方ですから、
 怖かったのです」と。

なぜ彼が主人を恐れていたのか、
良く分かりません。
もしかしたら彼は主人に対して
後ろめたさがあったのかもしれない。

私たちは神さまを正しく
恐れているでしょうか。
それとも怖がっているでしょうか。

もし主のさばきを
ただ怖がっているのなら
私たちは神さまの前に
正しく生きていないのです。

私たちは主からたくさんの
ものを委ねられています。
それらを主のために
用いることが私たちの生きる道。

主のために用いず、
自分勝手に生きるならば、
委ねられたものは
ゆくゆくは取り上げられてしまう。

とても厳しい主のことばですが、
主が望んでおられるのは、
いつでも忠実であること。
主から与えられたものを
無駄にしないこと。

今一度、自分に委ねられたものは
何かを思いめぐらし、
主の御用のために
用いることができるよう
お祈りしていきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたから委ねられたものを

しっかり用いることができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】4月4日

失われた人を[ルカの福音書 19:1-10]

人の子は、失われた人を
 捜して救うために来たのです。
           ルカ 19:10

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ザアカイは取税人のかしらで
とても金持ちでした。
でも彼の心は満たされず、
救いを求めていました。

彼はイエスさまのことを聞き、
どうしてもイエスさまを見たかった。
でも彼は背が低く、イエスさまを
見ることができなかったのです。

彼の求道心はやむことなく、
いちじく桑の木に登ります。
するとその下にイエスさまが
立ち止まられるのです。

そして「ザアカイ、急いで
降りてきなさい」と命じられます。
それを聞いて彼は喜んで
イエスさまを迎えるのです。

実にザアカイがイエスさまを
求める前からイエスさまは
彼を捜していました。

彼は主なる神さまから
遠く離れ、失われていたのです。
私たちも失われた存在。

そんな私たちをイエスさまは
いつも捜して
名を呼んでくださいます。

その呼びかけに喜んで応答し
イエスさまを心から
お迎えできたら幸いです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、失われた私を捜して救うために

イエスさまが来られたことを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】4月3日

何がしてほしいのか[ルカの福音書 18:31-43]

「わたしに何をして
  ほしいのですか」
           ルカ 18:41

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イエスさまが苦難の予告をされ、
エリコに近づくと、
一人の目の見えない人が
イエスさまがお通りになると知り、
「ダビデの子のイエスさま、
私をあわれんでください」と叫びます。

最初、イエスさまは
何も反応されず、
周りの人たちも彼を
黙らせようとするのです。

でも彼は黙らない。
しつこく、失望せずに
イエスさまに叫び求める。

するとイエスさまが
立ち止まり、
彼を連れてくるように
命じるのです。

イエスさまの彼への問いかけは
「わたしに何をしてほしいか」
でした。

とても当たり前の質問。
目が悪いので目を
治してもらいたい、
それをイエスさまはご存じ。

でもイエスさまはあえて
彼に問われるのです。
私たちもイエスさまに
問われています。

「わたしに何をしてほしいのか」
本当のところ、私たちはイエスさまに
何をしてほしいのでしょうか。

そしてイエスさまが本当に
それをかなえてくれると
信じているでしょうか。

祈ったことは必ずなると
信じて、イエスさまに
自らの必要を叫び求めて
いくことができたら幸いです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、自分の真の必要を知り、

あなたに叫び求めることができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】4月2日

非常に悲しむ[ルカの福音書 18:15-30]

彼はこれを聞いて、
 非常に悲しんだ。
大変な金持ちだったからである。
           ルカ 18:23

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イエスさまは子どもたちを
呼び寄せられました。
そして「子どもたちを、
わたしのところに
来させなさい」と命じられるのです。

「神の国はこのような
 者たちのもの」とは
どういうことでしょうか。

ここでイエスさまは
幼子たちの素直さを
取り上げておられるのでしょう。

年齢を重ねると、
私たちは素直さがなくなり、
頼ることができず、
自分が神のような存在となる。

次に出てくる ある指導者も
「何をしたら永遠のいのちを
 受け継ぐことができるか」と
イエスさまに問うています。

彼は自分の力で永遠のいのちを
受け継ぐことができると
信じていたようです。

だからこそイエスさまは
彼に十戒の後半、
隣人を愛する部分を
引用されるのです。

彼は自信満々に
「それらすべてを
守ってきました」と
答えます。

そんな彼にイエスさまは
彼の欠けを指摘されるのです。
それはすべての財産を施し、
イエスさまに従っていくこと。

すべてを主に委ねて、
貧しくされ、幼子のような心で
ご自分に従ってこれるかを
イエスさまは問われる。

そのイエスさまの心を
痛いほど分かった彼は
非常に悲しむのです。

イエスさまは私たちが
素直にご自分に
従ってくることを
願っておられます。

そのために私たちは自分を
縛っているものを後にする
手放すことも大切なのです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、幼子のような心で、

あなたに従うことができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。