みこころなら[ルカの福音書 22:39-53]
父よ、みこころなら、
この杯をわたしから
取り去ってください。
しかし、わたしの願いではなく、
御心がなりますように。
ルカ 22:42
*聖書をお持ちでない方は
以下のホームページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/luk.22.jdb
イエスさまのオリーブ山・
ゲッセマネでの祈りです。
イエスさまは弟子たちとともに
オリーブ山で祈られます。
このとき、イエスさまは
弟子たちに「誘惑に
陥らないように祈っていなさい」と
命じられるのです。
このときサタンからの
攻撃が増していたのでしょう。
イエスさま自身、
大きな闘いの中にありました。
イエスさまは私たちの
身代わりに十字架にかかり、
死なれるために、
神としてのあり方を捨て
肉体をまとって、
この世に来てくださったのです。
それでも十字架の死は
イエスさまにとって
大きな痛み、苦しみでした。
このイエスさまの痛み、
苦しみを私たちは決して
理解することができません。
何が一番の恐れであり、
苦しみ、痛みであったか。
それは父なる神さまとの
関係が死によって一時でも
断絶してしまうことでした。
だからこそイエスさまは
この杯をわたしから
取り去ってくださるように
父なる神さまに祈られる。
ご自分の弱さを包み隠さず
注ぎ出します。
でもただ自分の願いを
訴えるのではなく、
最後には「私の願いではなく、
みこころがなりますように」と
父なる神さまにすべてを委ねるのです。
私たちはどうでしょうか。
自分の願いばかりを
父なる神さまに
ぶつけていないでしょうか。
様々な苦しみの中でも
自分の願いを優先するのではなく、
主よ、あなたのみこころがなりますように
と祈ることができたら幸いです。
またイエスさまは簡単に
何の悩みもなく、
十字架に向かわれたのではない。
このことも忘れないようにしましょう。
イエスさまが捕らえられ、
十字架にかけられる時、
一番暗闇の力が勝っていたとき。
でも今、イエスさまの祈りと
イエスさまの十字架の死と
復活によってキリストの光が
輝いているのです。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、イエスさまの血の
にじむような祈りを覚えます。
どうか私たちもあなたのみこころがなりますように
と祈り続けることができますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。


