【日々のみことば】1月7日

主の名を呼ぶ[創世記 4章1-26節]

そのころ、人々は主の名を
 呼ぶことを始めた。
            創世記 4:26

*聖書をお持ちでない方は
 以下のページをご覧ください。
 朗読も聴くことができます。
 https://prs.app/ja/bible/gen.4.jdb

カインとアベルの兄弟。
彼らはそれぞれ主に
献げものを持って来ます。

カインは大地の実り。
アベルは自分の羊の
初子の中から肥えたもの。

主が目を留められたのは
アベルのささげものでした。
それでカインは激しく怒り、
顔を伏せるのです。

主はカインに問われる。
なぜ怒っているのか。
顔を伏せているのか。
もし良いことをしているなら、
受け入れられる。

でももし良いことを
していないなら
戸口で罪が待ち伏せしている。
罪はあなたを恋い慕うが
あなたはそれを治めなければならない。

カインは主の前にささげ物を
捧げますが、全き心で
ささげていなかったのかもしれません。

彼の心を見られる主は
彼のうちにある罪に
気づいておられたのです。

そのことを悔い改め
罪を切り捨てなければ
彼はもっと大きな罪を
犯すことになると忠告される。

しかしカインはその忠告を
無視して、罪に身をゆだねる。
その結果、弟のアベルを
殺してしまうのです。

この後、カインは主に叫ぶ。
「私の咎は大きすぎて、
 負いきれません」と。

自らの罪の大きさ、
その結果の恐ろしさを
カインはおびえるのです。

その叫びを主は聞かれ、
彼が殺されることのない
しるしを与えられます。

またアダムとエバとの間に
新しいいのちが与えられるのです。
それがセツで、セツにも
男の子が生まれます。

このころから人は主の名を
呼ぶことを始めるのです。
主の名を呼ぶとは、
主に祈り、主を礼拝すること。

エデンの園から追放され、
罪ある者となっても、
彼らの内から神さまを求める思いは
取り去られませんでした。

これは主のあわれみ。
そして私たちも主を求める思いが
与えられていたからこそ
主イエスさまを
信じることができたのです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、罪から離れ、
あなたの名を呼ぶことができますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。