【日々のみことば】6月2日

ダビデの油注ぎ[Ⅰサムエル16:1-23]

人はうわべを見るが、主は心を見る。
          Ⅰサムエル記16:7

サムエルはサウルの次の王に
油を注ぐために、
エッサイのところに遣わされます。

そしてサムエルはエッサイの
長男エリアブを見て、彼こそ、
主に油を注がれる者だと考えるのです。

恐らく彼はサウルと同じように
見た目がよく、背も高かったのでしょう。
けれど主は告げられます。

「彼の容貌や背の高さを見てはならない。
 わたしは彼を退けている。
 人が見るようには見ないからだ。
 人はうわべを見るが、主は心を見る」

このところを新共同訳聖書では
「人は目に映ることを見るが、
主は心によって見る」と訳されています。

確かに私たちは目に映る、外見ばかりを見て、
人を判断することが多いのです。
また私たちは外見ばかりを気にします。
しかし神様は私たちの心を見られるのです。

私たちが今、何に怒り、何を求め、
何が重荷となり、誰を許すことができず、
どんなことで悩んでいるのか、
すべてをご存じです。

このように神様とはうわべの
付き合いができません。
だからこそ私たちは主なる神さまの前に
すべてを包み隠さないことが大切なのです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、心を見られるあなたに

包み隠すことなく歩めますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。