1日の礼拝も、高松シオン教会の浜ノ町会堂をお借りし、礼拝をおささげします。
駐車場はありませんので、民間のパーキングをご利用ください。
10時30分より ”新年感謝礼拝” です。
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1日の礼拝も、高松シオン教会の浜ノ町会堂をお借りし、礼拝をおささげします。
駐車場はありませんので、民間のパーキングをご利用ください。
10時30分より ”新年感謝礼拝” です。
息のあるものはみな[詩篇 150篇1-6節]
息のあるものはみな
主をほめたたえよ。
ハレルヤ。
詩篇 150:6
*聖書をお持ちでない方は
以下のページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/psa.150.jdb
今年も今日で最後となります。
日々みことばによって
主の偉大さをほめたたえ、
日曜日ごとに主の御名を
ともに賛美できました。
主をほめたたえること、
これは主を知る者とされた
私たちにとって
何よりも大きな恵み。
そして自分に与えられた
全てをもって主をほめたたえるとき
私たちの心は内に燃え、
さらに主を求めることができる。
どんなときにも「ハレルヤ!」と
主を賛美するなら、そこには
すでに主にある勝利がある。
この一年を感謝し、
「ハレルヤ!
主は素晴らしいお方!
主は私たちの救い主!」と
心から讃美し、
新しい年を迎えましょう。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、ハレルヤ!とあなたを
ほめたたえることができる特権を感謝します。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
救いをもって装われる[詩篇 149篇1-9節]
主はご自分の民を愛し
貧しい者たちを
救いをもって装われる。
詩篇 149:4
*聖書をお持ちでない方は
以下のページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/psa.149.jdb
詩篇の記者は民たちに呼びかけます。
自らの救い主にあって喜べ
自らの王にあって楽しめ
栄光の中で喜び躍れ。
喜び楽しみ躍る。
その中心は主なる神さま。
私は心から主を喜び、
主にあって
楽しんでいるだろうか。
主がともにいてくださること
それを日々覚え、それが楽しみと
なっているだろうか。
どうすれば、主にあって喜び
主にあって楽しめるのだろうか。
それはもっと主を賛美し、
主の恵みを分かち合うことによって。
また4節で詩篇の記者は
主がご自分の民を愛し、
貧しい者たちを救いをもって
装われると賛美します。
この一年、主は私たちを愛し、
貧しい私たちにキリストを着せ、
救いの恵みで覆ってくださいました。
だからこそ私たちは喜べる。
私たちは楽しめる。
主は私たちが苦虫を
噛み潰したよう生き方ではなく、
主にあって生き生きと
主の光の中で生きて欲しいと願い、
私たちを暗闇から救い出してくださった。
だから私たちももっと光を求め、
光であるキリストのもとに
行こうではありませんか。
そこに真の喜びと楽しみがある。
私はそう信じています!
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、私たちを救いをもって
装ってくださりありがとうございます。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
主をほめたたえよ[詩篇 148篇1-14節]
ハレルヤ。天において
主をほめたたえよ。
詩篇 148:1
*聖書をお持ちでない方は
以下のページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/psa.148.jdb
詩篇の記者は
天において主をほめたたえよ
地において主をほめたたえよ
と呼びかけます。
主の被造物、すべてが
主をほめたたえることを
何よりも望むのです。
8節の「みことばを行う激しい風よ」
という表現はとても興味深いです。
主の命じられるままを風も行う。
神さまの赦しなしに
何も行いえない。
そして主を賛美し、
主をほめたたえるために
すべてが存在している。
このようにすべての被造物が
主を賛美し、主をほめたたえる。
それはまだ完全に成就していませんが
今、その一端を担わせていただいていることは
私たちにとって大きな恵みですね。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたを高らかに
ほめたたえることができる恵みを感謝します。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
28日の礼拝も、高松シオン教会の浜ノ町会堂をお借りし、礼拝をおささげします。
駐車場はありませんので、民間のパーキングをご利用ください。
9時30分より ”イズミンキッズ” です。
10時30分より ”主日礼拝” です。
*YouTubeでのライブ配信もします。
→ こちらよりご参加ください。
主を仰ぎ見る[ミカ書 7章1-13節]
しかし、私は主を仰ぎ見、
私の救いの神を待ち望む。
ミカ書 7:7
*聖書をお持ちでない方は
以下のページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/mic.7.jdb
敬虔な者、心の直ぐな者は
一人もいない。
有力者たちは
好き勝手なことをしている。
友だちも信用できず、
家族間に不和がある。
これらことを嘆く
ミカの姿があります。
人に望みを置けず、
失望しそうな状況で
ミカはどうしているでしょうか。
彼は7節で主を仰ぎ見て、
主の救いを待ち望むのです。
自分が倒れても、
主が立たせてくださる。
闇の中にあっても、
主が自分の光である。
主が正しくさばいてくださる。
一方で、ミカは自らの罪とも
しっかり向き合っています。
罪を知る、罪を認める。
自分の罪が分からないと、
主を待ち望めません。
自分の罪が分からないと、
主イエスさまの救いを
受け入れられないのです。
だから自らの罪が明らかにされ、
自らの罪としっかり向き合うことは、
主の恵みと言えるでしょう。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、私の罪を明らかにして、
あなたの救いを待ち望む者としてくださり、
ありがとうございます。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
神とともに歩む[ミカ書 6章1-16節]
それは、ただ公正を行い、
誠実を愛し、へりくだって、
あなたの神とともに
歩むことではないか。
ミカ書 6:8
*聖書をお持ちでない方は
以下のページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/mic.6.jdb
何が良いことか、
主が何を求めているか。
私たちにはなすべきこと、
委ねられていることが
たくさんあります。
でも何よりも主が
望んでおられるのは、
8節後半にあるように、
ただ公正を行い、誠実を愛し、
へりくだって、
神さまとともに歩むこと。
でもこれが一番難しいのです。
自分の力で捧げものをささげ
犠牲を惜しみなくする。
そのような自らの行いを
主が認めてくださる。
このことを私たちは求め、
自分を誇ってしまう。
へりくだって、
主とともに歩むとは、
主がしてくださる
一つ一つのわざを見て、
喜び賛美すること。
私たちが何をしたかではなく、
主が何をしてくださったかを
覚えていく。
自分が何をしたかを
一つ一つ数えて、
それに見合った祝福・恵みを
得ようとするから
不平不満が出てきます。
主の恵みは私たちには十分。
満ち足りる心を伴う敬虔。
今年も主はたくさんの恵みを
与えてくださいました。
私たちが不信仰で、
愚かにも関わらず。
この恵みに感謝して
新しい年を迎える
備えをしたいと願いします。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、へりくだって、
あなたと歩むことができますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
安らかに住まう[ミカ書 5章1-15節]
彼らは人に望みを置かず、
人の子らに期待をかけない。
ミカ書 5:7
*聖書をお持ちでない方は
以下のページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/mic.5.jdb
クリスマスおめでとうございます!
キリストの平和がお一つお一つの
ご家庭の上にありますように。
ここにメシア、救い主が
ダビデの家系から出ると
預言されています。
メシアは立って、主の力と
彼の神、主の御名の威光によって
群れを飼い、彼らは安らかに
住まうと約束されるのです。
また7節を見ると、
ヤコブの残りの者は
人に望みを置かず、
人の子らに期待をかけないと
語られています。
主が彼らの羊飼いとして
彼らを養い、導かれるとき、
彼らの望みは
主キリストだけになるのです。
さらに10節以降で、
主は彼らのただ中から、
偶像を断ち切り、
自分たちが造ったものを
拝まなくなるとします。
主が一番忌み嫌われるものが
取り除かれるのです。
救い主キリストはただイスラエルを
救うお方ではありません。
すべての悪を取り除き、
全ての人たちが主に立ち返り、
主を賛美する者と変えてくださる。
私たちもそうです。
主イエスさまを救い主と
受け入れることは
私たちの内側から悪を
取り除いていただくことに
他なりません。
そして主に望みを置き、
主だけに期待する。
この歩みこそ私たちに
平安を与えます。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、主イエスさまに従い、導かれ、
安らかに歩めますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
主の御名によって[ミカ書 4章1-13節]
しかし、私たちは、
世々限りなく、
私たちの神、
主の御名によって歩む。
ミカ書 4:5
*聖書をお持ちでない方は
以下のページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/mic.4.jdb
終りの日に、多くの国々が
主の家の山に来て、
主の道を教えてもらい、
主の道筋に進もうと言います。
主のことばに従いたい。
そんな思いが与えられる。
これは主のあわれみです。
そのように主のことばに
従うとき、国々の間で
平和が訪れます。
でもこのとき多くの民族は
自分たちの神の名によって
歩むとあるのです。
主のことばに聞いても、
主の名によって歩まない。
一方で、イスラエルの民は
「私たちは、世々限りなく、
私たちの神、主の御名によって歩む」と
告白するのです。
主の御名によって歩む。
これは自らの強い意志で
できるものではありません。
主が傷つき、倒れそうな
彼らを呼び集め、
彼らの王になってくださるからこそ
可能になるのです。
私たちも、同じですね。
私たちも主の御名によって
歩みたいですね。
でも難しさがある。
それでも主は私たちを
呼び集め、私たちの王と
なってくださいます。
だからこそ私たちは
主の道を踏み外さず、
主の道筋に進めるのです。
この素晴らしい恵みに感謝し、
主を賛美して歩んでいきましょう。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、主の道に、
主の御名によって歩めますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。
公正と勇気に[ミカ書 3章1-12節]
主の霊によって、
公正と勇気に満ちている。
ミカ書 3:8
*聖書をお持ちでない方は
以下のページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/mic.3.jdb
2章に続き、主なる神さまは
ミカを通して指導者たちの
悪を明らかにします。
そして主は彼らの悪ゆえに
彼らの叫びに答えず、
彼らから顔を隠されるのです。
また預言者たちの悪も
ここで明らかにされます。
彼らは民を惑わし、
自分に利益を与える
者たちのためだけに
平安の祈りをします。
しかし主は彼らの祈りを
聞かれず、
彼らに何も語られないのです。
ですから彼らは恥を見ます。
一方、ミカは8節で
主の霊によって力が満ち、
公正と勇気に満ちていると
告げます。
自分勝手な思いで進むとき、
すべてが上手くいかず、
恥を見ますが、
主の霊によって、
主の霊に導かれていくとき、
力がみなぎる。勇気が与えられる。
しかも一番恐ろしいのは、
自分が間違っている、
主の前に悪を行っていると
気が付かずに進むことですね。
11節後半で、「しかもなお、
彼らは主を当てにして、
『主は私たちの中に
おられるではないか。
わざわいは私たちの上に
及ばない』」と言っている。
主を甘く見ています。
主は罪に厳しいお方なのに、
根拠のない平安を語る。
私自身、自分に甘いですし、
主の聖と義に対する厳しさを
しっかり認識できていません。
「大丈夫、大丈夫」と自分を励まし、
主の前に正しく生きようとする
思いが薄い。
自分がどこに立っているかを
わきまえ、自らの罪に目をつぶらず、
主の霊によって、公正と勇気に
満ちることができますように。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたの霊に満たされ、
誠実に生きられますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。