ためらいの中で[創世記 19章12-23節]
彼はためらっていた。
するとその人たちは、
彼の手と彼の妻の手と、
二人の娘の手をつかんだ。
これは、彼に対する
主のあわれみによることである。
創世記 19:16
*聖書をお持ちでない方は
以下のページをご覧ください。
朗読も聴くことができます。
https://prs.app/ja/bible/gen.19.jdb
御使いたちはロトに
ソドムの罪が大きいので
主がソドムの町を滅ぼそうと
自分たちを遣わされたと語ります。
これを聞き、ロトは婿たちに
御使いのことばを伝えますが、
彼らは信じないのです。
ロトもまたソドムの町から
出ることをためらう。
「さあ立って、あなたの妻と、
ここにいる二人の娘を
連れて行きなさい。
そうでないと、あなたは
この町の咎のために
滅ぼし尽くされてしまいます。」と
御使いが警告しているのに。
ソドムが滅ぼされる予兆が
なかったのかもしれません。
すべてを捨てて、
出ることが難しかった。
そんな彼と彼の妻、
彼の二人の娘の手を
御使いはつかみ、
彼らを無理やり連れ出すのです。
これは主のロトに対するあわれみ。
主は滅びからどうしてもロト家族を
救おうとされました。
「手をつかむ」
湖の上でおぼれそうになった
ペテロの手を主はつかまれた。
主は私たちの手をつかまれる。
私たちがためらい、
罪から離れられない時にも。
主は私たちを無理やりにでも
救い出そうとされる。
それは主のあわれみ。
私もまた主が手をつかんでくださり、
これまで導いてくださいました。
私がためらい、罪にとどまりそうになったとき、
主は私の手を離されなかった。
だから今、私は主によって
生かされているのです。
これからも主は私の手を離さず、
私を罪と滅びから救い出し
救いの完成へと向かわせてくださる。
この素晴らしい望みに
委ねながら、
今日も一日、主と手を取り、
歩んでいきたいと願うのです。
【主がわたしの手を(新聖歌474番)】
主がわたしの手を 取って下さいます
どうして怖がったり 逃げたりするでしょう
優しい主の手に 全てを任せて
旅ができるとは 何なんたる恵みでしょう
主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
父なる神様、私たちの霊的な目を
いつも開いてくださり、
悪に引き寄せられることがありませんように。
*聖書箇所は「日々のみことば」
(日々のみことば出版委員会)にもとづいています。


