【日々のみことば】2月2日

罪を取り除く神の子羊[ヨハネの福音書 1章19-34節]

・・・「見よ、世の罪を
  取り除く神の子羊。
            ヨハネ 1:29

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バプテスマのヨハネは
まことの光なるキリストについて
証しするために来たのです。

人々はヨハネこそ、
自分たちが待ち望んでいた
救い主だと思うのですが、
ヨハネはそれを完全に否定します。

そしてヨハネはイエスさまを
指し示すのです。
イエスさまがヨハネから
バプテスマを受けるために
ヨハネの方に行かれたとき、
ヨハネは告白します。

「見よ、世の罪を取り除く
 神の子羊」

イエスさまは私たちの罪を
取り除く神の子羊。
私たちの罪の罰を
身代わりに受けられ、
私たちはイエスさまによって
罪が赦されたのです。

ヨハネはバプテスマを
イエスさまに授けたとき、
御霊が鳩のように降り、
イエスさまの上に
とどまるのを見ます。

そのとき彼はイエスさまが
神の子、救い主だと
わかったのです。

私たちはイエスさまのことを
どのように呼ぶでしょうか。
イエスさまこそ私の罪を取り除く
神の子羊と心から告白し、
イエスさまのすばらしさを
証しすることができたら幸いです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちの罪を取り除くために、
あなたの愛するイエスさまを
 遣わしてくださったことを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】1月31日

永遠の神[創世記 21章22-34節]

・・・「あなたが何をしても、
 神はあなたとともにおられます。
            創世記 21:22

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アビメレクはアブラハムに対して
「あなたが何をしても、
神はあなたとともにおられます」と
語り、アブラハムに誓いを立てさせます。

これはすごい告白ですね。
アブラハムの歩みを見ながら、
万軍の主・神さまが
アブラハムの味方だと
アビメレクは知るのです。

主は同じように私たちと
ともにいてくださいます。
これを私たちの周りの人たちが
知ることはとても大切ですね。

「あなたは何をしても
 あなたの神さまは
 あなたとともにおられます。
 それは何と素敵なことでしょう」

アブラハムは決して
完璧な人ではありませんでした。
失敗を繰り返していた。

でも常にアブラハムを
主は守り、導かれた。
それをアブラハムも
分かっていたので
33節で「永遠の神、
主の御名を呼び求め」ます。

私たちも主に祈る特権が
与えられているのです。
主がともにおられることに
感謝しつつ、
主の前に出て、主の御名を
呼び求めていきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたがともにおられること、
これが何よりも大きな恵みであることを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】1月30日

イサクの誕生[創世記 21章1-21節]

アブラハムは、自分に生まれた子、
 サラが自分に産んだ子を
イサクと名づけた。
            創世記 21:3

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主が約束してくださったとおり、
主はサラを顧みてくださり、
サラは男の子を産みます。

その名をアブラハムは
主が命じられたように
イサクと名づけるのです。

イサク、その意味は
「彼は笑う」とのこと。
アブラハムも、サラも
イサクが与えられると聞いたとき
笑いました。

それは神さまのことばを
信じられない、不信仰の笑い。
でも、このとき彼らは
心からイサクの誕生を喜び
心から主をほめたたえ、
主の前に笑うのです。

またサラはこの素晴らしい
主のみわざを聞いた人たちも
サラのことで笑うだろうと
語ります。

一方でその笑い、喜びは
ずっと続かなかったようです。
女奴隷ハガルから生まれた
イシュマエルがイサクを
からかっているのをサラは見る。

それを見て、サラは怒って、
再び女奴隷を追い出すように
アブラハムに迫るのです。

アブラハムは非常に
苦しみますが、
主が彼に慰めと望みを
与えられます。

イシュマエルとも
主はともにおられ、
主にあって成長するのです。

私たちの人生は
喜びがあり、悲しみがあり、
笑いがあり、涙がある。

それらすべてが
主の御手の中にあり
主の恵み、主の祝福。

この素晴らしさを
忘れずに
今日も一日歩んでいきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、すべてがあなたの御手の中に
あることを心から感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】1月29日

主のいつくしみ[創世記 20章1-18節]

そこで、アブラハムは神に祈った。
            創世記 20:17

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アブラハムがソドムのためにとりなし、
ロトの家族が救われた後、
アブラハムは再び失敗をします。

彼はサラを自分の妹だと言うのです。
彼がこのように言って、
自分の身を守るのは、二度目。

けれど主はアブラハムと
サラを守られます。
ゲラルの王アビメレクのところに
主は夢で現れるのです。

そしてサラをアブラハムに
返すように命じます。
アビメレクはビックリして、
自分の無実を主張するのです。

そんな彼に主は
「あなたが全き心で
 このことをしたのを、
 わたし自身もよく知っている。

 それでわたしも、あなたが
 私の前に罪ある者と
 ならないようにした」

アブラハムの失敗が
ただの失敗に終わらない。
主のあわれみによって、
アブラハムもサラも、
そしてアビメレクも
助かるのです。

それだけでなく、
ゲラルの人々は
主を非常に恐れます。

私たちもたくさんの失敗をします。
後悔することもあるのです。
でも主は私たちの失敗さえも
用いてくださいます。

主はご自分の栄光を
あらわしてくださるのです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、本当に愚かな者ですが、
すべてのことをあなたが益と
 してくださることを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】1月28日

神は覚えておられる[創世記 19章24-38節]

神が低地の町々を滅ぼしたとき、
 神はアブラハムを覚えておられた。
それで、ロトが住んでいた町々を
 滅ぼしたとき、神はロトを
その滅びの中から逃れるようにされた。
            創世記 19:29

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29節のことばは、本当に
大きな励ましです。
主はアブラハムのとりなしを
忘れておられなかった。

主はソドムの町々を
滅ぼされるとき、
アブラハムを思い出され
彼のためにロト家族を救われる。

一方で、ロトの妻は
うしろを振り返ったために
塩の柱になってしまうのです。

主から救われても、
過去にしがみつき、
罪から完全に離れる、
離れるようとする心がないなら、
あわれみを無駄にすることになる。

またロトの娘たちも
罪の影響を受けて、
自分勝手にする。

罪、古い自分に死ぬことの
難しさを覚えます。
主のあわれみは尽きない。
確かに間違いのない事実。

でも私たちが罪にとどまり、
罪を捨て続けないなら
罪が戸口で待ち伏せている、
罪は私たちを恋い慕っている。

主イエスさまに祈り、
罪の縄目から日々解いていただき、
新しく生き続けましょう。

また主は私たちを覚えてくださいます。
私たちの祈りを聞いてくださる。
だから諦めずに、家族友人たちのために
とりなしの祈りを続けられたと願うのです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたが私たちを覚え、
私たちが罪から離れるように
 導いてくださることを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】1月27日

ためらいの中で[創世記 19章12-23節]

彼はためらっていた。
 するとその人たちは、
彼の手と彼の妻の手と、
 二人の娘の手をつかんだ。
これは、彼に対する
 主のあわれみによることである。
            創世記 19:16

*聖書をお持ちでない方は
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御使いたちはロトに
ソドムの罪が大きいので
主がソドムの町を滅ぼそうと
自分たちを遣わされたと語ります。

これを聞き、ロトは婿たちに
御使いのことばを伝えますが、
彼らは信じないのです。

ロトもまたソドムの町から
出ることをためらう。
「さあ立って、あなたの妻と、
 ここにいる二人の娘を
 連れて行きなさい。
 そうでないと、あなたは
 この町の咎のために
 滅ぼし尽くされてしまいます。」と
御使いが警告しているのに。

ソドムが滅ぼされる予兆が
なかったのかもしれません。
すべてを捨てて、
出ることが難しかった。

そんな彼と彼の妻、
彼の二人の娘の手を
御使いはつかみ、
彼らを無理やり連れ出すのです。

これは主のロトに対するあわれみ。
主は滅びからどうしてもロト家族を
救おうとされました。

「手をつかむ」
湖の上でおぼれそうになった
ペテロの手を主はつかまれた。

主は私たちの手をつかまれる。
私たちがためらい、
罪から離れられない時にも。

主は私たちを無理やりにでも
救い出そうとされる。
それは主のあわれみ。

私もまた主が手をつかんでくださり、
これまで導いてくださいました。
私がためらい、罪にとどまりそうになったとき、
主は私の手を離されなかった。

だから今、私は主によって
生かされているのです。
これからも主は私の手を離さず、
私を罪と滅びから救い出し
救いの完成へと向かわせてくださる。

この素晴らしい望みに
委ねながら、
今日も一日、主と手を取り、
歩んでいきたいと願うのです。

【主がわたしの手を(新聖歌474番)】
主がわたしの手を 取って下さいます
どうして怖がったり 逃げたりするでしょう
優しい主の手に 全てを任せて
旅ができるとは 何なんたる恵みでしょう

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちの霊的な目を
いつも開いてくださり、
 悪に引き寄せられることがありませんように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
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【日々のみことば】1月26日

ソドムの罪[創世記 19章1-11節]

「兄弟たちよ、どうか
 悪いことはしないでください。
            創世記 19:7

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二人の御使いがソドムに着くと、
ソドムの門に座っていたロトが
立ち上がって彼らを迎え、
地に伏して拝むのです。

これはアブラハムと同じ行動。
ロトもソドムの町で
悪の中に身を置いていましたが、
彼の霊的な目は
閉ざされていなかったのです。

一方、ソドムの人たちは
ロトの家に押し寄せて
二人の旅人を出すように
しつこく迫ってきます。

9節でソドムの人たちは
ロトに向かって「引っ込んでろ」
「こいつはよそ者のくせに、
さばきをするのか」と脅すのです。

ロトはソドムの人たちの悪に
染まり切っていなかったようです。
そんな彼に対して、ソドムの人々は
良く思っていなかったのかもしれません。

でもロトは彼らの前に立ちはだかり、
御使いに近寄らせない。
そのとき、御使いがロトを家に引き入れ
戸を閉めるのです。
さらに目つぶしをくらわせます。

悪の中にありながら、
悪に染まらない。
それは大変なことだったでしょう。

でもこれもまたロトの信仰というより
アブラハムのとりなしのゆえ。
主はロトをあわれまれ、
彼の霊的な目を開かれた。

私たちもイエスさまの
とりなしによって
霊的な目が開かれています。

闇の世にあって
光なるキリストにつながる。
それによって私たちは
悪に染まることなく、
主の前に正しく生きることができるのです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちの霊的な目を
いつも開いてくださり、
 悪に引き寄せられることがありませんように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】1月24日

主にとって不可能なことはない[創世記 18章1-15節]

しかし、主は言われた。
 「いや、確かにあなたは笑った。」
            創世記 18:15

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アブラハムはサラに
男の子が生まれるとの
約束を思い巡らしていたことでしょう。

そんな中で、三人の人が
彼に向かって立っていた。
アブラハムはすぐに
彼らが普通の旅人ではないと
気づくのです。

ですから彼らを迎えようと走り、
地にひれ伏します。
そして素通りせずに、
食事をしてゆっくりするように
お願いするのです。

彼らはそれを受け入れ、
食事を食べます。
そのとき三人の人は
アブラハムに問うのです。

「あなたの妻サラは
 どこにいますか」

サラは天幕の中にいました。
その声はサラにも
聞こえていたのです。

彼らのうちの一人が言います。
「来年の今ごろ、
 サラには男の子が
 生まれています。」

アブラハムにとって二度目。
でもサラにとって初めてのこと。
サラは全く信じられません。
何を馬鹿なことを言っているのかと
心の中で笑うのです。

その心を主は御存じで、
アブラハムに「なぜサラは笑うのか」
「主にとって不可能なことはあるか」と
言われます。

これを聞いてサラは焦る。
自分の心の中が見透かされて、
恐ろしくなって、
「私は笑っていません」と
とっさに嘘をつくのです。

最後の「いや、確かにあなたは笑った」
との主のことばは、少し恐ろしさを
感じます。

サラにとって、自分から子どもが
生まれるなど、あり得ないことでした。
主の約束のことばは聞いていましたが、
それを疑い始めていたかもしれない。

そんな彼女の信仰を奮い立たせ
主はご自身の約束の成就のために
彼女を用いられるのです。

私たちも笑ってしまうこと、
諦めてしまうこと、
疑ってしまうことがあります。

主にとって不可能なことは
何もないのに、信じ切れない。
けれど主は私たちが信じ切れるように
主に信頼して主に用いられる器となるために
私たちを励まし続けてくださるのです。

「いや、確かにあなたは笑った」
「そうです。主よ、
 私は本当に不信仰な者です。
 どうか私を赦し、
 あなたのみことばの約束を
 信じ切れるように導いてください」と
お祈りしていきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、不信仰な私たちを赦してください。

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【日々のみことば】1月23日

アブラハムとなる[創世記 17章1-27節]

わたしは彼らの神となる。」
            創世記 17:8

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アブラムがハランから出てから24年。
再び主はアブラムに仰せられます。
そしてアブラムと契約を結ばれる。

アブラムからアブラハムへ。
多くの国民の父とされます。
8節の最後で主はアブラハムの
後の子孫の神となると約束されるのです。

また主はアブラハムと後の子孫が
守るべき契約を与えられます。
それは彼らのうちの男子は
必ず割礼を受けること。

さらに主はアブラハムの妻サライを
サラと呼ぶとします。
そして彼女が国々の母となり、
もろもろの民の王たちが
彼女から出てくると。

これを聞いてアブラハムは
ひれ伏しながら、笑ってしまう。
そんなことは不可能だと思うのです。

そんな不信仰に対して、
主は「わたしがわたしの契約を立てるのは、
サラが来年の今ごろあなたに
産むイサクとの間にである」とします。

全く信じがたいことが起こる。
主は人間の計画、思い、
常識を超えたことをなさるのです。

私たちも神さまを
小さくしていないでしょうか。
主は全能の神さまです。
主に不可能なことはない。

このことを忘れず、
主の前に歩み、
全き者でありたいと願います。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたは全能の神さまです。
このことを忘れず、あなたの前に歩めますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
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【日々のみことば】1月22日

どこから来て、どこに行くのか[創世記 16章1-16節]

「サライの女奴隷ハガル。
 あなたはどこから来て、
 どこに行くのか。
            創世記 16:8

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アブラムがカナンに住んで10年後、
主の約束は与えられても、
状況は全く変わらない中で、
アブラムもサライもしびれを切らす。

そして自分たちで主の約束を
成就しようと、動き出すのです。
彼らの気持ち、分からなくもありません。
早く主の約束の実を見たいという
思いがあったでしょう。

彼らの計画は一瞬、
上手くいっているように
見えるのです。

しかしながら女奴隷ハガルの
高慢な態度がアブラムとサライの
関係を悪化させます。

アブラムは自ら責任を取らず、
サライの手にすべてを委ねるのです。
サライはハガルをいじめて、
ハガルはサライのもとから逃げます。

これで一件落着にはならない。
ハガルを主はあわれまれます。
主は彼女を見つけ、
彼女に声をかけられるのです。

主はすべてを知っておられた。
でもあえて彼女に向かって
「あなたはどこから来て、
 どこに行くのか」と問われます。

それは彼女自身に自らの罪を
気づかせるためでした。
なぜ自分が逃げなければならないのか。
自分が何をするべきか。

主は彼女に言われます。
「あなたの女主人のもとに帰りなさい。
そして、彼女のもとで身を低くしなさい」

ハガルは一人では生きていけない。
だからサライ、そしてアブラムのところに
帰る必要があった。

そのために大切なのは、
心を改めて、サライのもとで
謙遜であること。

人間的な思いから始まったことですが、
最終的な解決は主が用意して
必要な助けを与えてくださるのです。

ときどき私たちも逃げたくなります。
そんな私たちを主は見つけて、
「○○よ、あなたはどこから来て、
どこに行くのか」と問われる。

このとき私たちは自らの
罪と向き合うことになり、
謙遜にへりくだって生きるように
招かれるのです。

この主の招き、悔い改めへの導きに
素直に従う者でありたいと願います。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたはいつも私たちを捜して、
罪から救い出してくださることを感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
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