主の宮に栄光を[エズラ記 7章11-28節]
・・・主はエルサレムにある
主の宮に栄光を与えるために
エズラ記 7:27
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https://prs.app/ja/bible/ezr.7.jdb
エズラはアルタクセルクセス王の
命令によってエルサレムに
遣わされます。
王さまはユダヤ人たちが
神の律法を守ることを
何よりも願っていたのです。
でも、これは王さまの熱心ではなく
主がエルサレムにある主の宮に
栄光を与えられるためでした。
このことをエズラは分かっていたので
主の御名を心からほめたたえます。
さらに主の恵みを覚え、
主に感謝をするのです。
すべてのことは主の御手にある。
主の御手が私たちの上にあるので
私たちは主に仕え、主の恵みで
満たされています。
けれど、これは私たちが
ただ幸せになるためではない。
主の栄光のためです。
そして主の栄光が現されることが
私たちにとって何よりも
大きな幸いであるのです。
今日も主の御手が
私たちの上にあります。
そのことを覚えて、
主の栄光のために
用いていただきましょう。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたの栄光のために用いてください。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
9日の礼拝も、高松シオン教会の浜ノ町会堂をお借りし、礼拝をおささげします。
駐車場はありませんので、民間のパーキングをご利用ください。
9時30分より ”イズミンキッズ” です。
10時30分より ”主日礼拝” です。
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主が喜ばせ[エズラ記 6章13-22節]
・・・これは、主が彼らを喜ばせ、
またアッシリアの王の心を
彼らに向けて、
エズラ記 6:22
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https://prs.app/ja/bible/ezr.6.jdb
ダレイオス王の命令によって
神殿の建設が再び始まり、
成功します。
捕囚から帰った
イスラエルの人々は、
奉献式を祝うのです。
さらに捕囚から
帰ってきた人々は、
過越を祝います。
祭司とレビ人たちは
一人残らず身を
清めていたので、
過越のいけにえを
屠るのです。
そしてみんなで
これらを食べました。
ここに大きな喜びと
主にある交わりが
回復していくのです。
また興味深いことに、
主を求める異邦人も
このところに
加わっています。
ともに神殿の再建を喜び
エルサレムの地に帰り、
主を礼拝できたことを
喜ぶのです。
これは彼らの努力とか、
彼らの意志の強さとかではなく、
主が彼らを喜ばせてくださったから。
王さまの心を
イスラエルに向けさせ
彼らを力づけるように
されたから。
主は私たちを
喜ばせてくださるお方。
試練はあります。
思うようにいかないことも
多々あるのです。
でも主はご自分のみこころのままに
私たちを喜ばせ、
私たちの前に道を備えてくださいます。
この道に歩むとき、
私たちは互いに主を喜ぶことができ、
主は主を求める方々を
交わりに加えてくださるのです。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたが私たちを
喜ばせてくださることを感謝します。
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(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
天の神に[エズラ記 6章1-12節]
・・・エルサレムに御名を
住まわされた神が、
エズラ記 6:12
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重要文書を納める保管庫に
キュロスの下した命令が
記録された文書がありました。
これもまた主の導きであり、
主が神殿の再建を心から望み、
その道筋を整えてくださっている
確かな証拠ですね。
その文書を読んで、
ダレイオスも神殿の再建を
後押しします。
しかも神殿で天の神様に
ささげるすべてのものを
滞ることなく与えるように
命じているのです。
この背後にはダレイオスが
イスラエルの神のご機嫌をとり、
自分の味方をしてほしい、
自分たちが健やかに
長寿を全うしたいという
切なる願いがあったことは確か。
それでもダレイオスが
主の御名を呼び、
主の神殿に主の御名が
住まわれていたと
告白していることに
大きな驚きを覚えるのです。
イエスさまはマルコの福音書9章40節で
「私たちに反対しない人は、
わたしたちの味方です」と言われます。
ダレイオスもまた、
主なる神さまに反対しない人、
いやむしろ主なる神さまの
味方である。
私たちの周りにも
まだ主イエスさまを
信じていなくても、
主イエスさまに反対しない人は
たくさんいますね。
その方々が本当の意味で、
主イエスさまを受け入れて従い
ともにキリストのからだなる
教会を建て上げることができたら。
そのために大切なことは
私たちが日々、
主の素晴らしさを証しして
主イエスさまの救いの
恵みを分かち合っていくことでしょう。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、私たちの周りには
味方がたくさんいます。
その方々があなたに出会い、
イエスさまの救いを
受け入れることができますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
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神殿の再建の再開[エズラ記 5章1-17節]
・・・神の預言者たちが
一緒にいて、彼らを助けた。
エズラ記 5:2
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キュロス王の時代に
神殿の再建がスタートしますが、
すぐにエルサレムやその近隣に
住む人々の反対によって
中断をせざるを得なくなります。
そんな中、ダレイオスの
治世の2年に、二人の預言者が
主の御名によって預言するのです。
それを受けて、ゼルバベルと
ヨシュアが立ち上がり、
神殿の再建を再開します。
それを後押ししたのが
主の預言者たちでした。
この神殿の再建を
再開したことを知った
近隣諸国のリーダーたちは
彼らのところにやってきます。
主の宮を建て、
城壁を修復してよいと
命令を下したのはだれか。
建物を建てている者たちの
名は何か。
このことがダレイオス王に
報告されるのです。
それは主のあわれみであり、
主の導きでした。
主の宮の再建を
阻止しようとしていた人たちに
ユダヤ人たちは
しっかり事実を告げるのです。
自分たちは天と地を造られた
神のしもべであること。
大王が建てた主の宮を
建て直していること。
自分たちの罪ゆえに
天の神さまを怒らせ
バビロンに捕囚され、
主の宮が破壊されたこと。
キュロスによって
主の宮の再建が
許されたこと。
さらに主を礼拝するための
すべての器具がキュロス王から
手渡されたこと。
これを聞いた宮の再建を
阻止しようとしていた人々は
ダレイオス王に彼らが
語ったことは本当か
調べて欲しいと願うのです。
真実を語ること。
これは簡単なようで難しい。
自分を守るために
多少嘘をつきたくなることもある。
でも恥を忍んで、
真実を語るとき、
主は大きなことを
してくださるのです。
主がすべての主権者。
私たちはそのしもべ。
私たちがいつも私たちを
助け、最善へと導いてくださる。
私たちのすべきことは
主の前にも、人の前にも
素直であること。
真実であること。
こうして主の助け、
導きを待ち望むなら、
主は大いなることを
してくださることでしょう。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたの前にも、人の前にも
素直で真実に生きられますように。
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反対者たちの声[エズラ記 4章11-24節]
・・・彼らは急いでエルサレムの
ユダヤ人のところに行き、
実力をもって彼らの工事を
やめさせた。
エズラ記 4:23
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6節以降は挿入された部分です。
ユダ族とベニヤミン族が
エルサレムに帰ってから、
ずっと敵による攻撃が続き、
それぞれの時代の王に
告訴状が送られています。
6節に登場するクセルクセス1世は
エステル記に登場する王さま。
彼の時代、エステルによって
ユダヤ人の滅亡は阻止されます。
でもハマンだけでなく、
ユダヤ人に敵対する者たちが
いたことがわかるのです。
7節以降に登場する
アルタクセルクセス1世は
ネヘミヤが献酌官として
仕えていました。
アルタクセルクセス王によって
城壁再建が認められますが、
その中で、敵対する者たちの
告訴状が王に届いていたことが
分かるのです。
敵対する者たちは
どうにかして城壁修復を
阻止しようと必死。
王さまに不利益が起こる、
彼らは反抗的で
王さまに損害を与えてきた
そんな風に語り、
王さまの心を自分たちに
なびかせようとするのです。
この過程もユダヤ人にとって
大切だったのでしょう。
簡単に城壁が完成したら
彼らはもっと高慢になったかもしれない。
彼らは祈ることをやめて、
すぐに自分勝手な歩みを
したかもしれない。
攻撃、偽りの証言によって
彼らの思い通りにいかないからこそ、
彼らは主に祈り、主の導きと
力を知ることになります。
私たちの歩みもそうでしょう。
何もかも順調にいき、
自分の思い通りになったら、
私たちは主を求めない。
逆境の時にこそ、
私たちは主を求めますし、
立ち止まることができます。
このことを心に留めて、
今日も一日、歩んでまいりましょう。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、逆境のときこそ、
あなたを求められることを感謝します。
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反対にあって[エズラ記 4章1-10節]
・・・その地の民はユダの民の
気力を失わせようとして、
脅して建てさせないようにした。
エズラ記 4:4
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捕囚から帰ってきた人々が
主の宮を建てていると聞いて
彼らの敵は阻止しようとします。
彼らはまず優しい言葉を
使って近づいてくるのです。
イスラエルの民と一緒に
主の宮を建てたいと。
この申し出をイスラエルの
リーダーたちは断るのです。
自分たちだけで
主の宮を建てるのだと。
この反対、計画をつぶそうとする
働きが長年続きます。
クセルクセス王の時代には、
ユダとエルサレムの住民を
非難する告訴状が書かれるのです。
アルタクセルクセスの時代にも
書状が送られます。
多くの民族が主の宮の建設に
反対しているのです。
これは南ユダの人々にとって
大きなチャレンジで、
心くじけそうになったことでしょう。
私たちの人生の中でも
主のみこころに従い
一歩踏み出しても、
何でも上手くいくわけではありません。
時に反対にあって
くじけそうに
なることもあるでしょう。
そのとき忍耐し、
主の時を待ち望むなら、
主が必ず道を
開いてくださるのです。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、困難の中で、
あなたの時を待ち望むことができますように。
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主の宮の礎が据えられる[エズラ記 3章1-13節]
・・・主の宮の礎が
据えられたので、
民はみな主を賛美して
大声で叫んだ。
エズラ記 3:11
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エルサレムに到着した人々は
すぐに神殿の再建に取り掛かれた
わけではなかったようです。
まずは主の祭壇を築き、
そこで全焼のささげ物を
主にささげるのです。
このとき、まだ主の神殿の礎は
据えられていなかったのです。
2年目の第二の月に
主の宮の工事を指揮する
レビ人を立てて、工事を始めます。
そして主の神殿の礎が据えられた時、
ダビデの規定によって
祭司たち、レビ人たちが
主を賛美するために出てくるのです。
さらに以前、ソロモンが建てた
主の宮を見たことのある老人たちは
主の宮の基が据えられた時、
大声で泣きます。
この涙は何の涙だったでしょうか。
主の宮が再建していることの
喜びの涙でしょうか。
それもあったでしょうが、
ソロモンの時に比べ、
規模が小さくなった主の宮を前に
彼らの先祖が犯した罪の重さを覚え
悔い改めの涙であったと考えられます。
一方、ほかの多くの人たちは
喜びにあふれて、大声で叫ぶのです。
彼らは主の宮が再建されたことを
純粋に喜んだのです。
私は、この老人たちの涙に
大きな希望を感じます。
彼らはもう二度と
自らの罪ゆえに
主の宮が破壊され、
自分たちが捕囚されること
のないようにと願ったはず。
コリント人への手紙第二7章10節に
次のようにあります。
「神のみこころに添った悲しみは、
後悔のない、救いに至る悔い改めを
生じさせますが、世の悲しみは
死をもたらします」
罪をしっかり悲しみ、
前に進むことの大切さを覚えます。
私たちはどうでしょうか。
罪をそのままにして
ただ前に進もうとしてないでしょうか。
救いに至る悔い改めを
生じる歩みができますよう
ともに祈っていきましょう。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、罪をしっかり悲しみ、
悔い改めて生きられますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
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2日の礼拝も、高松シオン教会の浜ノ町会堂をお借りし、礼拝をおささげします。
駐車場はありませんので、民間のパーキングをご利用ください。
9時30分より ”イズミンキッズ” です。
10時30分より ”主日礼拝” です。
*YouTubeでのライブ配信もします。
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