主の栄光が満ちる
祭司たちは、その雲のために、
立って仕えることができなかった。
主の栄光が上の宮に満ちていたからである。
Ⅱ歴代誌5:14
神殿が完成すると、ソロモンとイスラエルの民は
主に数え切れないほどのいけにえをささげる。
そしてモーセが主によって与えられた
二枚の板が入った契約の箱を至聖所に配置する。
またすべての祭司たちは身をきよめ、
主を賛美し、ほめたたえる。
これらの一連の行為を主は受け入れてくださり、
神殿に主の栄光が満ちる。
そうすると誰一人立っていることができず、
へりくだらされる。
主の栄光、主の偉大さを前にして
私たちは立つことができない。
何もなすすべがなく、ただ倒れるしかない。
そんな無力な私たちを主は愛してくださる。
私たちの賛美、ささげものを
喜んで受け入れてくださる。
父よ、あなたの栄光を仰ぎ見て、
あなたを心から賛美する者とさせてください。
主を礼拝する備え
「海」は祭司たちが身を洗うためのものであった。
Ⅱ歴代誌4:6
「海」と言われている祭司たちが
身を洗い、きよめるための青銅の鋳物。
このことが詳しく説明されている。
身をきよめるものが「海」と
表現されていることに不思議な感じがする。
大きいから「海」なのか。
海は塩気があるので
塩によってきよめられるという意味があるのか。
いずれにしても祭司たちは「海」で
自らの身の汚れを洗ってからでないと、
主に仕えることは許されなかった。
新約聖書で「海」が象徴的に書かれているところがある。
それが黙示録21章。
「また私は、新しい天と新しい地を見た。
以前の天と以前の地は過ぎ去り、もはや海もない」
今まで海がないのは、苦しみがなくなるということだと
解釈してきた。
でも今日の箇所を思い巡らしながら、
イエス様の再臨によって与えられる新天新地において
祭司だけが身をきよめ、主に仕えることがなくなる。
いやすべての人が完全にきよめられているため、
自らをきよめる必要がなくなるということを
表現しているのではないかと思わされた。
いずれにしても今の世にあっては、
主を礼拝するために、主に自らの罪を告白し、
主に日々きよめられ、
主を礼拝する者とさせていただきたい。
父よ、私たちの身を日々きよめてくださり、
あなたに仕え、
あなたをほめたたえる者とさせてください。
主の宮の建築
ソロモンは、エルサレムのモリヤの山で主の宮の建築を始めた。
そこは、主が父ダビデにご自分を現され、
ダビデが準備していた場所で、
エブス人オルナンの打ち場があったところである。
Ⅱ歴代誌3:1
ソロモンが神殿の建築を始めた場所は、
モリヤの山、そしてエブス人オルナンの打ち場。
モリヤの山は主がアブラハムにイサクを捧げよ
と命じられた場所。
そこで彼が主を恐れていることを知られた主は、
いけにえのための雄羊を備えられた。
また彼と彼の子孫を祝福すると約束してくださった。
エブス人オルナンの打ち場は、
ダビデがオルナンから買い取った土地。
ダビデはそそのかされて、人口調査をし、
イスラエルに疫病が蔓延する。
そのことによってダビデは悔い改めて、
御使いの命令で、主の祭壇を築く。
その時から、この場所に主の宮を立てる準備を始める。
このように主が備えられ、主の祝福、主の赦しの場所、
それが主の神殿が建てられる場所であることがわかる。
今、私たちには主イエス様によって
主の祝福と赦しが与えられている。
そして私たちが主の聖なる宮とされている。
父よ、あなたの祝福と赦しによって今、
あなたの宮とされていることを感謝します。
一緒に働きます
私が建てようとしている宮は壮大なものです。
私たちの神は、すべての神々にまさって
大いなる神だからです。
Ⅱ歴代誌2:5
主の神殿を建てること、
それがソロモンに与えられた主の使命。
でも決して自分を誇らず、
謙遜に主に仕えようとする。
またツロの王ヒラムに
神殿を建てるための技術者と木材を
送ってくれるようにお願いする。
けれどすべてを任せるのではなく、
二度も繰り返し、
自分たちも一緒に働きますと告げる。
宣教、主のみわざに仕えるとは、
ともに働くことであると分かる。
周りの人たちを巻き込み、
ともに主のみわざに仕えていくとき、
主はさらに大きな恵みを与えてくださる。
父よ、あなたのみわざに携わり、
周りの人たちとともに働くことができますように。
私の望み
主よ 今 私は何を待ち望みましょう。
私の望み それはあなたです。
詩篇39:7
主がおられなければ、
主が私たちの望みでなければ、
私たちの人生は空しい。
私たちが黙っても、
主が私たちの涙に、
黙っておられない。
私たちを助け出し、
私たちをあわれんでくださる。
この世において私たちは旅人。
天の故郷を目指し、
あこがれる寄留者。
主は私たちの救いを完成してくださり、
天の故郷に迎え入れてくださる。
この望みに私たちは生かされている。
父よ、旅人であり、寄留者である
私たちを導いてください。
嘆きのときに
主よ 私の願いはすべてあなたの御前にあり
私の嘆きは あなたに隠れていません。
詩篇38:9
自らの罪に苦しみ、嘆く。
自らの咎が重荷となり担いきれない。
同時に病を負い、近親者からも遠ざけられる。
さらに敵からの絶え間ない攻撃にあう。
四面楚歌の状態にある詩篇の記者は
主の前に何一つ隠すことなく願う。
黙って、主の救いを待ち望む。
主が見捨てられるはずがないのに
主が遠く離れるはずがないのに、
主よ 見捨てないでください
わが神よ 遠く離れないでください
と祈る。
罪が、担いきれない咎が
主を見えなくする。
けれど、その罪、咎を主は担い、
赦してくださる。
私たちを見捨てず、救ってくださる。
だからこそ、どんなときにも主に向かう。
嘆きを聞いてくださり、
助けてくださる主に今日も祈っていきたい。
父よ、担いきれない罪を
赦してくださることを感謝します。
あなたはいつも私たちの嘆きを聞いてくださり、
唯一の助けであることを信じます。
苦難のときの砦
その人は転んでも 倒れ伏すことはない。
主が その人の腕を支えておられるからだ。
詩篇37:24
つまずいたり、倒れそうになることがある。
でも主がいつも私たちを支えてくださる。
心に主のみおしえがあるとき、
よろめくことがないとは、何と幸いだろうか。
主のみことばは弱い私たちを強め、
正しい道へと導いてくださる。
主はみことばによって私たちを
解き放ち、救ってくださる。
そして平和を作る者と
召された私たちには未来がある。
地を受け継ぎ、主と共に生きる未来が。
父よ、あなたのみことばによって私たちを支え、
解き放ってくださることを感謝します。
主にゆだねよ
あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。
主が成し遂げてくださる。
詩篇37:5
主にゆだね、信頼するなら、
主が道を開いてくださる。
でもゆだねることは難しい。
心が常に騒ぎ、不安である。
そんな私に主は
「主の前に静まり 耐え忍んで主を待て」
と語られる。
静まると、如何に自分の心が
せわしなく動いているかが分かる。
だから一日のスタートと終わりに
静まることは、大切。
今日も主は騒がしい心に語りかけてくださる。
わたしを待ち望むように と。
父よ、騒いだ心を静めてください。
あなたにゆだねて、
あなたからの平安がありますように。
いのちの泉
いのちの泉はあなたとともにあり
あなたの光のうちに 私たちは光を見るからです。
詩篇36:9
神に対する恐れがない者とは、
自分を偽り、自らの咎を悔い改めるのではなく憎み、
善を行わず、悪を捨てようとしない人。
私自身、このような者であると知る。
それでも主が私を捉えてくださり、
恵みを注ぎ、御翼の陰にかくまってくださる。
主によって生かされ、主の光を見ている。
主の光の中を歩むとき、
つまずき倒そうとする力から守られる。
父よ、あなたを恐れる者とさせてください。
いつでもあなたの光の中で
生かされている恵みを忘れることがありませんように。
黙っていないでください
主よ あなたはご覧になりました。
黙っていないでください。
わが主よ 私から遠く離れないでください。
詩篇35:22
詩篇の記者は、前半に続き自らの敵、
攻撃してくる者に 主のさばきを願います。
四方八方からのあざけりは、
彼の心を主に向けさせるのです。
そして主の沈黙に対して、
黙っていないでください
目を覚ましてください
と叫び祈ります。
さらに自分が主に信頼して、
主に向かう姿を見た人たちが、
主をほめたたえるようにと願うのです。
私たちを通して、主の栄光が現わされる。
これが私たちの生きる目的であるとしても、
難しさを感じます。
何だか自分が立派であることによって
主の栄光を現わすことになると考えるので、
気が重いのです。
けれど詩篇の記者の祈りを見ると、
彼が立派だとか関係なく、
自分ではなく、主に拠り頼む姿こそが、
主の栄光を現わすことになることが分かります。
素直に、純粋に、主を求める。
この幼子のような信仰を主は待っておられるのです。
父よ、私たちがあなたに信頼し、
あなたの栄光を現わす者とさせてください。