仕えるために来られたイエス様[マタイ 20:17-34]
人の子が、仕えられるためではなく
仕えるために、また多くの人のための
贖いの代価として、自分のいのちを
与えるために来たのと、
同じようにしなさい。
マタイ 20:28
イエス様がもう一度、12弟子たちに
ご自分の十字架の苦難と復活について
語られたのですが、霊的な目が
閉ざされていた彼らは理解できません。
それどころか自分たちのこと
ばかりを考えているのです。
ヤコブとヨハネの母が彼らと
一緒にイエス様ところにきます。
そして「二人の息子が御国で
あなたの右に、座れるように
おことばをください」と
お願いするのです。
その願いにイエス様は
「あなたがたは何を求めているか
分かっていない。私が飲もうとしている
杯を飲めるか」と問います。
この杯とは十字架のことです。
ヤコブとヨハネは自信満々に
「できます」と答えます。
その応答をイエス様は否定せずに、
「あなたがたはわたしの杯を
飲むことになります」と
言われるのです。
このときイエス様が告げられたように
彼らはイエス様の苦しみを
後々身に受けることになります。
さてこの会話を聞いていた他の十二人は
二人に腹を立てます。それは彼らが二人に
出し抜かれたと思ったからです。
12弟子の誰もがイエス様の王国で
高い地位に就くことを願っていたのです。
そんな彼らにイエス様は
謙遜に仕えることを教えられます。
イエス様も仕えるためではなく、
仕えるためにこの世に来られました。
そして私たちのための贖いの代価として
私たちにいのちを与えてくださったのです。
このイエス様にならって
私たちもへりくだって
仕えることができますように
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、へりくだって仕える心を与えてください。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。


