慰めの子[創世記 5章1-32節]
「この子は、主が呪われた
この地での、私たちの働きと
手の労苦から、私たちを
慰めてくれるだろう」
創世記 5:29
*聖書をお持ちでない方は
以下のページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/gen.5.jdb
神の似姿、神のかたちとして
造られたアダムの似姿として
その子セツは生まれます。
アダムは神のかたちが
著しく破壊されたのですが
完全になくなったわけでは
なかったのです。
そしてエノクは神さまと
ともに歩みます。
神さまから離れることなく、
神さまと心が一つであった。
そんな彼を主は取られる。
肉体的な死を迎えることなく、
主のもとに召されるのです。
一方で、ノアの父レメクは
この世における労苦に
疲れ切っていたようです。
そんな自分たちを慰めてくれる
存在となるようにと
自分の子どもにノア、
慰めとつけるのです。
先を見ると、彼は父レメクの
慰めとなっただけでなく
主なる神さまにとっても
慰めであったようです。
悪が満ちた時代にあって
彼は「主の心にかなっていた」と
あるからです。
私たちも人々の慰め、
主なる神さまの慰めとして
今の時代に生かされている。
このことを覚えながら
日々、歩むことができたら
幸いです。
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、私たちが今の時代にあって
慰めとして召されていることを
忘れることがありませんように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。


