【日々のみことば】2月14日

わたしも働いている[ヨハネの福音書 5章16-30節]

「わたしの父は今に
 至るまで働いておられます。
 それでわたしも働いているのです。」
             ヨハネ 5:17

*聖書をお持ちでない方は
 以下のページをご覧ください。
 朗読も聴くことができます。
 https://prs.app/ja/bible/jhn.5.jdb

イエスさまが安息日に
癒しを行われたため、
ユダヤ人たちはイエスさまを
迫害し始めます。

そんな彼らにイエスさまは
神さまをご自分の父と呼び、
ご自分を神さまと等しくする。

そのことでユダヤ人たちは
さらに怒りが増すのです。
ここでイエスさまは真実を
語られています。

でも霊的な目が閉ざされ、
自分が正しいと思っている彼らは
イエスさまの言葉が
全く入ってこないのです。

そんな彼らにイエスさまは
真実を語り続けます。
イエスさまは父なる神さまが
しておられることを見て行う以外は
何も行うことができませんと。

また父なる神さま同様
子なるキリストもまた
与えたいと思う者に
いのちを与えられる。

さらに父なる神さまを敬うなら、
子なるキリストを敬うはず。
子なるキリストを敬わないなら
父なる神さまも敬わない。

ユダヤ人たちは自分たちが
神さまを敬い、神さまの御心に
従って行動していると信じていた。

でも彼らは子なるキリストに逆らい、
好き勝手な歩みをしていたのです。

私たちはどうでしょうか。
自分の意志ではなく、
父なる神さまのみこころを
本当に求めているでしょうか。

私はときどき、主の御心が
分からず、自分の意志で
行動しているときがあると
気づかされる時があります。

自分の意志で何でもすると、
疲れますし、
プレッシャーを感じますし、
上手くいかないのです。

確かに神さまのみこころと
私たちの意志とには
ギャップが大きい。

けれど自分の意志をわきに置き、
主のみこころを行おうと
決心するなら、主の導きに従うなら、
楽になる。主に任せられるから。

すべての重荷を主の前に置き、
自分の意志を主にゆだね、
主のみこころに生きられるよう
お互いにお祈りしていきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたのみこころに
生きられますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】2月13日

良くなりたいか[ヨハネの福音書 5章1-15節]

後になって、イエスは
 宮の中で彼を見つけて言われた。
             ヨハネ 5:14

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エルサレムに上られた
イエスさまは38年、
病気だった男性を見られ、
「良くなりたいか」と
問われるのです。

病気の人にとって
当たり前の質問。
でもイエスさまはあえて
彼に問われるのです。

イエスさまは他の人にも
「何をして欲しいのか」と
問われています。

イエスさまは全ての
必要を知っておられる。
けれど、その人の口から
求めを聞きたいのです。

38年間、病気の人は
諦めていた。絶望していた。
誰も彼に感心をよせず
自分を池の中に
入れてくれる人はいない。

でもイエスさまは彼を探し、
彼に目をとめ、彼を癒やされた。
それだけではありません。

真にイエスさまを
どなたかを知らない彼を
もう一度探して、見つけ、
ご自身を知らされた。

イエスさまは何度も捜し
見つけ、ご自身を
教えてくださる。

さて38年間、病の人が
癒やされた、喜びの時に
水を差す人たちがいたのです。

彼らは今まで全く
関心のなかった彼が
安息日に癒やされ、
床を取り上げたことで
文句を言います。

ともに喜べない。
規則に縛られた人たちの
悲しい現実。

主は多くのみわざを
なしてくださり、
ご自身の栄光を
現しておらLのに
それに反抗してしまう。

私たちはどうでしょうか。
「こうあらねば」ということに
縛られていないでしょうか。

頑なにならず、
人を裁かず、
主のみわざをともに
喜ぶことができたら幸いです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたはいつでも
私たちを探して、
 見つけてくださることを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】2月12日

ことばを信じて[ヨハネの福音書 4章43-54節]

その人はイエスが語った
 ことばを信じて、帰って行った。
             ヨハネ 4:50

*聖書をお持ちでない方は
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イエスさまはガリラヤの
カナに行かれます。
そのときカペナウムに住む
王室の役人がイエスさまの
ところにやって来ます。

彼の息子が病気で死に
かけていたので
イエスさまに
いやしてもらうためでした。

イエスさまは彼の信仰を
確かめるために
「あなたがたは、しるしと
 不思議を見ないかぎり、
 決して信じません」と
語られます。

それを受けて王室の役人は
「主よ。どうか子どもが
 死なないうちに、
 下って来てください」と
願うのです。

役人はイエスさまにすがる。
イエスさまに全幅の信頼を置く。
そんな彼の純粋な信仰を
見られたイエスさまは
「行きなさい。
あなたの息子は治ります」と
ことばを与えられます。

彼が願ったようにイエスさまは
来てくださいませんでしたが、
役人はイエスさまのことばを信じ
帰って行くのです。

主のことばを握りしめて、
主のことばに信頼して、
主のことばは必ずなると
信じて、帰る。

その途中で、しもべたちが
彼を迎えに来て、息子が
治ったことを告げます。

その時刻はイエスさまが
「あなたの息子は治る」と
告げられた時刻でした。

このことで彼と彼の家族も
イエスさまを信じるのです。

私たちはイエスさまのことば
聖書のみことばを
信じているでしょうか。

神のことばは生きていて
力があるのに、
どうも純粋に信じ切れない
私たちがいます。

それは私たちの心の目が曇り
自分のことばかりを見ているから。
主のことばに信頼し、
主のことばは必ず実現することを
信じて歩めますように。

その信仰が周りの人を
キリストにつなげ、
キリストを信じる信仰が
与えられることでしょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたのことばに信頼し、
日々歩むことができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】2月11日

労苦の実[ヨハネの福音書 4章27-42節]

「わたしの食べ物とは、
 わたしを遣わされた方の
 みこころを行い、
 そのわざを成し遂げることです。
             ヨハネ 4:34

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弟子たちはイエスさまが
サマリアの女性と
話しているので、大変驚く。

それ以上の驚きは、
イエスさまが食事をとろうとせず、
「わたしには、あなたがたの
知らない食物があります」と
話されたことでした。

イエスさまの食べ物
それは父なる神さまの
みこころを行い、
それを成し遂げること。

父なる神さまのみこころ。
それは全ての人が救われて
真理を知るようになること。

そして私たちに委ねられた
使命は、色づいてる実を
刈り入れること。

一方で、その実は自分たちが
労苦したのではないものだと
イエスさまは語られるのです。

一人の人が救われること、
それは一教会、一牧師の
努力の賜物ではありません。

多くの人の祈り、働きかけ、
労苦がそこにあった。
みことばを蒔き、
キリストを告白し、
父なる神さまの愛を
あかしする人々がいた。

私たちはともすると
刈り取り、実を見て、
様々な判断をしてしまう。
だからその背後にある労苦にも
目をとめ、刈り取る側に
なったときは、心から感謝して
刈り取らせていただく。

さてサマリアの女性は
自分が大切にしていた、
自分の渇きを癒やす
水がめを置いたまま
町に帰っていきます。

そして町の人々にあかしする。
「来て、見てください」
一番のあかしは、人々を
イエスさまところにお連れすること。

また彼女は自分に起ったことを
人々に語るのです。
それを聞いた人たちは
イエスさまのところにやってくる。

そこで彼らはイエスさまの
話を聞いて、イエスさまを
信じるのです。

大切なのは、
彼らが証言しているように
「自分が聞いて、この方が
本当に世の救い主だと分かった」という点。

人から聞いて信じる段階から
自分で聞いて、悟る段階へと。
人の信仰から、自らの信仰へ。

私たちが主の恵みを
分かち合っている人たちが、
自らの信仰として
イエスさまを受け入れ
イエスさまを通して、
父なる神さまに立ち返ることができるよう
ともにお祈りし、あかしし続けることが
できたら幸いです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたの素晴らしさを証しして、
あなたのもとに連れてくることができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】2月10日

御霊と真理によって[ヨハネの福音書 4章15-26節]

まことの礼拝者たちが、
 御霊と真理によって父を
礼拝するときが来ます。
             ヨハネ 4:23

*聖書をお持ちでない方は
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イエスさまは、このサマリアの
女性との会話をとても
楽しんでおられるようです。

彼女の素直な心をイエスさまは
喜んでおられたのでしょう。
彼女もまたイエスさまとの
会話を通して、どんどん心が開かれ、
応答していきます。

彼女には五人の夫がいた。
どういう状況かはよく分かりません。
何人もの男性に捨てられたのか
彼女自身が次から次へと
夫を変えたのか。

いずれにしても彼女は
自らの渇きを男性によって
満たそうとしていました。

一方で、彼女はいつも空しかった。
真理を求めていた。
キリストと呼ばれるメシアが
来ることを知り、
待ち望んでいたのです。

彼女の求めをイエスさまは知り、
彼女にはっきりと
「あなたと話している
このわたしがそれです」と答えられます。

また少し前の21節で、
イエスさまは「わたしを信じなさい」と
彼女を招かれるのです。

さらにイエスさまは特定の場所で
父なる神さまを礼拝する時代は過ぎ、
御霊と真理によって
礼拝するときが来ると告げられます。

そして御霊と真理によって
礼拝しなければならないと。
御霊と真理によってとは、
聖霊なる神さまと、
真理であるキリストによって
父なる神さまを礼拝すると
いうことでしょうか。

私たちの毎週ささげる礼拝は
三位一体の神さまをほめたたえ、
三位一体の神さまを求め、
三位一体の神さまの栄光を見る。

そしてイエスさまこそキリストだと
聖霊なる神さまの導きによって告白し、
父なる神さまの愛がキリストの
十字架によって明らかにされたことを
心から感謝し、キリストの愛に生きられるよう、
御霊の導きに従う。

これこそ真の礼拝であり、
主なる神さまが喜ばれる礼拝。
私たちは毎週、このことを覚え
主に心から礼拝を
捧げることができたら幸いです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、御霊と真理によって、
あなたに礼拝を捧げることができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】2月9日

わたしが与える水[ヨハネの福音書 4章1-14節]

わたしが与える水は、
 その人の内で泉となり、
永遠のいのちへの水が湧き出ます。
             ヨハネ 4:14

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 https://prs.app/ja/bible/jhn.4.jdb

イエスさまはサマリアを通って
ガリラヤに向かわれます。
ユダヤ人とサマリア人は
仲が悪かったのです。

イエスさま一行が旅の途中
ヤコブの井戸で一息つきます。
弟子たちはイエスさまを残し、
町に食べ物を買いに出るのです。

イエスさまは旅の疲れから
井戸の傍らに、
ただ座っています。

「ただ」とは興味深い表現。
イエスさまは何も考えず
ボーと座っておられたのか。

そこに一人のサマリアの女性が
水を汲みにやって来ます。
イエスさまがサマリアを通り、
ヤコブの井戸で休まれたのは
実に彼女に出会うためであった。

イエスさまは彼女に
「わたしに水を
飲ませてください」と
語りかけます。

彼女は驚く。
なぜサマリアの女である自分に
水を求めるのかと。

ここからイエスさまと彼女との
深いやりとりが展開されていきます。
イエスさまは彼女との会話を通して
彼女の心が渇ききっていることを
明らかにして、ご自身が与える水を
与えようとされたのです。

イエスさまが与えてくださる水、
それは単なる飲み水ではなく、
人の魂を生かす水。
そして、その人の内で泉となり、
永遠のいのちへの水が湧き出る。

この水は、聖霊なる神さま。
イエスさまを信じ、救われるなら
聖霊に満たされ、聖霊によって
生かされていくのです。

しかもそれは自分の中だけで
とどまるものではなく、
泉となり、周りの人々へと
湧き出てきます。

私たちの教会の名称は
この箇所からとられています。
私たちの教会が泉となり、
永遠のいのちへの水が湧き出る。

そして家族、地域の人たちに
永遠のいのちへの水、聖霊が
湧き出て、生かされていく。

そのために私たちの教会は
この地域に建てられている。
私たちもまた、それぞれの場所に
遣わされている。

このことを覚えて
今日も一日、歩んで参りましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、永遠のいのちへの水が
湧き出ていることを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】2月7日

光の方へ[ヨハネの福音書 3章16-21節]

しかし、真理を行う者は、
 その行いが神にあって
なされたことが明らかになるように、
 光の方に来る。
             ヨハネ 3:21

*聖書をお持ちでない方は
 以下のページをご覧ください。
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 https://prs.app/ja/bible/jhn.3.jdb

神さまは、この世・私たちを
愛されているからこそ
ご自分の愛するひとり子
イエスさまを与えてくださいました。

イエスさまを信じるなら、
誰でも救われるのです。
しかしイエスさまを信じないなら、
裁かれているとあります。

イエスさまを信じるとは、
光であるイエスさまの方に
いくことです。

悪いこと、闇を愛する人は
光の方には絶対にきません。
自分たちの行いが明るみに
出されることを恐れているから。

私たちも時々、光の方に
行こうとせず、
闇を愛することが
あるような気がします。

このように闇を愛することなく
光を愛し、光の方に行くために
大切なことは真理を行うこと。

真理を行うとは、
どういうことでしょうか。
それは自分の正しさに
立つのではなく、
主の正しさに委ね、
主の前に誠実であろうとすること。

自らの行いを闇に
葬り去るのではなく
主の前に明るみに出す。

そうすることで闇は光となり、
主の喜ばれる歩みができ
三位一体の神さまをより
深く知ることができるのです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、いつでも光である
イエスさまの方に行くことができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。