【日々のみことば】10月21日

主は恵み深く[歴代誌第二 30章1-12節]

あなたがたの神、主は恵み深く、
 あわれみ深い方であり、
あなたがたが主に立ち返るなら、
 あなたがたから御顔を
背けられることはありません。
          Ⅱ歴代誌 30:9

*聖書をお持ちでない方は
 以下のページをご覧ください。
 朗読も聴くことができます。
 https://prs.app/ja/bible/2ch.30.jdb

ヒゼキヤは北イスラエルと
南ユダの全域に人を遣わし、
主の宮に来て、主に過越しの
いけにえを献げるように
呼びかけます。

アブラハム・イサク・イスラエルの
神に立ち返るように。
そうすれば主は彼らのところに
帰ってきてくださる。

うなじを固くせず、主に服従し、
主に仕えるなら、
主の燃える怒りが離れるだろう。

彼らが主に立ち返るなら、
捕囚された人々は、
この地に帰って来る。

主は恵み深く、
あわれみ深い方だから
彼らが主に立ち返るなら、
御顔を背けない。

これを聞いて、
北イスラエルの多くの町は
急使たちのことばを
笑いものにしてあざけるのです。

今さら主に立ち返って何に
なるのかということでしょう。
彼らは本当に頑なでした。

一方で、南ユダの人々には、
神さまの御手が臨み、人々の心が
一つとなり、主のことばに
従うのです。

神さまの御手が臨む。
主は南ユダの人々の心を開かれ、
彼らの頑なさを砕かれる。

これはまさに主のあわれみです。
この主のあわれみはすべての人に
注がれているのですが、
それを拒絶する人が多い。

では私たちは今、主の側につき、
主のみことばに従っているから、
悔い改めているから、
素晴らしい信仰なのか。

そうではありません。
私たちの心が開かれているのも、
一方的な主のあわれみ、恵み。

だから私たちは油断せず、
主に従えるように、
主の恵みから離れないように
主のあわれみを求め続ける。

頑なにならず、
柔らかい心であり続けるよう、
お祈りしていきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたのあわれみを
求め続けられますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】10月20日

直ぐな心をもって[歴代誌第二 29章20-36節]

レビ人は、祭司たちよりも
 直ぐな心をもって、
身を聖別したのである。
          Ⅱ歴代誌 29:34

*聖書をお持ちでない方は
 以下のページをご覧ください。
 朗読も聴くことができます。
 https://prs.app/ja/bible/2ch.29.jdb

主の宮の内側をきよめ、
すべての用具を整えて、
聖別した後、ヒゼキヤは
南ユダ王国と聖所とユダのために
罪のきよめのささげ物を
引いて来ます。

そして祭司であるアロンの
子らが主の祭壇の上で
ささげ物を捧げるのです。

またレビ人を主の宮に配置して
シンバルと琴と竪琴を持たせ
祭司たちにはラッパを持たせ
主の歌とラッパが始まります。

さらに全会衆は伏し拝み、
歌い手は歌い、ラッパ奏者は
ラッパを吹き鳴らすのです。

レビ人はダビデやアサフの
ことばをもって主を賛美します。
これは詩篇にメロディーを
つけて歌ったのでしょう。

どんなメロディーだったのか
気になりますが、とても賑やかで
楽しく主を賛美したのでは
ないかと考えられます。

続く34節以降を見ると
祭司たちの数が少なかったと
あるのです。

祭司たちは主の働きをすることに
そんなに積極的ではなかったようです。
レビ人の方が直ぐな心をもって
身を聖別しました。

彼らは主に仕えることを
心から喜んでいたのです。
それだけでなく、最も興味深いことは
ヒゼキヤとすべての民は
神さまが民のために
備えてくださったことを喜びます。

主を礼拝することができたのは
自分たちの力ではなく
主のあわれみであり、
恵みであるということでしょう。

私たちが今、主を礼拝できているのは
当たり前のことではないのです。
主が礼拝する備えを
してくださっています。

ですから礼拝をささげるたびに
主の備えに感謝し、
主を礼拝できる幸いを
ともに喜ぶことができたらと
願うのです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたを礼拝する備えを与えてくださり、
心から感謝します

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】10月18日

主の信頼を裏切る[歴代誌第二 28章16-27節]

彼は神の宮の用具を取り外し、
 主の宮の戸を閉じ、・・・
          Ⅱ歴代誌 28:24

*聖書をお持ちでない方は
 以下のページをご覧ください。
 朗読も聴くことができます。
 https://prs.app/ja/bible/2ch.28.jdb

アハブは困難な中でも
決して主を求めません。
アッシリアの王に
助けを求めるのです。

主はアハブがご自分に
立ち返ることを願っておられた。
けれど彼はどんどん主から
離れていくのです。

彼の心はどんどん頑なになる。
主の信頼を裏切り、
偶像礼拝をしてしまうのです。

他の神々の方が、
主なる神さまよりも
頼りになる、助けてくださると
信じて、いけにえをささげます。

苦しみや敗北の原因が
自分にあるとは、
まったく思っていないのです。

さらに主の宮の戸を閉じます。
主に背を向けて、
主との交わりを拒絶するのです。

どうして、ここまで
主の信頼を裏切れるのか。
わたしたちは主との交わりを
自ら避けようとすることはないか。

困難な中で、いつでも主に
信頼し続けられるか。
私たちはどうしても目に
見えるものに頼りたくなります。

けれど私たちの助けは、
天地を造られた主からくるのです。
このことをいつも告白し、
主の信頼を裏切ることなく、
主との交わりを喜ぶことができますように。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたの信頼を裏切ることなく、
あなたの助けを待ち望む者とさせてください。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】10月17日

依然として[歴代誌第二 27章1節-28章15節]

民は依然として
 滅びに向かっていた。
          Ⅱ歴代誌 27:2

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 以下のページをご覧ください。
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 https://prs.app/ja/bible/2ch.27.jdb

ヨタム王は主の目にかなうことを
行ったのですが、民は依然として
滅びに向かっていたのです。

南ユダ自体が完全に
主に立ち返ったわけでは
なかったからです。

ヨタムの後、彼の息子アハズが
王となります。
彼はダビデとは違い、
主の目に悪を行うのです。

バアルの神々の偶像を造り、
異邦人の忌み嫌うべき
慣わしをまねます。

それゆえに神さまは
南ユダを討たれるのです。
北イスラエルも南ユダを攻撃し、
20万人を捕虜にします。

これに対して主は
北イスラエルに預言者を遣わし
捕虜を解放するように
命じられるのです。

これに素直に従い、
北イスラエルはこの時、
罪に罪を重ねることを
しませんでした。

このとき北イスラエルは
南ユダが主の目に悪を
行っていたので
そのさばきを自分たちが
担っていると思っていました。

だから強気であった。
でも主は預言者を通して
「あなたがた自身も、
 あなたがたの神、
 主に対して罪過が
 あるのではないか」
と問われるのです。

このことばで彼らは我に返る。
そうだ、自分たちも主の前に
罪あるものだと。

私たちも自分の正義感で
自分の罪を棚に上げて
人をさばくことがあります。
それを主は決して
喜ばれないのです。

私たちもまた主の前に
罪ある者である。
ただ主のあわれみによって
罪赦され、神の子とされた。

このことを決して忘れず、
罪に罪を重ねることなく、
今、主の目に悪を行う人たちが
悔い改めて生きることができるよう
祈ることが求められているのです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちもまたあなたの前に罪ある者。
そのことを忘れず、まだあなたに
 立ち返っていない人たちのために
祈ることができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】10月16日

高ぶるウジヤ[歴代誌第二 26章1-23節]

神を認めることを教えた
 ゼカリヤが生きていた間、
彼は神を求めた。
          Ⅱ歴代誌 26:5

*聖書をお持ちでない方は
 以下のページをご覧ください。
 朗読も聴くことができます。
 https://prs.app/ja/bible/2ch.26.jdb

ウジヤ王はゼカリヤという
アドバイザーが生きていた時は、
神を求めます。

ところが彼が強くなると、
彼の心は高ぶり、
身に滅びを招くのです。

彼は主の信頼を裏切り、
主の神殿に入って、
香をたこうとします。

それを祭司たちが
必死に止めますが、
彼は怒り、拒絶するのです。

その結果、
彼は主のさばきにあい、
ツァラアトにおかされます。

強くなった時、
順調な時になおも
主の前にへりくだり、
主を求めることの
難しさを覚えるのです。

主を求め、主の信頼に
こたえているからこそ
今の私たちがあるのに
自分の手柄にしてしまう。

それにしてもなぜ
ウジヤは香を
たこうとしたのでしょうか。

自分が直接、主に香をたくことで
自分の信仰深さを示そうとしたのか。
それは越権行為でした。

自分に委ねられたこと
以外をするのは
主が喜ばれない。

自分に委ねられたことを
へりくだって、主に仕えるなら
主は私たちを通して、
すばらしいみわざを行ってくださる。

順調な時にも高慢にならず、
逆境の時にはよく考え、
主を求めて歩むことが
できたら幸いです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、どんなときにもへりくだり、
あなたを求めて歩めますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】10月15日

アマツヤの罪[歴代誌第二 25章14-28節]

「なぜあなたは、
 あなたの手から自分の民を
 救い出すこともできないような
 神々を求めたのか」
          Ⅱ歴代誌 25:15

*聖書をお持ちでない方は
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 https://prs.app/ja/bible/2ch.25.jdb

南ユダの王アマツヤは
主にあってエドム人を討った後、
セイル人の神々を持って来ます。

そしてそれらを自分の
神々として立てるのです。
どうして彼は真の神を
捨ててしまったのでしょう。

主によって勝利したのに、
勝利した先の国の神々を
求めてしまう。

それは目に見えるものに
対する求めが、そこにあった。
真の神さまだけに
信頼するのでは
不十分であるかのように。

これは私たちも少なからず
あるような気がします。
自分を救い出すこともできない
ものを求めてしまう。

主の助け、主の救いを
経験しているのに、
それらを忘れてしまうのです。

主に信頼するものは
失望させられることがない。
主は私たちにとって
いつでもそこにある助け。

この素晴らしい恵みを
心に刻みながら、
日々主に眼を注ぎ、
主だけに頼り切ることが
できますように。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなただけに信頼して
歩めますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】10月14日

雄々しく戦え[歴代誌第二 25章1-13節]

神には、助ける力も、
 つまずかせる力もあるからです。
          Ⅱ歴代誌 25:8

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 以下のページをご覧ください。
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ヨアシュの子アマツヤが
王となります。
彼は全き心ではありませんでしたが
主の目にかなうことを行うのです。

彼は自分の父を殺した者たちに
復讐をしますが、
律法に従い彼らの子どもたちは
殺しませんでした。

また彼は神の人の声に
聞き従います。
アマツヤはセイルの者たちと
戦うために北イスラエルの
兵士10万人を銀100タラントで
雇うのです。

それに対し、神の人は
北イスラエルの軍勢に頼るな、
彼らと一緒に行くなと命じます。

アマツヤとしては一人でも
多くの助け手が必要だと
思っていたことでしょう。

そんな彼に神の人は
助ける力、つまずかせる力を持つ
神さまがともにおられることを
思い起こさせるのです。

私たちはいろいろ計画を立てます。
でも、それが最善ではない時があるのです。
そのとき、主のみこころを知り、
それに素直に従えたらと願います。

それにしても興味深いのは、
9節のアマツヤのことばです。
北イスラエルの兵士たちを
連れて行かなければ、
100タラントが無駄になってしまう。

もったいないと。
とても人間臭いアマツヤ。
でも主がそれよりも
多くのものを与えてくださる
との励ましを受けて
北イスラエルを切り離す。

人間の目から見たら、
もったいない、無駄だと
思うこともあります。

でも主は私たちが主のみこころに
従うなら、私たちが考えている
以上の恵みをもって
応えてくださるのです。

たとえ無駄だと思っても、
関係が崩れそうになっても、
主に従い続けられるよう、
ともにお祈りしていきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたには助ける力も、
つまずかせる力もあることを
 忘れることがありませんように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】10月13日

エホヤダの死後[歴代誌第二 24章17-27節]

彼らを主に立ち返らせるため、
 預言者たちが彼らの中に
遣わされた。
          Ⅱ歴代誌 24:19

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 https://prs.app/ja/bible/2ch.24.jdb

ヨアシュは叔父であり祭司であり
いのちの恩人であるエホヤダの死後
南ユダの首長たちの肩を持ち、
主を捨てて、偶像に仕えます。

この罪過のゆえに、御怒りが
ユダとエルサレムに下る。
でも主はただ怒り、
彼らを滅ぼされるのではなく、
彼らを主に立ち返らせようと
預言者たちを遣わされるのです。

この預言者たちの戒めに
彼らは耳を貸さない。
そのとき神の霊に満たされた
エホヤダの子ゼカリヤが
悔い改めを迫るも
逆に彼を石で打ち殺します。

ヨアシュが主を求め、
主に仕えていたのは、
彼自身の信仰のゆえではなく、
エホヤダの信仰のゆえ
だったことが分かります。

すなわち彼は主と一つではなく、
借り物の信仰で、
自分の信仰ではなかった。

私たちは、主としっかり
つながっているでしょうか。
借り物の信仰、親や友だちの信仰に
なっていないでしょうか。

もし自分の信仰になっていないなら、
私たちはすぐに主を捨ててしまう。
だからこそ自分が主と一つであるために、
どう生きたら良いかを日々祈り求め、
主にしっかりつながっていきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたにしっかりつながり、
あなたを信じる信仰を増し加えてください。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。