千年王国[黙示録20:1-15]
彼らは神とキリストの祭司となり、
キリストとともに千年の間、
王として治める。
黙示録 20:6
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御使いが底知れぬ所に
サタンを投げ込み、
封印します。
その時、イエスの証と
神のことばのゆえに
殺された人々が生き返り
キリストとともに千年の間、
王として治めるのです。
これが千年王国と
言われる時代です。
このときサタンの力は失せ
キリスト者が祝福される。
しかし千年が終わると、
サタンは底知れぬ所から
もう一度上がってくる。
そして最後の戦いに備え
人々を招集するのです。
けれどサタンたちは
天からの火で焼き尽くされ、
火と硫黄の池に投げ込まれます。
さらにすべての死者が
肉体をもってよみがえり、
それぞれ自分の行いに応じて
さばかれるのです。
このようにサタンは
完全に滅ぼされ、
主に背き続けてきた人々は
火に投げ込まれます。
私たちも自らの行いによって
滅びからいのちに
移されたわけではないのです。
本来、私たちも自らの
行いによって滅ぼされて
当然の者たちでした。
でも最後の審判の時、
イエスさまにつく者とされた
私たちをイエスさまは
弁護してくださるのです。
「○○の罪のゆえに、
わたしは十字架で死にました」と。
このイエスさまのとりなし、
弁護ゆえに私たちは罪なしとされ、
永遠に生きることができます。
いのちと死、そこには
雲泥の差があるのです。
頑なになり、悔い改めないなら
弁解の余地はない。
この主の厳しさと、
なおも人々が悔い改めるのを
待ってくださる
主のあわれみを覚えていきましょう。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、イエスさまのとりなしと弁護のゆえに
永遠に生きることが許されていることを感謝します。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
鉄の杖で[黙示録19:11-21]
鉄の杖で彼らを牧するのは、
この方である。
黙示録 19:15
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開かれた天を見ると、
「確かで真実な方」と
呼ばれ、義をもってさばき、
戦いをされる方がいます。
このお方はキリストですね。
キリストは血に染まった
衣をまとい、「神のことば」と
呼ばれているのです。
またキリストは鉄の杖で
諸国の民を牧し、
諸国の民を打つために
口から鋭い剣が出ています。
さらに全能者なる神さまの
激しい憤りによる
さばきを行うのです。
確かで真実な方であるキリストは
ご自身の十字架の血によって
私たちの罪をきよめられました。
一方で、もう一度、この地上に
来られるとき、キリストは
地をさばかれるのです。
そのとき、悪に染まり、
キリストを否み続けた人たちに
弁解の余地はありません。
永遠に滅ぼされるのです。
パウロはローマ人への手紙6章23節で
「罪の報酬は死です。しかし神の賜物は、
私たちの主キリスト・イエスにある
永遠のいのちです」と語ります。
罪を持ち続けたままでは
私たちに救いはない。
そんな私たちを主はあわれみ、
イエスさまを与えてくださったのです。
それによって私たちに
永遠のいのちが約束され、
滅びからいのちへと
移されました。
この恵みを覚え、感謝し、
滅びに向かって突き進む方々に
確かで真実なキリストを
宣べ伝えていくことができたら幸いです。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、私たちを滅びからいのちへと
移してくださったことを感謝します。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
神の真実なことば[黙示録18:20-19:10]
御使いは私に、「子羊の婚宴に
招かれている者たちは幸いだ、
と書き記しなさい」と言い、
また「これらは神の真実な
ことばである」と言った。
黙示録 19:9
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大バビロン、サタンの支配の
終わりが御使いによって
告げられます。
歌や楽器の音はやみ、
すべての働きがとまり、
輝きが失われる。
結婚の喜びも聞かれない。
逆に天では大きな賛美が
響き渡るのです。
主の救い、栄光、力をほめたたえ、
主のさばきは真実で正しいと。
また7節には「子羊の婚礼の
時が来た」とあります。
大バビロンが滅び、
婚宴の声は聞こえなくなった。
でもキリストの花嫁とされた教会は
準備が整い、輝くきよい亜麻布を
着ることが許されるのです。
輝くきよい亜麻布という表現も
ともしびが消えた闇の支配と
対照をなしています。
私たちは闇の中ではなく、
キリストの光の中にある。
そして子羊の婚宴に招かれ、
キリストの花嫁として
喜びと感謝にあふれる。
これが私たちに約束されている
神さまの真実なことば。
この約束を握りしめ、
終りの日の困難を一つ一つ
乗り越える力を主に
与えていただきましょう。
またどんな困難な中でも、
「ハレルヤ。私たちの神である主、
全能者が王となられた。
私たちは喜び楽しみ、
神をほめたたえよう」と
主を賛美していくことができたら幸いです。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、子羊の婚宴に
招かれていることを感謝します。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
倒れた大バビロン[黙示録18:9-19]
「天よ、この都のことで喜べ。
聖徒たちも使徒たちも
預言者たちも喜べ。
神があなたがたのために、
この都をさばかれたのだから。」
黙示録 18:20
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サタンの側につき、
主に背き続け、
罪に罪を重ねた者たちは
大バビロンが倒れたために
泣いて胸を打ちたたきます。
地の王たちは大バイロン
サタンの帝国から
遠く離れて立ち、
繫栄と権力が一瞬のうちに
滅び去ったことに
恐れをなすのです。
地の商人たちも
自分たちの商品を
買ってくれるものが
滅びたために、
泣き悲しみます。
このようにサタンの側につき、
サタンによって利益を
得ていた者たちは、
すべて恐れをなし、
悲嘆にくれるのです。
イエスさまが十字架で
死なれたとき、
多くの群衆が
悲しみのあまり胸を
たたきながら帰って
行った姿とは随分違います。
イエスさまの十字架の死を
間近で見た人たちの悲しみは、
悔いる思いがあった。
でも大バビロンの滅びを
間近で見た人たちは、
自分たちの益が
失われたことをただ嘆くのです。
私たちはどちらでしょうか。
自分の益だけを求め
一喜一憂していることは
ないでしょうか。
私たちはいつも
主の十字架を見上げ
神の国を第一として、
歩むことができたら幸いです。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、自分の利益ではなく、
あなたの国を求めて歩めますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
27日の礼拝も、高松シオン教会の浜ノ町会堂をお借りし、礼拝をおささげします。
駐車場はありませんので、民間のパーキングをご利用ください。
9時30分より ”イズミンキッズ” です。
10時30分より ”主日礼拝” です。
*YouTubeでのライブ配信もします。
→ こちらよりご参加ください。
子羊の勝利[黙示録17:1-18]
彼らは子羊に戦いを挑みますが、
子羊は彼らに打ち勝ちます。
黙示録 17:14
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御使いはヨハネを
御霊によって荒野に
連れて行きます。
そこに一人の女が
七つの頭と十本の角を
持つ獣に乗っているのを
見るのです。
女の額には
「大バビロン、淫婦たちと
地上の忌まわしい者の母」
という名が記されていました。
女は18節を見ると、
地の王たちを支配する
大きな都のことだとあるのです。
主に反逆するサタンの
支配のもとにある国々を
束ねる国家。
また多くの国々は
一つ思いとなり、
自分たちの力と権威を
獣に委ねるのです。
主に背き、獣を王とする国々は
子羊に戦いを挑みます。
でも彼らは子羊に負けます。
それは子羊が主の主、
王の王だからです。
さらに15節以降を見ると
一つ思いとなっていた国々が
ばらばらになることが分かるのです。
主に背く者たちは
いつまでも一つ心とならず、
お互いにつぶし合う。
これも主のみこころ。
逆に、キリストにある者たちは
終りの日に向かって、
さらにキリストにあって
一つ心となっていく。
終りの時代、
主に反逆する力が
大きくなるように見えますが、
それは一時のこと。
必ず、主の時に、
彼らは打ち負かされ、
キリストにつくものが
勝利するのです。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、悪の力が強く見えるときにも、
あなたに信頼して歩めますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
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大いなる日の戦い[黙示録16:12-21]
ー見よ、わたしは
盗人のように来る。
…目を覚まして衣を
着ている者は幸いであるー
黙示録 16:15
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第六の御使いが鉢の中身を
ユーフラテス川に注ぐと
川の水は枯れて、
東の王たちの道を備えます。
また竜の口、獣の口、
偽預言者の口から
三つの汚れた霊が
出てくるのです。
この例が全世界の王たちの
ところに出ていきます。
霊たちは王たちを惑わし、
彼らを招集するのです。
何のために集められるのか。
それは全能者なる神さまの
大いなる戦いに備えてです。
サタンと地の王たちは、
ここまできても
主なる神さまと戦おうとする。
これも主のみこころ。
彼らの悪がとことん噴出し、
サタンの力を完全に
滅ぼすためでした。
一方で、主の再臨は
盗人のように来るとあります。
だからいつでも目を覚まして、
衣を着ている必要があるのです。
目を覚ますとは、いつも
みことばを思いめぐらし、
みことばにとどまり、
みことばに生きること。
衣とは、イエスさまを
信じる者に与えられる
白い衣でしょう。
私たちは日々悔い改め、
キリストによって
きよめられ続けていく。
さらにキリストを着る。
キリストのように生き、
キリストの思いを
自らの思いとする。
サタンを頭とした一団が
集結し、戦いに備えるように
私たちもキリストにある武具を
身にまとい戦いに備えていく。
それにしても大きな災害にあっても
サタンにつく者たちは、
神さまを冒瀆し続けます。
自分たちの悪をわきに置き、
すべての責任を神さまに
押し付けるのです。
私たちはどうでしょうか。
終りの時代に生きる者として
自らを顧みて、
主の前に歩んでまいりましょう。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、目を覚まして衣を着て歩めますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
真実で正しいさばき[黙示録16:1-11]
「しかり。主よ、
全能者なる神よ。
あなたのさばきは真実で
正しいさばきです。」
黙示録 16:7
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神の憤りが極まるとき、
七人の御使いに、
七つの鉢から神の憤りを
地に注げと命じられます。
それによってイエスさまの
救いを拒むものたちに
災いが下るのです。
彼らには悪性の
腫れものができます。
海も川も血になり、
海の生き物は死ぬのです。
主は彼らの迫害によって
苦しみ、血を流して
死んだ者たちに
報いられます。
このときまで
私たちの目から見たら
理不尽なことが
たくさん起こっていたのです。
神さまを信じ、
救われた者たちが
苦痛を味わっていた。
でも終わりの時代、
主の真実で正しいさばきが
行われるとき、
自らの悪のゆえに裁かれる。
さらに太陽の炎熱で
人々は焼かれ、
獣の王国はやみで
おおわれる。
それでも彼らは悔い改めない。
なおも神さまを冒瀆する。
苦しみの時に主に叫ぶなら
必ず救ってくださるのに、
彼らはますます頑なになる。
激しい炎熱という
言葉を見たとき、
今の世を思いました。
日本各地で酷暑。
世界でも熱波によって
多くの方が苦しんでいる。
そして誰もが悔い改めず、
人のせい、国のせいにして、
ときに神さまのせいにして、
神さまの御名を汚す。
今の環境になったのも、
人の身勝手さ。
いや人ではなく、
私の身勝手さ。
人のせい、神さまの
せいにしている間は
真の悔い改めへとは
導かれない。
だから酷暑の中で
自らの罪・身勝手さを
悔い改めて生きたいと
願うのです。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、どうか私たちの頑なさを砕き、
真の悔い改めへと導いてください。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
神の憤り[黙示録15:1-8]
すべての国々の民は来て、
あなたの御前にひれ伏します。
あなたの正しいさばきが
明らかにされたからです。」
黙示録 15:4
*聖書をお持ちでない方は
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朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/rev.15.jdb
ヨハネは天にもう一つの
大きな驚くべきしるしを見ます。
その七人の御使いが、
最後の七つの災害を
携えているのです。
神さまの最後のさばき、
神さまの憤りの極りが、
ここにあります。
罪・悪に対して
ずっと忍耐してきた
主の憤りが満たされる。
一方で、主の最後の
さばきの前に、
救われた神の民は、
サタンに勝利します。
そして彼らはモーセの歌と、
子羊の歌を歌うのです。
モーセの歌とは、
イスラエルの民が
エジプトを脱出し、
紅海において、
エジプト人が水に
飲み込まれた後に
主を賛美したもの。
主の全能性、主の力、
主の真実を心から
賛美します。
また主だけが聖なる方、
主だけがあがめられ、
礼拝されるべきお方。
主の正しいさばきによって
主こそ神であることが
明らかにされる。
どんなに時代が悪に向かっても
悪が勝利することはありません。
偉大で、正しく、真実な神さまが
必ず勝利される。
正しいさばきが行われる。
このことを待ち望み、
いつも主を見上げ、
主を賛美して
歩むことができたら幸いです。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたの正しいさばきを待ち望みます。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
刈り入れの時[黙示録14:14-20]
「あなたの鎌を送って、
刈り取ってください。
刈り入れの時が来ましたから、
地の穀物は実っています。」
黙示録 14:15
*聖書をお持ちでない方は
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朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/rev.14.jdb
雲の上に座っておられる
キリストに御使いが
大声で叫びます。
「鎌を送って
刈り取ってください」と。
その言葉に答えられ、
地上に鎌を投げ、
刈り取られるのです。
この刈り取りは、
神の民の救いのため。
また17節をみると
もう一人の御使いが
鋭い鎌を持っています。
この御使いの使命は、
すでに熟しているぶどうを
刈り集めること。
けれど刈り集められたぶどうは
神の憤りの大きな踏み場に
投げ入れられるのです。
ここから分かるように
ぶどうは主に敵対し、
主のさばきを
受ける者たちのこと。
終りの時に
同じように鎌で
刈り取られますが
その先は真逆。
だからこそ私たちは
どんな実を結ぶかが
問われています。
それとともに
悪い実を結び、
主に逆らい続けるならば、
その最後は滅びであることを覚え、
主の福音を時が良くても
悪くても宣べ伝えていきましょう。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、終りの日に、
二つの刈り入れがあることを覚え、
あなたの福音を宣べ伝えることができますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。