初穂として[黙示録14:1-13]
彼らは、神と子羊に
献げられる初穂として、
人々の中から
贖い出されたのである。
黙示録 14:4
*聖書をお持ちでない方は
以下のページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/rev.14.jdb
十四万四千人、彼らは生ける
神の印を押された者たち。
彼らは他の人が学ぶことができない
新しい歌を歌うのです。
また彼らは汚れたことのない者たち。
獣の像を拝むことなく、
竜に屈しなかった者たち。
その彼らは子羊キリストが
行く所、どこでもついて行きます。
彼らは神さまと子羊に
献げられる初穂として、
人々の中から贖い出されたのです。
彼らは口に偽りがなく、
傷のない者たちでした。
旧約時代から神さまに
捧げられる物は
傷があってはならなかったのです。
そのためにイエスさまは
聖なる傷のない者として
彼らをきよめてくださいました。
私たちも主の前に
傷のない者として
御前に立つことが
赦されているのです。
続く9節以降で
第三の御使いが
獣につく者たちが
苦しめられる。
獣とその像を拝む者は
昼も夜も安らぎがないと
大声で言っているのです。
イエスさまを信じる
私たちは試練の時にも
安らぎを失うことがありません。
でもイエスさま以外に頼るなら、
安らぎは失われ、
不安と恐れに支配されるのです。
私たちの周りの
イエスさまを知らない人たちは
不安と恐れの中にあります。
だから私たちは永遠の
福音を語り続ける
必要があるのですね。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、私たちにキリストにある
平安を与えてくださり、感謝します。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
20日の礼拝も、高松シオン教会の浜ノ町会堂をお借りし、礼拝をおささげします。
駐車場はありませんので、民間のパーキングをご利用ください。
9時30分より ”イズミンキッズ” です。
10時30分より ”主日礼拝” です。
*YouTubeでのライブ配信もします。
→ こちらよりご参加ください。
忍耐と信仰[黙示録13:1-10]
ここに、聖徒たちの
忍耐と信仰が必要である。
黙示録 13:11
*聖書をお持ちでない方は
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https://prs.app/ja/bible/rev.13.jdb
海から一つの獣が上って来る。
これには竜と同じように
10本の角と七つの頭が
あったのです。
竜は獣に、自分の力と
自分の王座と大きな権威を
与えます。
また獣の一つの頭が打たれ、
死んだと思われましたが、
致命傷は癒されるのです。
これに全地が驚き、
獣に従い、竜を拝む。
大きなしるしは、
人々を引き付けるのです。
さらに獣には
大言壮語して冒涜のことばを
語る口が与えられ、
四十二か月、活動する権威が
与えられるのです。
しかも獣は聖徒たちに戦いを
挑んで打ち勝つことが許されます。
サタンが猛威をふるい、
サタンの支配が広がって行く。
いのちの書に名が
記されていない者はみな、
獣を拝むようになり、
キリスト者たちは捕らえられ、
剣で殺される。
キリストが勝利している
はずなのに、聖徒たちの
敗北を、ここに見ます。
けれど、これは
敗北ではないのです。
聖徒たちは試練に
屈することなく
忍耐と信仰をもって
立ち向かった。
だから彼らの殉教は
主にある勝利。
殉教の覚悟をもって
生きることに恐れを覚えます。
自分は最後まで
耐え忍べるだろうかと
不安になるのです。
この恐れ、不安は
当然のことでしょう。
たとい私たちの心が
燃えていても肉体は
弱いからです。
だからこそ私たちは
忍耐と信仰が与えられ、
恵みから落ちることがないように
祈り続けることが大切ですね。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、弱い私たちに
忍耐と信仰を与えてください。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
竜に打ち勝つ[黙示録12:1-18]
兄弟たちは、子羊の血と、
自分たちの証しのことばのゆえに
竜に打ち勝った。
黙示録 12:11
*聖書をお持ちでない方は
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https://prs.app/ja/bible/rev.12.jdb
天に大きなしるしが現れます。
身ごもった女性と、
赤い大きな竜。
竜は女性の子どもを
食べてしまおうと
身構えるのです。
けれど生まれた男の子は
神のみもとに引き上げられ、
女性も荒野に逃れ、
神さまが備えられた場所で
1260日間守られます。
女性は神の民、竜はサタン、
男の子はキリストです。
実際、サタンはイエスさまが
生まれた瞬間から
殺そうとします。
でもイエスさまは
父なる神さまによって
守られるのです。
7節以降は天での戦いで
御使いミカエルたちは
竜と戦い、勝利します。
それによって竜・サタンの
いる場所が天にはなくなり、
地に投げ落とされるのです。
その投げ落とされたサタンが
激しく憤り、地にわざわいを
下そうとする。
しかし女性は主によって
守られます。
一方、女性の子孫の残りの者、
神の戒めを守り、
イエスさまの証しを
堅く保っている者たちと
戦おうと竜は出ていくのです。
サタンの激しい攻撃が
主の教会を襲う。
一人でも落伍者が出て、
キリストから引き離せたらと。
今はサタンの悪あがきの時代。
攻撃は増していると思うのです。
しかも目に見える攻撃だけでなく
霊的な戦いも大きい。
けれど私たちが忘れてはならないのは、
サタンが勝利することはないという事実。
サタンはすでに負けている。
そして私たちは主の守りの
中にあるのです。
だから最期まで
主のみことばに従い、
イエスさまの証しを
堅く保つことができますように。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたの守りと確かな救いを感謝します。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
主は世々限りなく[黙示録11:14-19]
この世の王国は、私たちの主と、
そのキリストのものとなった。
主は世々限りなく支配される。
黙示録 11:15
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主が世々限りなく、
この世の王となられ、
支配される。
このように主が
王となられることを
この世の人々の多くは
喜ばなかったのです。
それは自分たちが王で
あることを捨てられず、
主に従い、主の前に
へりくだりたくなかったからです。
でもこの世の王となるために、
キリストはまず十字架で死なれ、
三日目によみがえられました。
そして再びキリストが
来られるとき、
偉大な力を働かせる。
このとき主を恐れる人には報い、
すなわち永遠のいのちが与えられ、
主に背くものたちには、
滅びが与えられるのです。
主が王となられる。
神の王国が完成する。
これこそ主の何よりも
大きな願いです。
このために今、主は働かれ、
私たちを用いて、神の王国の
完成に向けて進んでいます。
私たちに委ねられた使命は、
主の前にへりくだり、
主を礼拝し、主を恐れ、
主の栄光を現わしていくこと。
様々な出来事に一喜一憂し
わざわいを恐れるのではなく、
目を覚まして、主のみこころを
見極めることですね。
「それゆえ われらは恐れない。
たとえ地が変わり 山々が揺れ
海のただ中に移るとも」
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、主が王となられたことを
心から感謝します。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
二人の証人の預言[黙示録11:1-13]
しかし、三日半の後、
いのちの息が神から
出て二人のうちに入り、
彼らは自分たちの足で立った。
黙示録 11:11
*聖書をお持ちでない方は
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https://prs.app/ja/bible/rev.11.jdb
異邦人が聖なる都を42ヶ月、踏みにじる。
その間、二人の証人が粗布をまとって
1260日間、預言する。
二人の証人はあらゆる力を持ち、
彼らを攻撃する者たちを
殺すことが許されます。
しかし1260日が過ぎると
底知れぬ所から上って来る獣が
彼らと戦って勝ち、
彼らを殺してしまうのです。
それを多くの人たちは
喜び祝って、互いに
贈り物を交わします。
二人の証人の殉教。
それを喜ぶ人々。
神のことばを聞いても、
苦しみの中でも、
主に立ち返らない。
そして苦しみの根本的な
意味を見出そうとせず、
ただ苦しませた二人の証人を
殺すことで満足する。
しかし三日半の後、
いのちの息が吹き込まれ、
二人は生き返り、
天に上るのです。
殉教しても、
肉体は滅びても、
たましいまで殺すことの
できない人間を恐れない。
主は生き返らせ、
栄光の中に入れてくださる。
時に、クリスチャンであるが
ゆえの苦しみに遭うことがあります。
先の戦時中は日本でもあり、
今も世界中で迫害はあるのです。
個人的にも多くの忍耐を経験して
おられる方もいるでしょう。
でもこの世での苦しみは、
苦しみでは終わらない。
主は私たちとともに苦しみ、
苦しみの先には確かな希望があるのです。
その希望を忘れず、
キリストの復活の証人として
歩み続けていくことができたら幸いです。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、キリストの復活の証人として
歩めますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
小さい巻物[黙示録10:1-11]
口には蜜のように甘かったが、
それを食べてしまうと、
私の腹は苦くなった。
黙示録 10:10
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https://prs.app/ja/bible/rev.10.jdb
もう一人の強い御使いが
主の栄光を受けて、
天から下ってきます。
その手には小さな巻物を
持っており、彼の右足は
海の上、左足は地の上に
置いて、大声で叫ぶのです。
そのとき七つの雷が
それぞれ声を発します。
それを書き留めようと
ヨハネがすると、
「書き記すな」と
禁じられるのです。
今まで書き記すように
命じられていましたが、
ここではとどめられる。
その理由はよく分かりませんが、
すべてを知ることが
主のみこころではないのでしょう。
また強い御使いは
創造主なる神さまにかけて
誓うのです。
「もはや時は残されておらず、
第七の御使いが吹こうとしている
ラッパの音が響くその日に、
神の奥義は、神がご自分のしもべである
預言者たちに告げたとおりに実現する」
もう主の再臨の時は迫っている。
悔い改める時間は残り僅か。
神さまの時は必ず来る。
さらにヨハネは小さな巻物を
食べるように命じられるのです。
それは腹には苦いが、
口には蜜のように甘い。
詩篇119篇にあるように
みことばは私たちには甘い。
でもみことばをじっくり味わい、
その深みを知ると、
苦くなるのです。
私たちの内側にある悪が
明らかになるからでしょう。
けれどそれは私たちにとって
決して悪いことではない。
苦みが私たちを悪から
離れさせ、捨てさせる機会となる。
みことばの甘さと苦さ、
このバランスが私たちを整え
神の子として成長させてくださるのです。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、みことばの甘さと苦さを
味わい知ることができますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
悔い改められず[黙示録9:13-21]
また彼らは、自分たちが
行っている殺人、魔術、
淫らな行いや盗みを
悔い改められなかった。
黙示録 9:21
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第六の御使いがラッパを吹くと、
四人の御使いが解き放たれます。
人間の三分の一を殺すためでした。
騎兵の数は二億で、
彼らの口から出る火と
煙と硫黄によって
人間の三分の一が殺されるのです。
残りの人間も、
悔い改めず、
見ることも聞くことも
歩くこともできないものを、
拝み続けます。
また自分たちが行っている
罪から離れず、
悔い改めないのです。
ここに二つの恐ろしさがあります。
それは主が胸が熱くなるほど
愛されている人間を
大きな災害によって殺されること。
もう一つは、どんなにわざわいに
あっても、決して悔い改めず、
頑なになり続ける人間の姿。
主はずっと忍耐し、
彼らが悔い改めるのを
待っていてくださった。
でも主は永遠に待っては
おられないのです。
どんなに愛しておられても、
好き勝手に歩み続ける者たちを
赦されることはありません。
今、悔い改めを求められるなら、
今、悔い改める。
時を逃し続けるなら、
それは自らの責任となる。
それにしても悔い改めの
難しさを覚えます。
私たちだって、本当に愚かで
悔い改められない者です。
でもあわれみによって
自らの罪を認め、
悔い改める心が
与えられています。
この私たちの悔い改めが
まだ悔い改めることが
できない人たちのお手本となる。
私たちは悔い改めて生きる
幸いを人々に証しして、
神のあわれみに
拠り頼むことができるように
ともに祈り続ける。
わざわいが来る前に、
終りの時が来る前に、
今、悔い改めて生き、
悔い改めて生きようとお互いに
励ますことができたら幸いです。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、こんな罪人の私をあわれみ、
悔い改めへと導いてくださり、ありがとうございます。
主よ、わざわいの時が来る前に、
私の愛する家族・友人たちがあなたの前に
悔い改められるよう、働きかけてください。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
本日も、高松シオン教会の浜ノ町会堂をお借りし、礼拝をおささげします。
駐車場はありませんので、民間のパーキングをご利用ください。
9時30分より ”イズミンキッズ” です。
10時30分より ”主日礼拝” です。
*YouTubeでのライブ配信もします。
→ こちらよりご参加ください。
ラッパの音[黙示録8:1-13]
香の煙は、聖徒たちの
祈りとともに、
御使いの手から
神の御前に立ち上った。
黙示録 8:4
*聖書をお持ちでない方は
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最後の七つ目の封印を
解いたとき、半時間ほど
静けさがあります。
そのあと神さまの御前に
ラッパを持った七人の御使いが
立っているのをヨハネは見るのです。
また別の御使いが
金の香炉をもって、
祭壇のそばに立っています。
御使いは聖徒たちの
祈りとともに香を
たくのです。
それから御使いは
香炉を祭壇の火で満たし
地に投げつけます。
それによって地では
雷鳴が起こり、
地震が起こる。
聖徒たちの祈り。
これはただ自分たちの
幸せを願う祈りではないでしょう。
まだイエスさまを信じない
人々へのとりなしの祈り。
これは実に主なる神さまの祈り、
願いでもあります。
主はいつでも、すべての人に
「悔い改めて、生きよ」と
語り掛け、彼らがご自分に
帰ってくるのを待っておられる。
さて御使いたちがラッパを吹くと
様々なわざわいが起こるのです。
血や草木は焼かれ、
海の三分の一が血になり
いのちあるものが死にます。
川の水は苦くなり、
太陽、星、月は
三分の一光を失うのです。
三分の一というのは
どのような意味があるのか、
はっきりしたことは
分かりませんが、
主のあわれみによって
まだ完全に滅ぼされる
ことはないということでしょう。
聖徒たちが終わりに向かう
備えをするためでもある。
目を覚まし、主の時を待つため。
主は一気にことをなされない。
わざわいの中で、
主に立ち返る人が
一人でも起こされるよう
願っておられるのです。
と同時に、どんなことが
起こっても私たちが
動揺することなく
主だけを見上げていく。
終わりの時代にあって
私たちはいつも目を覚まし、
主の再臨を待ち望み、
とりなしの祈りをしていきましょう。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、どんなわざわいの中でも、
あなたを見失うことなく、歩めますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。