【日々のみことば】8月15日

主に見られて[ゼカリヤ9:1-8]

わたしは、わたしの家にために、
 行き来する者の見張りとして
衛所に立つ。もはや、
 虐げる者はそこを通らない。
今わたしがこの目で見ているからだ。  
           ゼカリヤ 9:8

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9章から少し書き方が
変わっています。
宣告という表題がつき、
まずエルサレムの北に位置する
異国の地のさばきが
告げられるのです。

また8節を見ると、
主は主の家のために、
行き来する者の見張りとして
衛所に立つとあります。

これまで敵国に攻め上られ、
エルサレムは滅ぼされ、
大きな苦しみの中を
歩んだのです。

けれどエルサレムは
主によって回復されます。
主がエルサレムと
イスラエルの民を常に
見守ってくださるのです。

罪ゆえに滅ぼされた民。
その彼らを主は再び立たせ、
虐げる者たちから
守り続けてくださいます。

私たちのことを主はいつも
見ていてくださるのです。
そして倒れそうなとき、
つまずきそうになる時、
私たちを支えてくださいます。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちをいつも見守り、

支えてくださることを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】8月14日

主の御顔を求め[ゼカリヤ8:14-23]

「私たちもあなたがたと
 一緒に行きたい。
 神があなたがたとともにおられる、
 と聞いたから。」  
           ゼカリヤ 8:23

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主はイスラエルの民の罪ゆえに
しばし見捨てられますが、
今度は彼らに幸いを下そうと
決意したと語られます。

そのとき彼らの断食は嘆きの、
そして自己満足ではなくなり
楽しみ、喜び、嬉しい例祭となる。

さらに大きな恵みは、
20節以降にあるように、
多くの人が主の御顔を求め、
主のもとに来ること。

23節の最後のことばは、
ほんとうに素晴らしいですね。
こんな風に言われたら、
嬉しくなります。

どうか私たちも日々、
真実と平和を愛し、
家族・友人たちが
「私たちもあなたがたと
 一緒に行きたい。
 神があなたとともに
 おられると聞いたから」と
主のもとに来ることができますように。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちを通して、あなたを見て、

あなたのもとに来る方々を起こしてください。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】8月13日

主の真実と義をもって[ゼカリヤ8:1-13]

このとき、彼らはわたしの民となり、
 わたしは真実と義をもって
彼らの神となる。  
           ゼカリヤ 8:8

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万軍の主はシオンを
ねたむほど激しく愛される。
だからこそ彼らが主に背くなら、
主は激しい憤りをもって
ねたまれる。

主のねたみは、主の熱心。
主は何が何でも彼らを
手放したくないのです。

彼らをご自分のそばに置き、
彼らのただ中に住み、
彼らの愛を愛し、
愛されることを熱望しておられる。

そのために主は彼らに対し、
回復の預言を与えられるのです。
主が散らされたイスラエルの民を
様々な地域から救い出される。

そして彼らをエルサレムの
ただ中に住まわせ、
真実と義をもって
彼らの神となってくださる。

さらに彼らは主がアブラハムに
約束してくださったように
祝福となるのです。

だから主は彼らを
励まされます。
恐れるな。勇気を出せと。

今、私たちはイエスさまにあって
主の民とされ、
主は真実と義をもって
私たちの神さまと
なってくださいました。

そして私たちは祝福なのです。
これは私たちが単に
幸せになるというよりもむしろ
私たちを通して、
主の祝福・恵みが
周りの人たちに広がっていくこと。

それを通して、主の栄光が現わされ、
主への賛美と感謝にあふれる。
この主の民とされている恵みを
今日も覚えていきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたの恵みによって

あなたの民とされ、祝福とされていることを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】8月12日

誠意とあわれみを[ゼカリヤ7:1-14]

「真実のさばきを行い、
 誠意とあわれみを互いに示せ。  
           ゼカリヤ 7:9

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イスラエルの民は、
自分たちが滅ぼされ、
捕囚されたのは、
自らの罪ゆえだったことを
忘れないために、
捕囚されている間、
第五の月と第七の月に
断食をしていたのです。

それを捕囚から帰還したあとも
続けるべきかを問うのです。
これに対して主は彼らの断食が
真の悔い改めによるものだったのかを
突き付けられます。

自己満足になっていなかったか。
断食をすることが目的となり、
主の喜ばれるものとなっていたか。

これは私たちにも
問われていることでしょう。
私たちの礼拝は、祈りは、
奉仕は、ささげものは
何のためでしょう。

自分を慰め、自分を励まし、
自分を満足させるものと
なっていないでしょうか。

主を礼拝しながら、
人をさばいたり、
誠意とあわれみを
お互いに示すことができない。

そんなことが多いのです。
だからミカ書6章8節で
主が語られたことばを
今日心に留めたいと願います。

人よ、何が良いことなのか、
主があなたに何を求めておられるのかを。
それは、ただ公正を行い、誠実を愛し、
へりくだって、あなたの神とともに
歩むことではないか。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちを満足させる礼拝ではなく、

あなたを喜び、あなたを愛し、
 あなたに仕えることができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】8月11日

その名は若枝[ゼカリヤ6:1-15]

見よ、一人の人を。
 その名は若枝。
彼は自分のいるところから
 芽を出し、主の神殿を建てる。  
           ゼカリヤ 6:12

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6章9節以降、
ゼカリヤに主が語られます。
一つは捕囚の民であった
ヘルダイ、トビヤ、エダヤから
ささげ物を受け取ること。

またゼパニヤの子ヨシヤの
家に入ること。
さらに大祭司ヨシュアのために
銀と金をとって冠をかぶらせること。

大祭司が王冠をかぶる。
これは普通あり得ないことでした。
でも多くの神学者が語るように、
ここではメシア預言がなされているのです。

ゼカリヤを通してヨシュアに
語られることばに「若枝」と
出てきます。

この若枝は、キリストのこと。
キリストは王・祭司として、
人々をおさめ、彼らのために
取りなしをする。

またキリストは主の神殿を建てる。
この主の神殿は形あるものではなく、
霊的な神殿。

このとき、イスラエルの民は
主の神殿を再建しようとしていました。
でもその神殿もやがて破壊される。

でも主イエスさまを
信じる者たちの中に
住まれる聖霊によって
聖なる宮とされた私たちは
決して破壊されることはありません。

確かに身体は滅びるのですが、
永遠に神さまを喜び、
主の栄光を現すことができる。

主の神殿が再建されるのは、
そのような霊的な神殿が
イエスさまによって
建てられることを
予表しているのです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちのうちに聖霊が住まれ、

聖なる宮とされていることを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】8月9日

わたしの霊によって[ゼカリヤ4:1-14]

「権力によらず、
 能力によらず、
 わたしの霊によって」  
           ゼカリヤ 4:6

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ゼルバベルは総督で、ヨシュアとともに
主の宮を再建するリーダーでした。
その完成において大切なのは、
権力や能力によるのではなく、
主の霊によること。

神殿建設はたくさんの困難がありました。
でもそれを完成してくださるのは、
民の熱心でも、力でもなく、
主の御力なのです。

そして多くの人が
「恵みあれ。これに恵みあれ」と
叫び声が上がります。
主に栄光が帰されるのです。

また二本のオリーブの木は
ヨシュアとゼルバベルでした。
彼らは主に油注がれた者。

ヨシュアは祭司であり、
ゼルバベルはダビデ王朝の王子。
ここでもダビデと主が
交わされた約束が
続いていることが分かるのです。

そしてダビデの子孫を通して
主の神殿を再建してくださった。
それはイスラエルの民の願いであり、
主の願いでもあったのです。

主の口から出る一つ一つの
ことばは決して無駄にはならない。
どんなことがあっても、
成し遂げてくださるのです。

私たちも主に選ばれ、
主の救いにあずかったもの。
それは決して揺れ動くことなく、
救いの完成まで導いてくださいます。

けれど大切なことは、
権力や能力によらず、
主の霊によって歩むこと。

このことをいつも心に留めて
主に仕え、キリストに向かって
成長できるよう、
お祈りしていきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたの霊によって、

私たちを生かし、成長させてください。

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【日々のみことば】8月8日

咎を除いた[ゼカリヤ3:1-10]

「見よ、わたしはあなたの
 咎を除いた。
 あなたに礼服を着せよう。」  
           ゼカリヤ 3:4

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サタンが大祭司ヨシュアを
主に訴えます。
けれど主はその訴えを退け、
逆にサタンをとがめるのです。

ヨシュアはエズラ記5章によると
神の宮を建てるリーダーの
一人であったようです。

主はヨシュアを火から
取り出した燃えさしだ
と告げるのです。

ヨシュアは主にさばきから
救い出されました。
でも彼の服は
汚れていたのです。

身を清めて、主の務めに
あたるのが祭司。
けれど汚れた状態だったので
サタンは訴えたのでしょう。

それゆえに御使いは、
彼の服を脱がせ、
新しい服と、きよいターバンを
かぶらせるのです。

そして6節以降、主の使いは
ヨシュアを諭して告げます。
主はヨシュアが主の道、
主の戒めを守るなら、
主を家を治め、
主の庭を守るようになる。

また9節後半を見ると、
主は一日のうちに、
その地の咎を
取り除いてくださると
約束されています。

そして10節にあるように、
お互いの間で和解し、
平和が訪れるのです。

私たちもイエスさまのゆえに
咎が取り除かれ、
きよい服を着せられました。

それによって私たちの間に
平和がやってきたのです。
でも大切なことは、
私たちがいつも主の戒めを守り、
主の道を歩むこと。

今日も咎が取り除かれ
きよい服を着た者に
ふさわしく生かして
いただきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちの罪咎を

取り除いてくださり、ありがとうございます。

*聖書箇所は「日々のみことば」
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【日々のみことば】8月7日

ただ中に住まれる[ゼカリヤ2:1-13]

その日、多くの国々が
 主に連なり、わたしの民となり、
わたしはあなたのただ中に住む。  
           ゼカリヤ 2:11

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エルサレムの回復について
御使いが語られます。
エルサレムは人と家畜があふれ、
城壁のない町となるのです。

それは主がエルサレムの
火の城壁となり、
そのただ中で、
主が栄光となられるからです。

主はエルサレムに帰らず、
バビロンにとどまる
イスラエルの民に
エルサレムに逃れよと
勧めます。

また主はイスラエルの
ただ中に住まれ、
多くの国々が主に連なり、
彼らのただ中に住まれる。

ここで単にエルサレムの
回復だけでなく、
主に連なる異邦人の
救いについても語られます。

13節には、すべての肉なるものよ、
主の前で静まれ。
主が聖なる御住まいから
立ち上がられるからだとあります。

主の前で静まるとは、
主の救いを待ち望み、
黙って主の救いを見よ
ということでしょう。

私たちはとにかく
自分の力に頼ってしまう。
一生懸命頑張って救いを達成し、
主のただ中に住もうとする。

でも私たちに委ねられているのは、
私たちのただ中に主が
住んでくださることを信じ
主をお迎えすること。

そして主の救いを待ち望み、
自らの力をわきに置いて、
主のみわざを見させていただく。

主は私たちのためにいつも
働いてくださり、
私たちをすべての敵から
守ってくださるのです。

主は今、私たちのただ中におり、
私たちにご自身の栄光を
現わしてくださいます。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたが私たちのただ中に

住まれていることを忘れることがありませんように。

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【日々のみことば】8月6日

ねたむほど激しく[ゼカリヤ1:7-21]

「万軍の主はこう言われる。
 わたしは、エルサレムと
 シオンを、ねたむほど
 激しく愛した。  
           ゼカリヤ 1:14

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ゼカリヤは主のことばを聞き
幻を見ます。
赤い馬、赤毛や栗毛や
白い馬がいるのです。

この馬は、地を
行き巡るために
主が遣わされました。

主の御使いは、
万軍の主に尋ねます。
いつまでエルサレムと
ユダにあわれみを
施されないのかと。

それに対して主は、
「わたしはエルサレムと
 シオンをねたむほど
 激しく愛した」と答えられます。

続けて主は「わたしは、
あわれみをもって
エルサレムに帰る。
そこにわたしの宮が
建て直される」と。

主はエルサレムに対して
怒りを燃やされ、
エルサレムから離れたけれど、
もう一度帰ってきてくださるのです。

そして主ご自身が、
主の神殿を建て直すと
約束されます。

主はいつでもご自分を求め
ご自分を礼拝する民を
待ち望んでおられるのです。

彼らがご自分のもとに
帰ってくるために、
ご自分の側から絶えず
働きかけてくださいます。

私たちに対しても
主はご自分を求める思いを与え、
いつでも私たちを慰め、
私たちを守り続けてくださる。

主の恵みは尽きることなく、
恵みは私たちを追ってくる。
この主の恵みによって
私たちは今日も主を見上げ、
生きることが許されているのです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたのあわれみによって私たちを

生かしてくださっていることを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。