【日々のみことば】8月5日

わたしに帰れ[ゼカリヤ1:1-6]

「万軍の主はこう言われる。
 わたしに帰れ。
 ー万軍の主のことばー
 そうすれば、わたしも
 あなたがたに帰る。
 ー万軍の主は言われる。」  
           ゼカリヤ 1:3

*聖書をお持ちでない方は
 以下のページをご覧ください。
 朗読も聴くことができます。
 https://prs.app/ja/bible/zec.1.jdb

本日からゼカリヤ書に入ります。
BC538年、ペルシア王キュロスの時代、
捕囚地から帰還することが
許されるのです。

それからイスラエルの民は
エルサレム神殿の再建を
しようとしますが
多くの反対にあって、
なかなか進みません。

そんなとき、ゼカリヤに
主からことばが与えられるのです。
主はまずイスラエルの民が
なぜエルサレム神殿が破壊され、
捕囚されたかを告げます。

それは主が彼らに対して
激しく怒られたからです。
彼らは主の御声に聞き従わず、
悪しき道に進む。

そんな彼らに主は預言者たちを
遣わされ、彼らに立ち返るように
命じられるのです。

6節を見ると、イスラエルの
民の先祖たちは、
捕囚の地にあって、
自らの罪を認め、
主に立ち返ったようです。

主のことばを聞いて、
すぐにイスラエルの民は
立ち返ることが
できませんでした。

しかし主のことばは
決して消え去ることなく、
後の日に彼らに
追い迫るのです。

私たちもみことばを聞いても
すぐに悔い改められなかったり、
意味が分からないこともあります。

でも主のみことばは常に
私たちとともにあり、
私たちに追い迫ってくる。

そして私たちを悔い改めに導き、
主に立ち返ることができるのです。
このことを覚え、常にみことばに聞き、
みことばとともに生きていきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、みことばの確かさに

生かしてください。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】8月4日

来てください[黙示録22:6-21]

「しかり、わたしはすぐに来る。」
 アーメン。主イエスよ、
 来てください。  
           黙示録 22:20

*聖書をお持ちでない方は
 以下のページをご覧ください。
 朗読も聴くことができます。
 https://prs.app/ja/bible/rev.22.jdb

今日で黙示録が終わります。
御使いはここまでヨハネに
見せたもの、語られたことばは
真実であり、信頼できると語るのです。

またキリストは「見よ、わたしは
すぐに来る」と告げられます。
また預言のことばは、人々を脅し、
怖がらせるために与えられた
のではないのです。

主のことばが実現することを
待ち望み、備えるため。
その選択は私たちに
委ねられています。

11節に「不正を行う者には、
ますます不正を行わせ、
汚れた者は、ますます
汚れた者とならせなさい」とあります。

不信仰で、不従順で
好き勝手に生きるなら、
そのようにして、
自分の行いの報いを受けよと。

終わりの日、悪と善が
はっきりと分かれる。
中途半端なことはないのだ。

大切なことは、
「来てください」と
キリストの再臨を
待ち望むこと。

キリストはすぐに来ると
告げられています。
主の時は、迫っている。
でも、いつか分からない。

だからこそ目を覚まし、
真実であり、信頼できる
みことばを思い巡らし、
みことばに生きる。

黙示録は私たちを怖がらせ
萎縮させ、強制的に
主を信じるようにさせようとする
書ではありません。

私たちが確かに新しい天と
新しい地が主イエスさまの
再臨によって来ることを忘れず、
「主よ、来てください」と
心から主を待ち望むために
私たちに与えられた書。

どうか、これからも
主イエスよ、来てください
と主の再臨を待ち望み、
新しい天と新しい地に
相応しい者として
整えていただきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、主イエスさまが再び

来てくださることを待ち望みます。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】8月2日

子羊の妻である花嫁[黙示録21:9-21]

「ここに来なさい。
 あなたに子羊の妻である
 花嫁を見せましょう。」  
           黙示録 21:9

*聖書をお持ちでない方は
 以下のページをご覧ください。
 朗読も聴くことができます。
 https://prs.app/ja/bible/rev.21.jdb

新しいエルサレム、
子羊の妻である花嫁を
御使いはヨハネに見せます。

都には神の栄光が満ち、
十二の門には12人の
御使いがいるのです。

都の城壁は碧玉で造られ、
都は透き通ったガラスに似た
純金でできています。

土台石はあらゆる
宝石で飾られ、
12の門は一つの真珠から
できているのです。

きらびやかな都、
主の栄光をさらに
輝かせているようです。

今の世で、美しく価値ある
とされているものが
新しい天と新しい地にあって
主の素晴らしさを現わすものとなる。

美しさ、輝きというのは、
後の時代にも変わらないのです。
今の時代のものがすべてなくなり、
まったく新しいものになるというのではなく
今の世の延長線上にある。

金や宝石を見たとき、
私たちの心がウキウキする。
美しいと思う。

でも罪の残滓ある私たちは
それらを独り占めしたいという
心があります。

その思いを後にして
金や宝石を見たとき、
新しいエルサレムを
待ち望むときとなれたら感謝です。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、金や宝石、

それら美しいものを見ることで、
 新しいエルサレムを思うことができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】8月1日

すべてを新しく[黙示録21:1-8]

「見よ、わたしは
 すべてを新しくする」   
           黙示録 21:5

*聖書をお持ちでない方は
 以下のページをご覧ください。
 朗読も聴くことができます。
 https://prs.app/ja/bible/rev.21.jdb

ヨハネは新しい天と地を
見ます。そこには海もない。
海は闇の力を象徴するので、
闇の力がなくなったことを
意味しているのでしょう。

すべてが新しくなり、
主が人々とともに住み、
神の民となるのです。

主が涙をことごとく
ぬぐい取ってくださり、
死も、悲しみ、叫び声も、
苦しみもありません。

今の世で私たちを悩ませ、
恐れさせているものすべてが
なくなるのです。

神の子として、
神さまの御側で、
全き憩いを得て、
主を喜び、賛美する。

真の平和が訪れ、
いのちの水の泉から
ただで飲んで渇きが
癒されるのです。

このいのちの水は
聖霊のことで、
聖霊によって日々
生かされていきます。

これは新しい天と地が
完成する前から
私たちに与えられているのです。

私たちは今も、聖霊によって
日々造りかえられ、
生きる力をいただいています。

けれど時々、聖霊を悲しませ、
聖霊の働きを無視して
しまうことがあります。

ところが新しい天と地において
完全に造りかえられた私たちは
聖霊を悲しませることなく、
聖霊の働きに従って、
永遠に主と共に生きる。

神の子としてふさわしく
整えられるのです。
このことは真実であり、
信頼できます。

だからこそこの世においても
聖霊なる神さまの導きに従い、
新しい天と地を
待ち望んでいきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、新しい天と地を待ち望み、

あなたのことばに信頼して歩めますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。