【日々のみことば】12月13日

天に叫び求める

 彼とともにいる者は肉の腕だが、
  私たちとともにおられるお方は、
 私たちの神、主であり、私たちを助け、
  私たちの戦いを戦ってくださる。
              Ⅱ歴代誌32:8

主に信頼し、主を求めていたヒゼキヤと
南ユダに試練が与えられる。
主の前に良いこと、正しいこと、
真実なことを行っていたら、
何も問題が起こらないわけではない。

それでもヒゼキヤは主に信頼し、
主の助けを待ち望む。
恐れおののく民衆に対して、
主が助け、戦ってくださると励ます。

そんな中、アッシリアの王は、
南ユダの人々の心を揺さぶることばを語る。
そのことばに動揺することなく、
ヒゼキヤとイザヤは祈り、天に叫び求める。
その祈りに主は答えてくださり、
彼らを救ってくださった。

私たちも多くの試練がやってくる。
でもいつでも主に祈り、主のみに信頼するとき、
主は私たちを助け、救ってくださる。

父よ、試練の時にあなたに
  拠り頼む者とさせてください。

【日々のみことば】12月12日

主の前に良いこと

 ヒゼキヤはユダの全地でこのように行い、
  その神、主の前に、良いこと、
 正しいこと、真実なことを行った。
              Ⅱ歴代誌31:21

ヒゼキヤは喜んで主のために自らの財産を献げた。
それを見ていた民たちは、ヒゼキヤの命令に
素直に従い、喜んで祭司とレビ人のために
豊富に携えてきた。

それらがあまりにも多かったので、
それらは残った。
献げれば献げるほど、
主が民たちを祝福してくださったから。

だから主の宮に仕える多くの者たちにも
分配することができ、恵みが満ちあふれる。

パウロは第二コリント9章で次のように語ります。
「神はあなたがたに、あらゆる恵みをあふれるばかりに
 与えることがおできになります。
 あなたがたが、いつもすべてのことに満ち足りて、
 すべての良いわざにあふれるようになるためです。」

主が与えてくださったすべてを喜んで捧げる時に、
さらに主は何十倍にも祝福してくださることは、
私たちにとって何と幸いなことでしょうか。

父よ、あなたの大きな恵みを感謝します。
 その恵みを自分だけに留めるのではなく、
あなたのために用いていく者とさせてください。

【日々のみことば】12月11日

天に届いた

 レビ人の祭司たちが立ち上がって民を祝福した。
  彼らの声は聞き届けられ、彼らの祈りは、
 主の聖なる御住まいである天に届いた。
               Ⅱ歴代誌30:27

身を聖別したと繰り返し語られるが、
今、きよさについて語られることが少ない。
確かに私たちはイエス様のゆえに
罪赦され、聖なる者とされた。

けれど主に礼拝を献げ、祈るとき、
自らのきよさについて考えることの大切さを思う。
主の前にきよくあるとは、どういうことか。
主の前にすべてが明らかであることを知り、
主に偽らない生き方。

そんな私たちの祈りを主は聞いてくださり、
さらに私たちを聖なる者として、
私たちを祝福してくださる。

父よ、あなたの前に聖なる者として
 歩ませてください。

【日々のみことば】12月10日

うなじを固くしない

 あなたがたの神、主は恵み深く、
  あわれみ深い方であり、
 あなたがたが主に立ち返るなら、
  あなたがたから御顔を
 背けられることはありません。
             Ⅱ歴代誌30:9

ヒゼキヤは全イスラエルに向けて、
主に立ち返り、エルサレムに来て
いけにえを献げるように通達を出す。
そうすれば主の燃える怒りが
彼らから離れると。

全イスラエルの父祖たちは
うなじを固くし、主の信頼を裏切った。
それと同じことをするなと命じるのです。

ヒゼキヤは9節で主が恵み深く、
あわれみ深い方であると告げます。
どんなに罪を犯し、主の信頼を裏切っても
主に立ち返る者たちを助けられる。

それに対して北イスラエルの多くは、
ヒゼキヤのことばを馬鹿にする。
主に立ち返ることを拒む。
そんな中、主は南ユダの人々の心を
一つにしてくださり、
主のことばが実行される。

主のことばは今日も語られる。
主に立ち返り、主に仕えるように。
今日、私はどのように答えるだろうか。
うなじを固くせず、
へりくだって歩めますように。

父よ、日々あなたに立ち返り、
 あなたの声を退けることがありませんように。

【日々のみことば】12月9日

主に身を献げる

 今、あなたがたは主に身を献げました。
  近づいて、感謝のささげ物を
 主の宮に携えて来なさい。
             Ⅱ歴代誌29:31

宮をきよめると、ヒゼキヤは主の祭壇で、
祭司たちにいけにえを献げさせます。
罪のきよめのささげ物である雄やぎの上に
手を置き、自らの罪を告白するのです。

そして祭司、レビ人、全会衆は、
主を賛美し、主に礼拝を献げます。
このように主に賛美し、いけにえを
献げ、主を礼拝することは、
主に身を献げることだと
ヒゼキヤは語るのです。

パウロもローマ人への手紙12章1節で
「あなたがたのからだを、神に喜ばれる、
聖なる生きたささげ物として献げなさい。
それこそ、あなたがたにふさわしい礼拝です」
と告げます。

今日一日、主は私たちの礼拝、賛美を
喜んでくださいます。
主に身を献げる喜びを
味わう一日でありますように。

父よ、私の身をあなたにお献げします

【日々のみことば】12月8日

主の宮の戸を開く

 彼はその治世の第一年の第一の月に、
  主の宮の戸を開いてこれらを修理した。
             Ⅱ歴代誌29:3

南ユダの王ヒゼキヤは、父アハズの道を歩まず、
ダビデが行ったとおりに、
主の目にかなうことを行う。
閉じられていた宮の戸を開いて修理する。

そして宮を聖別し、忌まわしいものを取り除く。
こうしてこれまで主の御顔を背けていた人々を
主の方に向かせる。

主に背くことは、戸を閉じること。
主との関係を自ら切り捨てる状態。
時々、私たちは心の戸を閉じてしまうことがある。
主に背を向け、自分のうちを主以外のもので
満たそうとする。

そんな私たちの心の扉を
主はいつもたたき続けてくださる。
そして私たちがご自身に向けて扉を開き、
交わりをすることを待っておられる。

父よ、いつも私の心の扉をあなたの前に開き、
  あなたとの交わりを喜びとできますように。

もみじのてがみ

きくちちき著「もみじのてがみ」は、ネズミが、りすや鳥に手伝ってもらいながら、もみじを探しに出ます。赤いものを見つけては期待して近づきますが、きのこだったり、つばきだったり、美味しいものだったり、ときには「どきっ」とするものだったりします。期待と落胆との繰り返し、最後に一枚のもみじを見つけた時の喜びは計り知れません。目の前に広がる赤いひかりが心に残っています。

きくちさきさんの絵本のとおり、山々の木や町のもみじが真っ赤にいろづいてきました。それは、ゆきじたくを教えてくれる手紙だと絵本では閉められます。今年も冬がやってきました。

みなさん、寒さが増してきましたね、体調守られていますか?
先週、窓は開けているのに、暖かい日差しが差し込んで暖かったです。

【日々のみことば】12月7日

主の信頼を裏切る

 アッシリアの王が彼を苦しめたとき、
  このアハズヤ王は、
 さらに主の信頼を裏切った。
           Ⅱ歴代誌28:22

南ユダの王アハズは、どんなに苦しんでも
主に立ち返らない。
近隣諸国に助けを求め、
他の神々を求める。

でもそれらは何の助けにもならない。
逆に南ユダの人々をつまずかせることになる。
苦しみや困難は主に立ち返るための
主からの働きかけであることが多い。

その主の警告を無視しせず、
頑なにならずに、
主に立ち返る者とさせていただきたい。

父よ、困難、試練の中で
 あなただけを求める者とさせてください。