モーセのとりなし[民数記 11:1-15]
それで、モーセが主に祈ると、
その火は消えた。
民数記 11:2
今日から民数記を通して、
主の御声を聞きます。
イスラエルの民は主の恵みを忘れ、
主に不平不満を言うのです。
それを聞いた主は、怒りを燃やし、
主の火が彼らに向かって
燃え上がります。
そのさばきの中、
モーセが主に祈ると
火は消えるのです。
彼らの不満はさらに
激しさを増します。
肉が食べたい。
全く何もなく、マナしか与えられない。
マナが与えられているのに、
それに対する感謝が全くないのです。
エジプトの方が良かったという始末。
そんな彼らの不平不満と、
主の激しい怒りを知ることは、
モーセにとってとても辛いことでした。
ですからモーセは主に祈ります。
それはとても素直な祈りでした。
モーセは自分に負いきれないほどの
重荷を負わせられていると訴えるのです。
確かにモーセが喜んで
引き受けたことではありませんでした。
民と主の間に立つことは、
そんなに簡単なことではないのです。
だからこそ彼は死を願います。
このモーセの姿、訴えを見て、
イエス様のことを思うのです。
イエス様も私たちと父なる神様との
中保者として、この地上に
来てくださいました。
人々の不平不満を聞き、
身勝手な姿をみて、
本当に辛かったことでしょう。
でもイエス様は忍耐され、
私たちの重荷をすべて
負ってくださったのです。
この主の忍耐こそ、私たちの救い。
そして私たちも主の忍耐に倣い、
主に背く人たちのために、
祈り続けていく必要があるのです。
それは簡単なことではないでしょう。
自分には重すぎます
と叫びたくなるかもしれない。
この叫びを主は聞いてくださり、
イエス様が私たちとともに
重荷を負ってくださるのです。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたに背き続ける人たちのために
祈り続けるものとさせてください。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。


