二本の杖[ゼカリヤ11:1-17]
・・・私は二本の杖を取り、
一本を「慈愛」と名づけ、
もう一本を「結合」と名づけた。
ゼカリヤ 11:7
*聖書をお持ちでない方は
以下のページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/zec.11.jdb
牧者、羊飼いについて
再び語られます。
主はゼカリヤに
屠られる羊の群れを飼えと
命じるのです。
なぜゼカリヤが牧者となったのか。
それはイスラエルの牧者、
すなわちリーダーたちが
イスラエルの民に全く
あわれみをかけなかったからです。
イスラエルのリーダーたちが
主の御名によって民を治めず、
好き勝手にするので、
多くの人が悩み苦しみ、
ほかの国々によって滅びてしまう。
それだけでなく、南ユダと
北イスラエルの結合が砕かれ、
兄弟関係が破棄されてしまうのです。
そのような民を顧みない
愚かな牧者たちは、
主のさばきにあいます。
リーダーに委ねられた
役割の重さを痛感するのです。
自分はどうか?
そんな風に問われます。
自分のことばかり考え、
羊の群れを見捨てる、
能なしの牧者。
まさに私の姿そのもの。
そんな自分の愚かさを
顧みながら、私たちの大牧者である
キリストのことを覚えます。
私たちのキリストは羊のために
いのちを捨ててくださった。
私も自分のために生きる歩みから
解放されたいと願います。
主のために、隣人のために生き、
主を愛し、隣人を愛し、
主によって貧しく低くされて、
仕えていく者へと。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、愚かな、能なしの私が、
大牧者であるキリストにならい、
自分を捨て歩めますように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。


