教会の成長
御霊の賜物、とくに愛を追い求めること、
預言することを熱心に求めることを
パウロは勧める。
そして愛も、預言も教会の成長のため。
教会の成長、
それはいっしょにキリストに向かって
キリストの似姿に変えられ、
キリストをかしらとして一つとなっていくこと。
悔い改めて、愛に生き続けること。
また滅びゆく魂がキリストに出会い、
救われ、神の国が広がっていくこと。
個人個人ではなく、
キリストのからだとして成長する。
これは簡単ではない。
難しさを感じる。
父よ、私たちに愛を与え、
みことばを与えてくださってありがとうございます。
主よ、御霊の賜物としての愛を、
預言することを追い求めることができますように。
そして教会がそれぞれに与えられた
御霊の賜物によってキリストに向かって
成長していけますように。
同じようにあなたがたも、
御霊の賜物を熱心に求めているのですから、
教会を成長させるために、
それが豊かに与えられるように求めなさい。
Ⅰコリント14:12
キリストのからだ
私たちはキリストのからだで、
一人ひとりはその部分。
与えられた賜物の違いで、
目立つ働きをする人もいれば、
目立たず、地道に仕える人もいる。
賜物の違いは、ねたんだり、
さげすんだりするためではない。
お互いが配慮し合い、助け合うため。
そして自分さえ良ければという
自己中心的な考えから脱却し、
喜ぶ者ととともに喜び、
苦しむ者とともに苦しむため。
キリストのからだとして
お互いをもっと尊重し、
与えられた賜物を
ともに喜ぶことができたら
さらに一つとなることができる。
父よ、一人ひとりがキリストの
からだの部分を担い、
教会を建て上げることが
できていることを感謝します。
さらにお互いを尊重し、
与えられた賜物をともに喜び、
一つとなっていけますように。
あなたがたはキリストのからだであって、
一人ひとりはその部分です。
Ⅰコリント12:27
御霊の賜物
私たちキリスト者すべてに与えられている賜物、
それは「イエスは主です」と告白し、
イエス様を信じること。
救いは父なる神様が与えてくださった御霊の賜物。
また私たちには皆の益となるために、
みこころのままにふさわしい賜物が分け与えられている。
だから自分に与えられた賜物を知ることは大切。
そして賜物を皆の益となるために用いていくために
どう知れば良いか考えて行動する。
その時、私たちの内で主が働いてくださり、
私たちの心は恵みで満ちる。
父よ、私たちに救いの賜物を与えてくださり、
ありがとうございます。
主よ、私たちに与えてくださった賜物を
皆の益のために用いることができるように、
導いてください。
皆の益となるために、
一人ひとりに御霊の現れが
与えられているのです。
Ⅰコリント12:7
自分自身を吟味して
聖餐式のたびに心に刻むこと。
それは主イエス様が十字架で肉を裂き、
血を流されたことで
私たちの罪が贖われたこと。
聖餐式は五感を通して、
この主の恵みを味わい知ることができる。
一方で、悔い改めず、感謝もせずに、
主の聖餐にあずかるなら、
罪を犯すことになると、はっきり告げられる。
聖餐にあずかるたびに、
ふさわしくない者がふさわしい者と認められ、
主のものとされたことを覚えたい。
父よ、キリストの肉、キリストの尊い血にあずかることで
あなたの恵みによって救われたことを
味わい知ることができ、ありがとうございます。
どうか私たちが日々、自分を吟味し、
あなたの前にへりくだっていけますように。
ですから、あなたがたは、このパンを食べ、
杯を飲むたびに、主が来られるまで
主の死を告げ知らせるのです。
Ⅰコリント11:26
すべては神から
男女どちらがすぐれているか、
劣っているかということではない。
私たちには秩序があり、
与えられた役割、使命が異なる。
またそれぞれの国・民族特有の考え、
伝統がある。
それらを無下に否定するのではなく、
主との交わりの中で、
自分自身で判断することが求められている。
そして何をするにも、
主に与えられた自由を用いて
主の栄光が現されることを願うならば、
私たちのすべきことは必然と見えてくる。
父よ、キリスト者としてどのように生きたら良いか
難しい判断をすることがあります。
その時、自分の願いではなく、
あなたに喜ばれることを
選び取っていくことができますように。
しかし、すべては神から出ています。
Ⅰコリント11:12
自分の利益ではなく
主に買い取られた私たちは、
自分のために生きることから解放された。
キリストの恵みにあずかる者とされ、
私たちはキリストにあって一つとされた。
そのため自分の利益ばかりを求め、
自分の権利ばかり主張するのではなく、
何をするにもすべて神様の栄光を
現すことを選び取る恵みが与えられた。
これはこの世的には愚かで、
もったいない生き方かも知れない。
けれど私たちにとって何にも代えがたい喜び。
そしてすべて神様の栄光を現すためにするとき、
多くの実を結ぶ者とされる。
父よ、何をするにもすべてあなたの栄光を
現すためにすることができますように。
そしてあなたの栄光を見て、
一人でも多くの人があなたにあって
救われますように。
こういうわけで、あなたがたは、
食べるにも飲むにも、何をするにも、
すべて神の栄光を現すためにしなさい。
Ⅰコリント10:31
脱出の道も
私たちの目標は、キリスト・イエスにあって
後の日によみがえらせていただくこと。
だから私たちは信仰の創始者であり、
完成者であるイエス様から目を離さないように
命じられている。
これは私たちにとって簡単なことではない。
私たちは悪をむさぼったり、
キリストを試みたりする。
私たちをキリストから引き離そうとする力は
常に働いている。
そのような試みに私たちは屈しない。
なぜなら主が試みに耐え、
脱出の道を備えてくださるから。
父よ、キリストから目を離さず、
試みの時にあなたを
見上げる者としてください。
あなたが脱出の道を
備えてくださることを信じます。
あなたがたが経験した試練はみな、
人の知らないものではありません。
神は真実な方です。
あなたがたを耐えられない試練に
あわせることはなさいません。
むしろ、耐えられるように、
試練とともに脱出の道を
備えてくださいます。
Ⅰコリント10:13
福音のために
パウロは福音のために、
自分に与えられた自由を用いた。
福音をことばとしてだけ伝えるのではなく、
すべての人に、すべての者となり、
福音を実践した。
それは何とかして、何人かでも救うため。
私は自分に与えられた自由を福音のために、
また福音のためにあらゆることをしているだろうか。
自分の権利ばかりを主張し、
頭だけの信仰を押しつけていないだろうか。
パウロのように、少しずつ福音のために
あらゆることをして、福音の恵みを
ともに生きる者とさせていただきたい。
父よ、ことばと行いと態度をもって、
福音を宣べ伝えていけますように。
そして福音の恵みをともに受ける者としてください。
私は福音のためにあらゆることをしています。
私も福音の恵みをともに受ける者となるためです。
Ⅰコリント9:23
キリストに属する
主に属する自由人、
キリストに属する奴隷。
一見、矛盾するような気がする。
でも私たちはすべてのものから自由にされた。
そしてキリストに属する奴隷として
主に仕えるものと変えられた。
このように主に仕えることは
私たちにとって喜び。
確かに主にある者とされても、
置かれた立場、環境は変わることはない。
でも心が変えられる。
そして主に仕え、主のみことばに生きるときに、
私たちのうちに恵みが満ちあふれる。
父よ、あなたに属する自由人、
キリストに属する奴隷として、
生かされていることを感謝します。
主よ、その立場にふさわしく
生きる力をあたえてください。。
あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。
人間の奴隷となってはいけません。
Ⅰコリント7:23
神の栄光を
私たちのからだは、私たち自身のものではない。
私たちは主イエス様の贖いのゆえに
買い取られた。父なる神様のものとされた。
聖霊の宮となり、私たちはきよいものとされている。
そんな私たちにパウロは自分のからだをもって
神の栄光を現わしなさいと命じる。
神様の栄光を現わすとは、どういうことだろう。
私たちのからだをもって
主なる神様の素晴らしさをほめたたえること。
私たちのからだをもって
主なる神様につかえること。
私たちのからだをもって
互いに愛し合うこと。
今日も主は私たちのからだを通して、
ご自身の素晴らしさを証ししてくださる。
父よ、私たちのからだを
あなたの栄光を現わす器としてください。
あなたの栄光を見せてください。
あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。
ですから、自分のからだをもって
神の栄光を現わしなさい。
Ⅰコリント6:20