キリストを知るすばらしさ[ピリピ 3:1-11]
それどころか、私の主である
キリスト・イエスを知っている
ことのすばらしさのゆえに、
私はすべてを損と思っています。
ピリピ 3:8
*聖書をお持ちでない方は
以下のホームページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/php.3.jdb
ピリピの教会の一致を
乱す者たちに気をつけるように
パウロは命じています。
彼らは自分たちの行い・家柄・
信仰を誇り、自分の正しさを
ひけらかしていたのでしょう。
パウロもそのような人間的な
誇りをもって、生きてきました。
律法を誤りなく守り、
だれよりも正しくあったのです。
でもイエスさまを知った時、
イエスさまに出会ったとき、
それらのものはちりあくた
となりました。
すべての誇りを捨てた。
いや捨てざるを得なかった。
しかしそれを彼は嘆くのではなく、
何よりも喜びとするのです。
彼は今まで自分の行いで
神さまの前に義と
認められようと必死でした。
けれどキリストに出会ったとき、
キリストを信じることによって
ただ恵みによって義とされると
教えられるのです。
私たちも行いによって
義とされたのではありません。
イエスさまを信じる信仰により、
私たちは義と認められたのです。
またパウロが語るように、
キリストを知っていることの
すばらしさのゆえに
すべてを損と思っていると
私たちは心から告白できるでしょうか。
誇りを捨てられない私がいます。
それはイエスさまを知っていることの
すばらしさを十分に味わっていない
からかもしれません。
今日も一日、イエスさまを知っている、
イエスさまとともに生きる者とされている、
このことが如何にすばらしい恵みであるかを
思い巡らして歩んでいけたら幸いです。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、イエスさまを知っている
喜びに満たしてください。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。


