敬虔なコルネリウス[使徒の働き 10:1-16]
「あなたの祈りと施しは
神の御前に上って、
覚えられています」
使徒 10:1
コルネリウスはユダヤ人
ではありませんでした。
でも彼と彼の家族は
真の神様を恐れていました。
そして人々に施しをして、
いつも神さまに祈っていたのです。
ここから彼らがユダヤ教徒のように
生きていたことがわかります。
そんな彼らに主は目を
留められるのです。
主は御使いを通して彼の祈りと
施しは覚えられていると言われます。
このことばはコルネリウスにとって
どれほど大きな喜びだったでしょう。
また御使いはヤッファにいる
ペテロを招くように命じるのです。
この命令にコルネリウスは
素直に従い、すぐにしもべと
側近の部下をヤッファに
遣わします。
その時、ペテロは何を
していたでしょうか。
彼はお腹が空いた状態で
祈るために屋上に上るのです。
そして祈りながら、
うとうとして
夢を見ます。
天が開け、大きな敷布のような
入れ物の中にたくさんの動物が
入っているのです。
それをほふって食べるように
主が命じられます。
その中には旧約聖書で
食べてはならない動物も
たくさん入っていたのです。
ですからペテロは、そんなことは
できませんと応えます。
そうすると主が「神がきよめた物を、
あなたがきよくないと言ってはならない」と
言われるのです。
こんなことが3回ありました。
何だか不思議な夢です。
この夢の説き明かしは
後に書かれています。
ここで注目したいことは
旧約聖書と新約時代では、
大きく変わったことがある
ということです。
新約時代はイエス様にあって
すべてがきよいとされています。
様々な律法や戒めから解放され、
自由が与えられたのです。
「~してはならない」
「~しなければならない」という
生き方ではなく、
「主のために~をする」
「主のために~をしない」という
生き方を選び取ることが
できるようになりました。
ここに主にある本当の
自由があります。
ぜひ今日一日
「主のために」生きる
歩みを選び取り、
主にある自由を喜びましょう。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、あなたのために生きる歩みを
選び取っていくことができますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。


