【日々のみことば】4月18日

わたしが向かう

主なる神様はイスラエルが受けた侮辱を見過ごされない。
主がイスラエルのところに行き、向かわれる。
ただあわれみによって、イスラエルを顧みて下さる。

建て直される、増やす、栄えさせる、失わせない、
そしりを受けない、つまずかせない
これらの力強い宣言と約束に、どれほど慰められただろうか。

けれどイスラエルが主に立ち返ったから、
イスラエルを回復されるのではない。
「わたしが主であることを知る」、そのために。

私たちに対するあわれみも、救いも、恵みも、赦しも、
私たちが主に立ち返った報いとして与えられたわけではない。
父なる神様がまずイエス様を通して愛を示し、
救いを成就して下さった。
私たちが主こそ唯一の神様であることを知るために。

主よ、私たちには自分を義とするものは何一つありません。
けれど、あなたのあわれみによって今、
あなたこそ唯一の神様であることを
知る者とされている恵みを心から感謝いたします。

しかし、私たちがまだ罪人であったとき、
  キリストが私たちのために死なれたことによって、
    神は私たちに対するご自分の愛を明らかにしておられます。

ローマ5:8

【日々のみことば】3月27日

実を結ぶ

子ろばに乗られる柔和なイエス様をユダヤ人たちは喜んで迎えた。
一方、イエス様は義なるお方。ベタニアからエルサレムに向かう途中、
実のないいちじくの木に厳しいさばきのことばを告げられた。
また宮を「強盗の巣」にして「祈りの家」を汚す人々を追い出された。
このイエス様をユダヤ人のリーダーたちは拒絶した。
私は柔和で優しいイエス様の姿ばかりを求め、義で聖なるイエス様の姿、
ことばを拒絶していないだろうか。

それにしてもイエス様はいちじくのなる季節でないと分かっておられたはずなのに、
なぜ「今後いつまでも、だれもおまえの実を食べることがないように」と
言われたのだろうか。これは私たちへの戒め。
私たちは今、実を実を結ばない者ではなく、御霊によって実を結ぶ者とされた。
それなのに表面を取り繕うだけで、実を結んでいないとしたら、、、
実を結ぶために、私はどうすればよいのか。

ペテロの手紙第二1章5-8節

【日々のみことば】3月26日

何をしてほしいのか?

12弟子たちは自分の本当の必要を分かっていない。だからイエス様が受難を予告されても、なお自分たちのことしか考えられない。一方、バルティマイはイエス様が「わたしに何をしてほしいのですか」と問われたとき、即座に「先生、目が見えるようにしてください」と答えた。彼は自分の本当の必要を知っていた。
私は今日、イエス様に「あなたはわたしに何をしてほしいのか」と問われているように感じました。すぐに答えられない自分がいるのです。イエス様は私の本当の必要を知っておられる。だから今日一日、自分の本当の必要について、イエス様に聞きながら過ごしていきたい。