闇を隠れ家とされる主
「主は闇を隠れ家とし」とは、どういうことだろうか。
闇は光と正反対。
闇は悪、罪の象徴として描かれることが多い。
主にとって闇とは、
全く何も見えない、絶望ではない。
闇の中でも、主の光は決して失われない。
なのになぜ闇の中で隠れておられるのか。
闇に覆われている私たちを照らしてくださるため。
闇の中で苦しみ、おびえている私たちが
主の輝き、光を見て、救われるため。
闇が深まれば、深まるほど、
その闇の中に住まわれる主に出会う。
闇は決して絶望ではない。
確かにその最中にあるとき、辛いが、
主はいつでも私たちの光であり、
私たちの祈りを聞いてくださる。
父よ、あなたは闇を隠れ家としておられます。
私たちの闇が深まるとき
そこにあなたがおられます。
闇の中でもなお輝いておられる
あなたの光を見いだす者としてください。
主は闇を隠れ家とし
水の暗闇 濃い雲を
ご自分の周りで仮庵とされた
詩篇18:11


