【日々のみことば】3月5日

山上の変貌[マタイ 17:1-13]

すると見よ、雲の中から
「これはわたしの愛する子。
 わたしはこれを喜ぶ。
 彼の言うことを聞け」と言う声がした。
              マタイ 17:5

イエス様が弟子たちに
苦難の予告をした後、
イエス様はペテロとヤコブと
ヨハネの三人を連れて山に登ります。

そうするとイエス様は
栄光の姿に変わられるのです。
またモーセとエリヤが
イエス様と語り合います。

ルカの福音書によると、
イエス様たちが話していたのは、
イエス様がエルサレムで遂げようとしていた
最期についてであることが分かるのです。

モーセとエリヤはイエス様を
励ますために現れたのでしょう。
それを見て、ペテロは混乱して、
三つの幕屋を作りましょうと言います。

そうすると雲がイエス様と
エリヤとモーセをおおうのです。
そして雲の中から声がします。

それが今日のみことばです。
この声の主は父なる神様。
イエス様がバプテスマを受けられた時も、
同じような声が聞こえました。

イエス様が宣教を開始されるとき、
イエス様が十字架に向かわれるとき、
父なる神様はイエス様を励ますために、
声をかけられるのです。

父なる神様がどれほどイエス様を愛し、
喜んでおられたかが分かります。
でも父なる神様は、その愛の交わりを
私たちのために断ってくださったのです。

その尊い犠牲のゆえに
私たちは今、父なる神様とイエス様との
愛の交わりの中に入れられているのです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、今、イエス様とあなたとの愛の

交わりの中に入れてくださり、ありがとうございます。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】3月4日

神さまの子とを思う[マタイ 16:21-28]

・・・あなたは神の子とを思わないで、
 人のことを思っている。」
             マタイ 16:23

イエス様はペテロの信仰告白を受けて
ご自分がユダヤ人指導者たちに苦しめられ、
殺され、三日目によみがえることを
示し始められます。

それを聞いてペテロたちはビックリします。
そしてイエス様をわきにお連れして、
イエス様を叱るのです。

ペテロにとって救い主キリストが
苦しめられ、殺されるなど
考えられませんでした。

イエス様がユダヤ人の王と
なることを期待していたからです。
またイエス様を愛するがゆえの
言動でした。

それに対してイエス様は
「下がれ、サタン」と言われるのです。
ペテロの背後にサタンの存在を
イエス様は感じました。

サタンはいつでも神さまのことを
抜きにして、人のことを考えるように
誘惑してくるのです。

私たちにもサタンは揺さぶりをかけ、
イエス様に従う心をくじこうとされます。
だからこそ私たちは自分の思いを捨て、
主に従っていくことができるよう、
祈っていきましょう。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、あなたのことを思って、

いつでも行動できますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】3月3日

生ける神の子キリスト[マタイ 16:1-20]

「あなたは生ける神の子キリストです。」
             マタイ 16:16

イエス様がピリポ・カイザリアの
地方に行かれたとき、弟子たちに
「人々は人の子をだれだと
 言っていますか」と尋ねます。

それに対して弟子たちは、
バプテスマのヨハネ、エリヤ、
エレミヤ、預言者の一人などと
言っていると答えるのです。

それを受けてイエス様は、
「あなたがたは、
 わたしをだれというか」と
質問します。

黙る弟子たちを代表して
ペテロが素早く
「あなたは生ける神の子
 キリストです」と告白するのです。

ペテロがこのことをどこまで
深く理解していたかは良く分かりません。
でも彼がこのように告白できたのは、
他でもなく、父なる神様の恵みでした。

私たちがイエス様を救い主であると
信じて告白できたのも
私たちの知恵によるのではありません。

父なる神様が私たちに
信じる心を与えてくださったのです。
そして今でも父なる神様は私たちのうちに
日々信仰を与えてくださっています。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちにイエス様はキリストであると

信じる信仰を与えてくださり、感謝します。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】3月2日

大胆で謙遜な信仰[マタイ 15:21-39]

「主よ、そのとおりです。
 ただ、小犬でも主人の食卓から
 落ちるパン屑はいただきます。」
          マタイ 15:27

イエス様はパリサイ人、律法学者の
不信仰に嫌気がさしたのでしょうか。
ツロとシドンの地方に退かれます。

そこで出会ったのが
カナン人の女性でした。
彼女はイエス様に懇願します。

「私をあわれんでください。
 娘が悪霊につかれて、
 苦しんでいます」

それを聞いたイエス様は
すぐに彼女の娘のところに行かない。
ことばを与えられない。
無視しておられるのです。

それでも女性はしつこく
イエス様に助けを求めます。
それを見た弟子たちは
女性を去らせてくださいというのです。

その時、イエス様はご自分が
遣わされているのは
失われたユダヤ人のところだと
女性の願いを退けられます。

でも彼女は諦めない。
「主よ、私をお助けください」と
イエス様にすがるのです。

しかしイエス様も引き下がりません。
ユダヤ人たちの恵みを取り上げて
小犬である異邦人に与えるのは
良くないことだと答えます。

随分、冷たいことば。
それを聞いて女性は
上記のことばをイエス様に
言うのです。

これを聞いてイエス様は
心から喜ばれ、彼女の謙遜で
立派な信仰を認められます。
そしてイエス様はそこを去られるのです。

このところから分かることは、
イエス様は彼女の立派な信仰を
引き出そうとされたということです。

これまで律法学者、パリサイ人の
不信仰に疲れ切っていた
イエス様は女性の信仰を見て
どれほど慰められ、励まされたことでしょうか。

私たちも女性のような大胆で
謙遜な信仰をもってイエス様に
近づくことが求められています。
その信仰をイエス様は喜んでくださるのです。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、大胆に謙遜にあなたに

あわれみを求めていけますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。

【日々のみことば】3月1日

口から出るもの[マタイ 15:1-20]

口に入る物は人を汚しません。
 口から出るもの、
それが人を汚すのです。
          マタイ 15:11

パリサイ人、律法学者たちは
弟子たちが食事の前に
手を洗っていないのを見つけて
イエス様を非難します。

それに対してイエス様は
彼らの言い伝えが
神のことばを無にしてしまったと
答えられるのです。

結局、彼らは自分たちの義務感で
自分たちの正義を振りかざし、
主なる神様のみこころを
無視していました。

それからイエス様は群衆に
上記のみことばを告げられ、
弟子たちにその意味を
説き明かされるのです。

私たちの心にあることが
口を通じて出てきます。
それらが人を汚すのです。

私たちの心には、
悪い思い、偽りなどが
たくさんあります。

それを大切に心にしまっておくと
私たちの心はそれらで満ちてしまい、
私たちのうちから悪があふれてしまうのです。

だからこそ私たちの心を
きよめることが大切なのです。
どうすればきよめることが
できるのでしょうか。

それは心にある悪を
告白することによってです。
そうすると主なる神様は
私たちの心をイエス様のゆえに
きよめてくださいます。

主よ、あなたに信頼します。あなたを愛します。
 父なる神様、私たちの心に満ちた悪をあなたの前に

すなおに告白できますように。

*聖書箇所は「日々のみことば」
   (日々のみことば出版委員会)にもとづいています。