【日々のみことば】11月3日

主の宮の礎が据えられる[エズラ記 3章1-13節]

・・・主の宮の礎が
 据えられたので、
民はみな主を賛美して
 大声で叫んだ。
          エズラ記 3:11

*聖書をお持ちでない方は
 以下のページをご覧ください。
 朗読も聴くことができます。
 https://prs.app/ja/bible/ezr.3.jdb

エルサレムに到着した人々は
すぐに神殿の再建に取り掛かれた
わけではなかったようです。

まずは主の祭壇を築き、
そこで全焼のささげ物を
主にささげるのです。

このとき、まだ主の神殿の礎は
据えられていなかったのです。
2年目の第二の月に
主の宮の工事を指揮する
レビ人を立てて、工事を始めます。

そして主の神殿の礎が据えられた時、
ダビデの規定によって
祭司たち、レビ人たちが
主を賛美するために出てくるのです。

さらに以前、ソロモンが建てた
主の宮を見たことのある老人たちは
主の宮の基が据えられた時、
大声で泣きます。

この涙は何の涙だったでしょうか。
主の宮が再建していることの
喜びの涙でしょうか。

それもあったでしょうが、
ソロモンの時に比べ、
規模が小さくなった主の宮を前に
彼らの先祖が犯した罪の重さを覚え
悔い改めの涙であったと考えられます。

一方、ほかの多くの人たちは
喜びにあふれて、大声で叫ぶのです。
彼らは主の宮が再建されたことを
純粋に喜んだのです。

私は、この老人たちの涙に
大きな希望を感じます。
彼らはもう二度と
自らの罪ゆえに
主の宮が破壊され、
自分たちが捕囚されること
のないようにと願ったはず。

コリント人への手紙第二7章10節に
次のようにあります。
「神のみこころに添った悲しみは、
 後悔のない、救いに至る悔い改めを
 生じさせますが、世の悲しみは
 死をもたらします」

罪をしっかり悲しみ、
前に進むことの大切さを覚えます。
私たちはどうでしょうか。
罪をそのままにして
ただ前に進もうとしてないでしょうか。

救いに至る悔い改めを
生じる歩みができますよう
ともに祈っていきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、罪をしっかり悲しみ、
悔い改めて生きられますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。