真実をもって主に頼る
イスラエルの民は主に真実をもって頼り、
力ある神に立ち返る。
これは彼らの信仰・意思ではなく、
主の一方的なあわれみ、働きかけ。
主の憤りが終わる。
イスラエルの敵によって受けた苦しみから
解き放たれる。
主の赦し、恵み、救いは私たちの行いとは、
全く関係ない。
ただ主の一方的な働きかけ。
主は頑なな私たちが真実をもって
主に頼るように導いてくださる。
父よ、私たちが真実をもってあなたに
頼るように導いてくださることを感謝します。
その日になると、イスラエルの残りの者、
ヤコブの家の逃れの者は、
もう二度と自分を打つ者に頼らず、
イスラエルの聖なる方、主に真実をもって頼る。
イザヤ10:20
へりくだり
イスラエルのさばきのために、アッシリアを用いられた主。
けれど彼らもまた思い上がり、高ぶる。
自分の力で、自分の知恵で、自分の賢さで。
イザヤ書を通して教えられることは、
とにかくイスラエルも近隣諸国も
主を認めず、高ぶっていること。
主の前にへりくだることの難しさ、
私たちの高慢さがよく分かる。
私たちはすぐに高ぶってしまう。
何でも自分の力で行っているように考える。
主だけが私たちをへりくだりへと導かれ、
謙遜にしてくださる。
父よ、へりくだりの心を与えてください。
あなたの前に高ぶることがありませんように。
しかし、彼自身はそうとは思わず、
彼の心もそうとは考えない。
イザヤ10:7
主の怒り
ひとりのみどりごが与えられるという
確かな素晴らしい約束が与えられたのに、
イスラエルの民はなお罪の中にいる。
そんな彼らを主は打たれる。
しかし彼らは主に立ち返らず、
主を求めない。
主をまた御怒りが収まらず、
なお御手を伸ばされ、さばきを下される。
何度も「それでも御怒りは収まらず、
なおも御手は伸ばされている」と繰り返され、
イスラエルに対する主の怒りの激しさが分かる。
頑なにされること、無知にされることの
恐ろしさを覚える。
主によって頑なさが砕かれ、
主を求めるものとさせていただきたい。
父よ、私の頑なな心を日々砕いてください。
あなたを求め、あなたに立ち返ることができますように。
しかし、この民は自分を打った方に帰らず、
万軍の主を求めない。
イザヤ9:13
ひとりのみどりご
自分勝手に歩んでいたイスラエルの民。
そのため彼らは暗闇と苦しみの中に置かれる。
そんな彼らが光を見る。
その光こそ「ひとりのみどりご」。
「ひとりのみどりご」イエス様によって
イスラエルの民は喜ぶ者とされ、
平和が訪れる。
人生、真っ暗な中をひたすら歩み、
先が見えないときがある。
けれど主の時に私たちは主の光を見て、
喜ぶ者とされる。
父よ、イエス様を私たちに与えてくださり、
ありがとうございます。
私たちがキリストの光を見て、
キリストにあって喜びに満たされますように。
ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。
ひとりの男の子が私たちに与えられる。
主権はその肩にあり、
その名は「不思議な助言者、力ある神、
永遠の父、平和の君」と呼ばれる。。
イザヤ9:6
主を待ち望む
なぜ主につまずき、主が罠・落とし穴となるのか。
それは万軍の主以外を恐れて、
自らの道を進んでいるから。
主を聖なるお方とせず、待ち望まず、
主に望みを置かない。
他の様々な声に惑わされて、主の声に聴かない。
そんな者たちを主は打ち砕かれる。
暗闇の中を苦しみながら歩むことになる。
そこから光に向かうのは、苦しみから脱出するのは、
私たちの意志・力では無理。
だからこそ主は光を送って下さる。
父よ、あなたの光のうちを歩ませて下さい。
あなただけを恐れ、
あなたのみに望みをおいていくことができますように。
私は主を待ち望む。
ヤコブの家から御顔を隠しておられる方を。
私はこの方に望みを置く。
イザヤ8:17
御翼を広げ
主はイザヤを通して、南ユダに敵対する
アラム、北イスラエルがアッシリアに
略奪されると告げられる。
一方、アッシリアに助けを求めた南ユダは
守られると思いきやアッシリアの攻撃を受け、
侵略されるとする。
けれど主は南ユダを見捨てられない。
インマヌエルの主が南ユダの地を守られる。
主はイザヤを通して、アッシリアなどに頼らず、
ご自分に頼り、ご自分の助けを待ち望むように命じられる。
でも彼らは主がともにいてくださるのに、
主がともにおられないかのような行動をする。
私たちもすぐに主がともにおられるのに、
主がともにおられないかのように歩んでしまう。
そんな私たちさえ主は大きな御翼を広げ、
かくまってくださる。
父よ、あなたの御翼の陰に
私たちをかくまってください。
私たちがあなただけを頼り、
歩むことができるように導いてください。
その広げた翼は、インマヌエルよ、
あなたの地をおおい尽くす。
イザヤ8:8
インマヌエル
動揺し、恐れているアハブに、
主は「しるしを求めよ」と命じられる。
それに対し「私は求めません。
主を試みません」と答える。
主を信頼せず、主のことばに従わない
高慢なアハブの姿。
主はアハブとイスラエルを助けようと
願っておられるのに、それを拒絶する。
主を煩わす。
だからこそ彼の願い、求めに関係なく、
主は一つのしるしを与えられると約束される。
そのお方こそ、インマヌエルなるイエス・キリスト。
父なる神様は私たちの願い、求めをはるかに超えて、
愛するイエス様を通して救いを成就してくださった。
父よ、私たちがまだ罪人であったとき、
あなたを求めなかったときに、
イエス様によって救いを
成し遂げてくださったことを心から感謝します。
それゆえ、主は自ら、あなたがたに
一つのしるしを与えられる。
見よ、処女が身ごもっている。
そして男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ。
イザヤ7:14
心を弱らせるな
ユダの王アハズと民は、アラムがエフライムと手を組んで、
自分たちを攻撃しようとしていることを聞き、
心が揺らぎ、恐れます。
そんな彼らに主はイザヤを遣わすのです。
イザヤを通して、敵の怒りに、
心を弱らせるな、彼らの企ては起こらないと
告げます。
そしてこの主のことばを信じなければ、
堅く立つことはできないと忠告されるのです。
私たちも周りの状況に右往左往するときがあります。
けれど主が私たちの味方です。
主が私たちを助け、救ってくださいます。
この主のことばを信じ、主に堅く立っていけたらと願います。
父よ、様々なことに思い悩む者です。
主よ、あなたのことばを信じ、
あなたにあって堅く立っていけますように。
・・・あなたがたは、信じなければ
堅く立つことはできない。
イザヤ7:9
イザヤの召命
イザヤは主の栄光を見たとき、
自らの罪を悟り、
主の聖さの前に自分は滅びるだろうと
告白する。
それに対して主は、彼の咎を取り除き、
罪を赦される。
このようにイザヤが主に出会い、
きよめられたのは、
彼ら預言者として遣わされるため。
でもその道は決して楽なものではなかった。
私たちが救われたのも、
主によって遣わされるため。
その道は険しくても、
主の時に実を結ぶ。
父よ、ここに私がおります。
あなたにきよめられた私たちを用いてください。
私は主が言われる声を聞いた。
「だれを、わたしは遣わそう。
だれが、われわれのために行くだろうか。」
私は言った。
「ここに私がおります。私を遣わしてください。」
イザヤ6:8
御怒り
罪に罪を重ね、主の教えをないがしろにし、
侮ったために、主はイスラエルにさばきを下される。
主の怒りは激しく、収まらない。
異国の民によってイスラエルの民を打たれる。
救いはなく、闇と苦しみで満たされる。
絶望的な状況。
私たちも以前は御怒りを受けるべき者だった。
けれど父なる神様の愛とあわれみによって
イエス様の十字架の贖いを通して
神の子とされた。
けれど、そのことに甘んじるのではなく、
主のことばに聞き従っていきたい。
父よ、御怒りを受けるべきだった私たちを
あわれんでくださり、愛してくださり、
今、キリストによって
あなたの子とされていることを感謝します。
しかし、あわれみ豊かな神は、
私たちを愛してくださった
その大きな愛のゆえに、
背きの中に死んでいた私たちを、
キリストとともに生かしてくださいました。
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