ユダの懇願
ユダはヨセフにベニヤミンだけでも
父の元に帰ることができるように、
懇願する。
ユダの父イスラエルに対する愛がよく分かる。
もしかしたら父イスラエルはヨセフが
いなくなったのは兄たちの策略に
よるかもしれないと考えていたのかもしれない。
だからベニヤミンも彼らによって
いなくなってしまうことを恐れていた。
それでもユダは父を説得し、誓った。
そして父との約束通り、自分を犠牲にして、
父イスラエルとベニヤミンを守ろうとする。
多くの時間を経て、ユダも主によって
整えられていく。
ヨセフだけを偏愛する父に様々な感情があったはずだが、
ユダは父のことを考え、父を愛する。
私たちも自らの感情や過ちによって、
傷を受け、失敗する。
けれど主はそれらを全て受け入れてくださり、
主の時まで練り、きよめてくださる。
父よ、ユダの父への愛を覚えます。
私たちも様々な感情を乗り越え、
愛に生きる者とさせてください。
ですから、どうか今、このしもべを、
あの子の代わりに、あなた様の奴隷としてとどめ、
あの子を兄弟たちと一緒に帰らせてください。
創世記44:33
ヨセフの策略
ヨセフは自分を憎み、
奴隷として売った兄たちが
ベニヤミンを大切に思っておらず、
彼を見捨てるかどうか、確かめようとする。
とても荒っぽいやり方に見える。
兄たちを襲う危機に絶望する。
けれど一人危機の中で対応するが、
ユダである。ユダは父イスラエルにも、
ヨセフにも包み隠すことなく、
逃げることなく、真実を告げる。
このユダの家系からダビデが生まれ、
ダビデの家系からイエス様が生まれる。
そして私たちはイエス様によって、
主の前にも、人の前にも、
真実に生きる力をいただいている。
父よ、ユダの真実な歩みを覚えます。
私たちもキリストにあって
真実な生き方ができますように。
ユダが答えた。「あなた様に何を
申し上げられるでしょう。
何の申し開きができるでしょう。
何と言って弁解することができるでしょう。
神がしもべどもの咎を暴かれたのです。
創世記44:16
兄たちの恐れ
ヨセフの兄たちの不安、恐れは
はかりしれないものであった。
彼らは自分の身を守るために、
必要以上に気を遣う。
自分たちが売ったヨセフのように
自分たちも奴隷とされるのではないか。
彼らの心には常にヨセフに対する後ろめたさが
あったことだろう。
そんな彼らの不安、恐れをかき消すかのように
ヨセフの食卓に招かれ、酔い心地になる。
一方、父が存命であることと
ベニヤミンに再会できたことで、
心から喜ぶ。
でもここで全てを明らかにしない。
まだ兄たちへ感情が整理できていなかったためだろうか。
さらに兄たちをヨセフは試す。
父よ、私たちも自らの罪のゆえに
疑心暗鬼になることがあります。
そのような時に、あなたの赦しの確かさに
ゆだねられますように。
安心しなさい。恐れることはありません。
あなたがたの神、あなたがたの父の神が、
あなたがたのために袋の中に
宝を入れてくださったのです。
創世記43:23
父イスラエルの決断
父イスラエルは、これ以上、
苦しみを負いたくないため、
優柔不断になっていた。
そんな彼に息子たち、特にユダは
自分が責任を負うので、
ベニヤミンを連れて、
エジプトに行くことを願う。
父イスラエルは大いに悩みながら、
すべてを全能の神に委ねる決断をする。
決断するのは勇気がいる。
苦しみが増すのではないかと、恐れる。
しかし全能の主に委ねて一歩、
踏み出すとき、事態は好転する。
父よ、イスラエルは大きな決断を迫られたとき、
あなたにすべてを委ねました。
私たちにも一歩踏み出す勇気を与えてください。
全能の神が、その方の前でおまえたちを
あわれんでくださるように。
そして、もう一人の兄弟とベニヤミンを
おまえたちに渡してくださるように。
私も、息子を失うときには失うのだ。
創世記43:14
悔いる兄たち
兄たちは自分たちが今、
苦しみにあっているのは、
ヨセフを苦しめたからだと思います。
彼らは悔いています。
そのことばを聞いて、
ヨセフは涙するのです。
なぜ彼は泣いたのでしょうか。
ここに至るまでの苦しみを
思い出したからでしょうか。
兄たちに色々言いたいことも
あったかも知れません。
でも彼は沈黙し、彼らの袋に
穀物を満たすのです。
ヨセフは兄たちを前にして、
葛藤していたはずです。
全面的に許すまでに
時間が必要だったのではないか。
その葛藤の涙でもあったような気がします。
父よ、ヨセフの涙を覚えます。
私たちが涙するとき、あなたが慰め、
励ましてくださることを信じます。
まったく、われわれは弟のことで罰を受けているのだ。
あれが、あわれみを求めたとき、
その心の苦しみを見ながら、聞き入れなかった。
それで、われわれはこんな苦しみにあっているのだ。
創世記42:21
兄たちとの再会
飢饉のために兄たちはエジプトに来る。
彼らはヨセフに気づかないが、
ヨセフは兄たちだと分かる。
彼は兄たちと再会し、何を思ったか。
夢が成就したこと。
そして彼らへの憎しみも多少あっただろう。
それを時間をかけて、受け入れていく。
私たちもまた主のみこころであっても、
直ぐに受け入れられないことがある。
けれど主が時間をかけて、
私たちの心をとかしてくださり、
みこころを受け入れるように
導いてくださる。
父よ、あなたのみこころが
直ぐに受け入れられないとき、
どうか私たちの心をとかし、
あなたのみこころを受け入れることが
できるように、導いてください。
かつて彼らについて見た夢を思い出して、
ヨセフは言った。
創世記42:9
エジプトのリーダーに
ヨセフに夢が与えられてから、
実に13年。
ついにヨセフはエジプトのリーダーとなる。
彼が二人の子どもにつけた名前を見ると、
試練とともに脱出の道を
備えてくださった主を
ほめたたえていることが分かる。
ヨセフは本当に耐え忍んだ。
そこに大きな祝福があった。
主は私たちに対しても苦しみだけでなく、
それを乗り越える力を与え、
脱出の道を備えてくださる。
そして、その先に大きな祝福がある。
父よ、あなたは試練とともに
脱出の道を備えてくださることを
心から感謝します。
神が、私のすべての労苦と、
わたしの父の家のすべてのことを
忘れさせてくださった。
創世記41:51
パロの夢の意味
パロは夢を二度見た。
それは一つの夢だった。
ヨセフは夢の意味をファラオに告げる。
それだけでなく、その対策も
主の知恵を用いて、提案する。
ここにきてようやくヨセフが
エジプトに売られてきた意味が
明らかにされてくる。
またヤコブの家族だけに
主が豊作と飢饉のことを伝えず、
大国エジプトに明らかにされたのは、
エジプトを通して、
ヤコブ家族だけでなく、多くの国々を
救ってくださるためだった。
主はその時々に応じて、様々な人々、
出来事を用いられる。
そして私たちを、また周りの人たちを
救われ、ご自身の栄光を現わしてくださる。
父よ、あなたが全ての出来事を用いられ、
すべてを益としてくださることを感謝します。
夢が二度ファラオに繰り返されたのは、
このことが神によって定められ、
神が速やかにこれをなさるからです。
創世記41:32
パロの見た夢
パロが見た夢を
誰も解き明かすことができなかったとき、
献酌官長はようやくヨセフのことを
思い出します。
彼の夢をヨセフが解き明かしてから、
2年経っていました。
でもこれこそ主のタイミングでした。
ヨセフはようやく監獄から救い出され、
パロの前に立つのです。
彼は献酌官長たちに告げたように、
夢を解き明かすのは、自分ではなく、
神であると主に栄光を帰するのです。
主のタイミングと私たちのタイミングは
大抵違います。
けれど主のタイミングがベストです。
そして主のタイミングで、
主に用いられるとき、
主の栄光を現わすことができたら幸いです。
父よ、あなたの時を待ち望みます。
そして私たちがあなたの栄光を
現わすことができますように。
それから二年後、ファラオは夢を見た。
創世記41:1
夢の解き明かし
ヨセフがいた監獄にエジプト王の
献酌官と料理官が拘留される。
ヨセフは彼らの見た夢を
神様の働きによって
解き明かす。
ヨセフはそれによって監獄から
出られて、自由になることを
期待していたが、
献酌官が彼の存在を全く忘れたため、
さらに二年間、監獄に留められる。
私たちも様々なことを計画する。
多くの場合、計画通りにはいかない。
けれど主が私たちに与えてくださっている
計画は揺るがされることなく、
すべて成就される。
父よ、あなたの計画は揺るがず、
あなたのみことばは空しく
地に落ちることがないことを心から信じます。
解き明かしは、
神のなさることではありませんか。
創世記40:8