咎をお赦しください
詩篇の記者は自らの罪に苦しみ、
悩んでいる。
主を知れば知るほど、
主と親しく交われば交わるほど、
私たちの内側が探られる。
自分の罪咎の大きさを悟る。
それらを放置するのではなく、
記者は主の前に告白し、主に向かい、
主のあわれみを求める。
苦悩から引き出してくださるように。
私たちにとって幸いなことは、
自分の罪咎が主によって
完全に赦されること。
罪を告白して、裁かれて終わりではないこと。
主は豊かな赦しとあわれみによって
私たちを包み、立ち上がらせてくださる。
父よ、私の罪咎をあなたのあわれみによって
赦してください。
主よ あなたの御名のゆえに
私の咎をお赦しください。それは大きいのです。
詩篇25:11
聖なる御前に
天と地とそこに満ちる
すべてのものを造られた主。
その全能で聖なる神様の前に
だれが立てるだろうかと問う。
本来、主の御前に立つのに
ふさわしい人はだれもいなかった。
手がきよく、心の澄んだ人。
自らを吟味したとき、
正反対な者であると知る。
それでも主は私たちを見捨てず、
主の御顔を慕い求める者としてくださった。
その恵みによって私たちは主に救われ、
主の前に義と認められている。
父よ、あなたを求めます。
あなたの御前に立つことができるように、
日々私たちをきよめてください。
その人は 主から祝福を受け
自分の救いの神から義を受ける。
詩篇24:5
キリストともに生きる
パウロはコリント教会で、
なお罪に留まっている人々に忠告します。
そして自分自身が信仰に生きているか
自分自身を試し、吟味するように告げるのです。
恐らく彼らはパウロがコリントを離れると、
キリストがともにおられないかのような
生活を送っていたのでしょう。
キリストが自分のうちにおられることを
忘れ、自堕落な態度をしていたと考えられます。
だから自らを顧みて、
完全な者になることを願うのです。
私たちもキリストが内におられるのに、
それを忘れて、道から外れてしまうことがあります。
ですからいつもみことばによって、
自分を吟味し、神の力によってキリストとともに
生きる者とさせていただきたいと願います。
父よ、日々自らを顧みて、
キリストとともに生きる者とさせてください。
あなたがたは、信仰に生きているかどうか、
自分自身を試し、吟味しなさい。
Ⅱコリント13:5
成長するため
パウロは心からコリントの
教会のクリスチャンを愛していた。
けれど彼が愛し、彼らが成長するように
諭せば諭すほど、彼らはパウロを否み、
愛さなかった。
これはパウロにとって大きな苦しみ、
ショックであったはず。
それでもパウロはコリントのクリスチャンたちを
励まし、彼らが悔い改めて生きるように願う。
父なる神様もキリストによって
私たちに愛を現わしてくださった。
そして私たちを愛し愛し愛し続けてくださっている。
それでも私たちは父の愛から離れ、
父を心から愛せない弱さがある。
それでも父は私たちを見捨てず、
恵みで満たし、私たちがキリストに向かって
成長するように、悔い改めに導いてくださる。
この父の呼びかけに素直に応答するものでありたい。
父よ、あなたの愛をありがとうございます。
けれど私たちはあなたの愛に
応えることができない者です。
どうかあわれんでください。
そしていつでもあなたに帰る素直な心を与えてください。
わたしがあなたがたを愛すれば愛するほど、
わたしはますます愛されなくなるのでしょうか。
Ⅱコリント12:15
すべての教会への心づかい
パウロはコリントのクリスチャンたちが
自分たちの苦しみ、痛みについて
誇っていたので、自らも誇る。
パウロ自身、多くの困難を通ってきた。
その中で、彼が特に重荷となっていたのが、
すべての教会への心づかいでした。
教会が苦しみ、弱さを抱え、つまづくことで、
自分も弱さを抱え、つまずき、
心が激しく痛むと語ります。
そして自分の苦しみとかではなく、
自分の弱さを誇ると告げるのです。
パウロはピリピ書の中でも、
キリストを信じるだけでなく、
キリストのために苦しむことでもあるとします。
私たちもキリストを信じるがゆえの
苦しみがあります。
けれど、その苦しみに勝る喜びが
与えられることを覚えて、
教会のために祈り、
主に従っていけたら幸いです。
父よ、苦しみの中にあるキリストの
喜びに私たちを満たしてください。
ほかにもいろいろなことがありますが、
さらに、 日々私に重荷となっている、
すべての教会への心づかいがあります。
Ⅱコリント11:28
キリストに対する真心と純潔
私たちをキリストから
引き離そうとする働きがある。
福音に混ぜ物をして、私たちを惑わす。
だから油断しないように、
目を覚ましているように、
パウロは他の手紙で語る。
一方で私自身も異なる福音を
宣べ伝えないように、
常に吟味していく必要を覚える。
みことばを分かち合う者として
召されているがゆえに。
そしてキリストに対する真心と純潔から
離れず、キリストに結びつく者でありたい。
父よ、私たちがキリストから
引き離されないように
私たちを助け導いてください。
あなたがたの思いが汚されて、
キリストに対する真心と純潔から
離れてしまうのではないかと、
私は心配しています。
Ⅱコリント11:3
人々を建てるために
パウロは自分に対して否定的な人々に、
キリストの柔和さと優しさをもって、
諭している。
そして彼が望んでいることは
15節にあるように、彼らの信仰が
成長し、宣教の働きが拡大していくこと。
さらに自分を誇らず、主を誇り、
福音をあらゆる地域にまで宣べ伝えることを
彼は主にあって願う。
色々批判されたら、怒りにまかせて、
その人たちを裁きそうになる。
でもパウロは自分のことよりむしろ、
主のことを第一とし、批判的な人たちのことを思う。
彼にとっての喜びは、人が成長し、福音が広がること。
私も神の国と神の義を第一とし、
自分のことよりむしろ、人々の成長を願う者とさせていただきたい。
父よ、自分のことばかりを考えてしまう者です。
どうか福音宣教と人々の成長のために祈る者とさせてください。
ただ、あなたがたの信仰が成長し、
あなたがたの間で私たちの働きが、
定められた範囲の内で拡大し、
あふれるほどになることを望んでいます。。
Ⅱコリント10:15
惜しみなく
主はあらゆる恵みを豊かに、
あふれるばかり与えてくださる。
にも関わらず、私は喜んで与えられない。
せこいと自分でも感じる。
そんな私にパウロは主によって豊かにされ、
それを惜しみなく与えるなら、
感謝を生み出され、ますます豊かにされると語る。
豊かに蒔く者、惜しみなく与える者、
そんな者にさせていただきたい。
そして主の豊かさをみんなで味わい、
感謝できたら幸いである。
父よ、惜しみなく与える者とさせてください。
一人ひとり、いやいやながらでなく、
強いられてでもなく、
心で決めたとおりにしなさい。
神は、喜んで与える人を愛してくださるのです。
Ⅱコリント9:7
キリストの栄光
パウロはテトスや他の兄弟たちが、
自分と同じように恵みのわざに携わるように
召されたことを心から喜んでいます。
一方で、恵みのわざに携わる自分たちが、
非難されることのないように、
主の前だけでなく、人の前でも
正しくあろうと心がけているとするのです。
それは彼らがキリストの栄光であるからです。
同様にキリストに仕える私たちも、
主の前に喜ばれ、人々に認められるように、
祈りつつ、整えていただく必要があります。
そして私たちを通して、キリストの愛、恵みが
あふれ出ていくとき、主がご自身の栄光を
豊かに現わしてくださるのです。
父よ、私たちがあなたの前に喜ばれ、
人々に認められるように整えてください。
主の御前だけでなく、人々の前でも
正しくあるように心がけているのです。
Ⅱコリント8:21
惜しみなく施す富
マケドニアの諸教会はクリスチャンたちを
支える奉仕の恵みにあずかりたくて、
力に応じて、力以上に捧げた。
またみこころにしたがって、
自分自身をささげ、パウロたちにも委ねた。
私たちのために貧しくなられたキリストの恵みへの
積極的な応答、喜んで捧げたいという思い、
これを主は喜んでくださる。
捧げることで、私たちがどれほど主の恵みに
感謝しているかが問われる。
自分のために蓄えやすい私たち。
でもいくら自分ために蓄えても、
たくさん集めた人も余ることなく、
少しだけ集めた人も足りないことは
なかったように、私たちの必要は
すべて主によって備えられ、与えられる。
父よ、今私たちはキリストの貧しさのゆえに
富む者とされていることを感謝します。
どうか喜んでその恵みに応え、
ささげていく者とさせてください。
私たちの期待以上に、神のみこころにしたがって、
まず自分自身を主に献げ、私たちにも委ねてくれました。
Ⅱコリント8:5