【日々のみことば】12月14日

みことばの飢饉[アモス 8:1-14]

実に、主のことばを
 聞くことの飢饉である。
            アモス 8:11

主から目をそらし、
自分勝手に歩み続ける民。
彼らは主を礼拝すること、
安息日の恵みを忘れます。

不法に不法を重ね、
自分たちの利益だけを
求めるのです。

そんな彼らの行いを
主は忘れないと言われます。
そして彼らへさばきを
下されるのです。

その最大のさばきは何でしょうか。
それはみことばの飢饉です。
みことばを求めても、
みことばが与えられない。

みことばが分からず、
みことばを探し求める。
みことばが分からないということは、
主なる神さまを見失うこと。

イエスさまの時代も
多くの人がみことばの
飢饉の中にありました。

その彼らのところに
ことばなるイエスさまが
誕生してくださったのです。

そして、ことばは彼らの
間に住んでくださり、
彼らに主のみこころを教え、
父なる神様ご自身を
現わしてくださいました。

私たちは今、イエスさまによって
みことばが分かるようになり、
父なる神さまを慕い求めるように
導かれているのです。

父よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたのみことばをありがとうございます。

どうかみことばによってもっとあなたのことを
 知ることができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。